第二百二話 漬物はまだうまく出来ないけど いつかはレシピを仕上げる
パン。
「はい。合格」
唐突にサユキが手を叩いた。
何かと思っていると、それまで淡々と身の上話をしていた彼女が大きく反応する。
「ッシャア!!」
腕を突き上げて喜びの声を上げる、キュロと名乗った女性。
その態度は先程までとはまるで違う。
しかし私は彼女の声に聞き覚えがあるのに気付いた。それもつい最近に。
「見たか!あたいが本気を出せばこのぐらい楽勝なんだよ」
「まあ、巫女さんとはあまり長く接していなかったから初級レベルかな」
粗暴な喋り方はクリノを誘拐した盗賊の男を思わせる。
顔もよく見れば覚えがある気がするのに、どこで会ったのか見当もつかない。
「どういう事?」
思い出すのを諦めてサユキに尋ねる。すると彼はアッサリ種明かしをした。
「巫女さんはお城で会ったよね。その時の彼女は髪型も名前も違っていたけれど」
「城で?」
「王の暗殺と王位を狙っていたティングさん」
「!?」
驚いた私は再び彼女へ視線を向ける。
あの時王位を狙い、城へ入り込んでいた偽者は白い髪で豪華な衣装に身を包んでいた。
けれどその肌は同じ砂漠の血が混じったもの。
だから私もすぐに偽者だと分かったのだ。
クルクルとした髪を黒く染めて櫛でよく整え、衣装を変えれば今の姿になる。
先程は声色を変えていたのだろうか。サユキに言われるまで全く気付かなかった。
「これなら慎重に行動すれば刺客の目も欺けそうだね」
私の反応をじっと見ていた彼は、そう言って満足気に微笑んだ。
喜びに浮かれていたエプロン姿の女が横顔に見惚れている。
「花の国には彼女にも同行してもらおうと思ってる」
サユキが何を思ってこの女を生かしているのか分からない。
自分を傷付け、毒で殺そうとしていた相手だというのに。
一つ間違えばあの二人にも被害が及んでいた。
ダンジョンで私が責められた時より、怒りを向けるべき対象のはずだ。
「約束が違うじゃない」
「もちろんこの国を出るまでは雇うという形を取るよ」
私の抗議にも涼やかな笑顔で返す。先程の話は嘘ではないと。
何を言ってもうまくかわされそうだったので、無理矢理言葉を飲み込んだ。
ここで冷静さを欠いてはいけない。
「詳しい事はタローさんが起きてからでいいかな」
駄目だと言ってもどうせ聞き入れるつもりはないのだろう。
黙って頷くとありがとうと礼を言われた。
不満は全てタローにぶつけよう。セン・ベイはなかなかに美味だった。
「おはようリコちゃん。昨日は大変だったんだってな」
数十分後に目覚めたタローが階段から下りてきた。相変わらず緊張感の無い顔をしている。
石をぶつけてやりたくなったが、何とか衝動を抑えた。
感情に任せて魔法を使うべきではない。
それに真正面から放ってもまた受け止められるのがオチだ。
「別に大した事はなかったから平気」
「さっすがリコちゃん」
能天気に賞賛するタロー。
サトリがどう話したのかは分からないけれど、まだ私の信用は失われていないらしい。
あの時サトリが横槍を入れていなければ、不意打ちを食らっていたかもしれない。
多少の用心はしていたものの、勇者の出現に不覚にも動揺してしまった。
まさか敵の正体が勇者だとは思いもしなかったのだから。
「それに、おかげでいくつか情報も手に入った事だし」
狙撃の魔法を使った勇者は、仲間が食べられているうちに逃げたようだ。
サトリがメカニンジャと呼んでいたもう一人の襲撃者も、いつの間にか姿を消していた。
黒幕を示す証拠は手に入らなかったが、代わりに判明した事実がある。
巫女の殺害は巫女対戦の妨害を目的としたものではない。
「あの方」と呼ばれる者に魂を捧げるためだと食べられた男は言っていた。
そして真実を語ろうとすれば奴らもまた、何者かの魔法で抹殺される。
「ところでサトリは?」
「まだベッドの中だ。そのうち起きてくんだろ」
「そう」
他に気付いた点があるかを聞いて、私の推測が正しいか確かめたかったのに。
寝ているなら仕方が無い。タローに話した後で聞く事にしよう。
「じゃあ早速話を」
「おはようタローさん。朝食の用意が出来てるよ」
話を切り出そうとしたところ、エプロン姿のサユキが颯爽と現れた。
タローは冷たい空気の中で輝く彼に一瞬目を奪われるも、すぐに気を取り直して言った。
「おう、悪いけど先にリコちゃんと話があるから後でな」
タローは軽そうに見えていて意外と義理堅い。
彼らの中で一番の年上だという自覚があるのだろう。対応が大人びている。
クリノと一つしか違わないとは思えない。
サユキに聞いた時は耳を疑って何度も聞いてしまった。てっきり兄様と同じくらいだと思っていたから。
どうりで大人の割に落ち着きがないはずだ。
「せっかく食事を温めておいたのに」
「あー、じゃあさとり起こして食わせるか」
残念そうにするサユキにタローが提案する。
話があると前もって言っておいたはずだけれど、口に出すのはやめた。
タローがその気になっているのなら大丈夫だろう。
「浅漬けもあるんだけど」
「!」
サユキがポツリと漏らした言葉に、階段に足を掛けたタローの動きが止まる。
「昨日の夜に丸プラムのジャムに塩とハチミツを入れて、角大根を漬け込んだんだ」
嫌な予感がする。
タローの足は固まったように動かない。
「試作品だから多く作ってなくて、さとりに出したら全部食べられるかもと思って」
「よし!まずは腹ごしらえだな。リコちゃんも一緒にどうだ?」
「巫女さんもまだだよね。準備してあるよ」
私は二人に笑顔でテーブルに案内された。
ヨーカイというのは本当に何を考えているのか分からない。




