第二百一話 どんぐりころころ どんぶリコ
私は土霊の巫女、リコ。八人兄妹の末っ子の13歳。
背が低いから小さな子供だと思われがちだけど、あまり気にしてはいない。
見た目で騙されてくれるなら、それはそれで都合がいい。
私には他人を欺いてでもやらなくてはいけない事があるのだから。
今この国で巫女対戦に出られる巫女は実質的に私一人。
六人の姉のうち二人が何者かに殺され、二人は国を離れている。
三つ上のクリノは役に立たないので元から誰にも期待されていない。
残りの一人、長女である雷鳴の巫女は死んではいないが大会には出られない。
あれは最早巫女でも何でもなく、役目を放棄した裏切者だ。
「おはよう、巫女さん」
私は朝早く、自らが呼び出した勇者達の元へ向かった。
冷たい空気の中で出迎えたのは三人のうちの一人、サユキ・コオリ。
「おはよう、サユキ」
聞いた話もあってどちらにするか迷ったけれど、タローと同じ呼び方にする事にした。
彼の家庭環境には複雑な事情があり、両親の愛情を受けずに育っている。
代わりにサトリの祖父が引き取って一緒に暮らしていたという話だ。
そのため二人はお互いを異性として意識していない。
姉弟というより、どちらかといえば仲の良い女友達の関係のように感じられる。
サトリの方が年上だと聞いた時は、顔には出さなかったが内心かなり驚いた。
「タローさんに用かな?まだ寝てるけど」
「じゃあまた後で来るわ」
「中で待てばいいよ。ちょうど巫女さんに紹介しようと思っていた人がいるから」
そう言ってサユキは私を笑顔で家に招き入れた。
多分本人はどう呼ばれようと気にしていないのだと思う。
きっと誰にでも彼は優しい態度を見せる。あの二人に害意を持たない限りは。
彼の周りは常にキラキラとした輝きに満ちている。
その輝きに魅せられて、町では女性達が日々眠れぬ夜を送っているとか。
「扉を閉めてくれるかな」
彼の整った顔立ちと引き込まれるような瞳も、ユキオンナの力なのか。
それとも、不特定多数の相手と夜を共にした母親の血がそうさせるのか。
私もいずれ惑わされてしまうのではないかと少し不安になる。
巫女としてやるべき事を終えるまでは、下らない恋愛感情に流されるわけにはいかない。
気を引き締めた私は、サユキをあまり直視しないようにしてドアを閉めた。
「今お茶を入れるから」
中に通されてテーブルに着くと、サユキは透き通ったベルを鳴らした。
リィン。
小さく透明なベルは涼しげな音を立てて静かに鳴り響く。
何気なく台所に視線を向けると、ベルと同じ透明な四角い箱が目に入った。
あんな支給品があっただろうか?
心なしか冷気が漂ってきている気がする。
「お待たせ致しました」
サユキに尋ねようとした所で私の目の前に木製のカップが置かれた。
「茶の賢者様のブレンドティーでございます」
温かいお茶を持ってきたのは、サユキ達と同じ黒髪のエプロン姿の女性。
色黒の肌は砂漠の血が強く出ている事を証明している。
「ご一緒にセン・ベイもどうぞ」
森の国で黒い肌はあまり好まれていない。
なぜならこの色と赤い髪は、砂漠の盗賊団のイメージとして人々に刷り込まれているからだ。
特に王家では砂漠の血を引く者との婚姻は固く禁じられていた。
「これはどういう物なの」
皿に入っていたのは丸く平たい形をした何か。白に茶色い焼き目が入っている。
「穀物の粉を使った生地を焼き上げて、油と塩で味付けした甘くないクッキーかな」
サユキが説明する横で女性は一礼して下がろうとする。
「ところで彼女は誰?」
私が聞くと黒髪の彼女は動きを止め、サユキの顔色をうかがう。
その表情にはどことなく緊張が浮かんでいた。
「いいよ。説明して」
「かしこまりました」
再び一礼した彼女は、胸に手を当てて自己紹介を始めた。
「わたくしはキュロと申します。以前は砂漠の国で給仕係を務めておりました」
「冷めないうちにどうぞ」
サユキにお茶を勧められたので飲みながら話を聞く事にした。
カップから漂う香りには馴染みがある。
彼の言う通り、茶の賢者様の家で飲んだブレンドティーだ。
見知らぬ相手が用意したので多少ためらいはあったものの、素直にお茶を口にした。
サユキが私に危害を加えるとは思えないし、その必要も今は無い。
給仕の彼女が奴らの仲間という可能性も考えたが、昨日の今日で現れるとは思えない。
「しかし薄給とセクハラに耐えられなくなり、森の国へやってまいりました」
そういえば聞いた事がある。
砂漠の王は代々王宮に若い女性を囲い、巨大なハーレムを作っているとか。
国内だけでは飽き足らず、他国からもたくさんの女性を集めているらしいと。
中にはハーレムのために勇者を召喚させているという、とんでもない噂もあった。
そんな巫女を冒涜する行為など許されるはずがない。
噂が本当であれば、頭がどうかしているとしか思えない。
「仕事がなかなか見つからず、途方に暮れていた時にコオリ様に出会ったのです」
「ちょうど動けなくて人手が欲しかったからね」
ニコリとする彼から表情を読み取るのは難しい。
正体を隠して巫女対戦に出なくてはならないのに、見ず知らずの者を家に入れるなんて。
ニホンジンという事だけではない。タローとサユキはヨーカイなのだ。
国を出る前に正体が公になれば計画が崩れるだけでは済まない。
もし王の耳に入ってしまったら、国を狙う魔物として討伐される可能性だってある。
それはサユキも十分知っているはずなのに。
「人を雇うのは構わないけど、巫女対戦に出るまでにしてちょうだい」
私が言うとサユキは分かったとしっかり頷いた。




