第二話 愉快誘拐勇者くん
「私は土霊の巫女、リコ」
色黒で顔にはそばかす。
さとりよりも小さな女の子が俺を下から睨んでいる。
後ろの三つ編み少女はソワソワと挙動が落ち着かない。同じそばかすと髪の色なんで姉妹だろうか。
三つ編み少女は捨てられた子犬みたいに、怯えた目でこっちを見ていた。
そんなに俺っておっかないか?
「あなたには勇者になってもらう」
褐色チビッ子は弱気な少女とは正反対。メチャ強気だ。
なんかもう、有無を言わせない感じがありありと感じられる。
ん?そういや今なんて言ったんだ。褐色幼女の目力に注目してたから全然聞いてなかった。
「リコ、先に確認しなきゃ」
「そんなの分かってるよ」
褐色チルドレンに睨まれて口ごもる三つ編みちゃん。
ごにょごにょ呟くお姉ちゃんを見た巫女ちんは、少し呆れた様子で息を吐きこちらを見た。
「あなた、ニホンジン?」
両手を腰に当てて胸を張る童女。
「まあ一応日本生まれ日本育ちだけど」
「そう」
聞いておきながら素っ気ない反応を見せる彼女とは逆に、姉さんの方はサーッと顔を青くする。
「そ、そんな!」
二・三歩下がり、へなへなと壁に寄りかかる。
「わたし達、もうおしまいです~!」
涙目の三つ編みが揺れる。
女子特有のウソ泣きじゃない。マジ泣きだ。
俺はこの子に対して酷い事をした覚えは無いが、謝った方がいいのだろうか。
いや、原因も分からぬまま謝罪したら冤罪を認める事になる。
ここは自らの潔白を証明するためにも動じてはならない。
「んー、どうした?腹でも痛」
「うるさいクリノ!めそめそしないでよ」
ちっちゃい女の子は俺のスマイルを遮り、泣き崩れた少女に喝を入れた。
「最初から覚悟は決めてたはずでしょ」
「で、でもニホンとの協定が」
「そんなのどうだっていい。ホケンに入ってなきゃバレないんだから」
褐色っ子はうろたえる三つ編みちゃんを黙らせ宥める事に集中している。
スルーされた俺はというと、ここへきてようやく周りの様子に目を向けた。
俺が立っていたのは薄暗くジメジメした石畳の部屋だ。
床には掠れた模様の跡があり、割と広い部屋の中央には祭壇が見える。
壁画もあるし、ファンタジーな物語に出てきそうな遺跡のようだ。
少女達の衣装も怪しげな儀式を行う狂信者じみている。
「まるでゲームだな」
ぼそりと言った俺に気付いた色黒巫女は、気を取り直して銀色の杖を向けた。
「とにかく大人しく言う事を聞いてもらうから」
「ハイハイ」
とりあえず逆らわないでおく。
下手に口を出せば逆上されると俺の無駄に豊富な経験が言っている。
こっちがすんなり言う事を聞いたもんで、巫女っちはキツイ眼差しを和らげた。
内気な三つ編みっちもようやく落ち着いたらしい。
「ところで、あなたの名前は」
一番最初に聞くべき事なんじゃないかと思いながら、俺は口を開いた。
「タローちゃーん!!」
爆弾娘がマイドリームにログインしました。
がしっと腰を掴んでしがみついてくる娘っ子。
そばかすシスターズもこれは予測してなかっただろう。無論俺もだ。
「助けに来たよ!」
空気を読まないプチ中学生は、抱きついた格好でこれ幸いと擦り寄ってきた。
やめろっての。夢の中とはいえ、初対面の少女二人にロリコン疑惑を植え付けるな。
俺は無駄にくっつこうとするミニスカ娘を引き剥がした。
「もータローちゃん、恥ずかしがっちゃって」
「お呼びじゃねえよ」
人生の最期に見る夢にまで入って来るなんて非常識な奴だ。
さっさと退場してもらおうとこいつが来た穴を見れば、中から伸びた縄みたいのがセーラー服に巻き付いている。
縄には所々に白いギザギザの紙があった。
「おい、これって」
見覚えがある。物凄く最近、というかさっき。
救出隊員の命綱の正体に嫌な予感をさせていると、極悪悪戯童子はしれっと答えた。
「しめ縄に決まってんじゃん」
「OH・・・」
こいつぁ縁起が悪いどころじゃねえ。お前は確実に受験失敗だ。
「タロー?あなた、タローっていうの?」
オロオロしっ放しの三つ編み、クリノちゃんを放置してリコっちが会話に参入してきた。
「ああ、大か」
「あんたがタローちゃんをさらった誘拐犯ね!」
俺の名乗りを邪魔するな。ついでに人に向かって指を差すんじゃない。
誘拐犯呼ばわりされた巫女のお嬢ちゃんは、ムッとしながらも姿勢を正した。
「私は土霊の巫女リコ。あなたも運命に導かれて来たなら、私に従ってもらう」
「はぁ?バカじゃないの!?」
そばかす少女はピクリと眉を動かしたが耐えた。大人だなぁ。
「こんなのほっといて帰ろうよ。コオリが縄の先持っててくれてるから大丈夫」
「えー、でもなぁ」
俺はこの夢をもう少し楽しみたい。ハッキリ言ってお前が邪魔だ。
「私に従うと言ったんだから勝手な事はさせない」
ちっちゃな巫女が杖を向けて威嚇するが、こいつには逆効果だ。
俺の腕を掴んでいたさとりの表情が変わる。
「へえ、あたしのタローちゃんを誘拐しただけじゃなくたぶらかそうっての?」
止める間も無くプチデビルと化した娘っ子は巫女少女の胸ぐらを掴んだ。
反対側の手には力強く拳が握られている。
「顔が前だか後ろだか分かんなくしてあげようか」
巫女ちんも負けてない。
ガン飛ばすツインテ女子に怯まず、銀の杖を振りかざす。
「凶暴な勇者には教育が必要みたいだね」
どちらも顔がマジだ。
さとりの髪飾りのミニ太鼓が揺れる。一触即発の空気にクリノちゃんは今にも悲鳴を上げそうだ。
「って勇者ーーーっ!?」
だが実際に大声を出したのは他でもない、自分だった。