第百四十四話 さとりちゃんはここにいます! ここにはさとりがちゃんといる
「よし、とりあえず水だ」
居住区の部屋についてすぐ引越しの荷物を確認、じゃなくて水を探す。
コオリは病人扱いだから、ここに来るまではタローちゃんが背負ってきた。
毒盛られて普通に歩いてたら変に思われちゃうからね。
「ラッキー!こっちには水道があるんだな」
チビ巫女の家は水道が無いから川で汲んできた水を使ってる。今時井戸だって珍しいのに。
あたしは丈夫だから平気だけど、普通の人が飲んだらお腹壊しちゃうよ。
だから牛乳とか謎ジュース出してたんだ。
「勇者が快適に過ごせるようにって、王が無駄に設備に力を入れてるから」
無駄なワケないじゃん。あたし達のためなんだよ。
わざわざ来てあげてんだから、おもてなしするのは当然でしょ。
それにしても水道って電気無くても水出るんだね。知らなかった。
ん?でも消毒してないなら川の水と同じなんじゃないの。
お腹弱い人は勇者になっちゃダメだね。戦ってる時に漏らしちゃったら最悪だよ。
「家具と食器はあまり変わらないね」
食器棚と食器はみーんな木で出来てる。チビ巫女の家と同じ。
力入れるならアンティークの家具とかオシャレな陶器のカップにすればいいのに。
「気に入らないなら配給所で取り替える事も出来るけど」
出来るんだ!じゃあ早速ダブルベッドとペアのコップを用意してもらわなきゃ。
「ううん、素朴でとてもいいと思う」
おそろいのパジャマとスリッパとマフラーでしょ。それから洗面器も色違いね。
うーんと、他に何があれば新婚カップルっぽいかな。
タローちゃんに聞いたら怒られそうだから、明日までに自分で十個ぐらい考えとこっと。
三つ並んだベッドの一つに座ったコオリは、学ランとワイシャツを脱いだ。
背中の方にはトゲが刺さった穴が空いてる。
「よっと」
タローちゃんは台所から水の入った大きな樽を持ってきた。もちろん片手で。
もう片方の手には木のコップを三つ、水がなみなみと入った状態で重ねて持ってる。
コップはサイドテーブルに、大きい樽はコオリの近くに置いた。
「大丈夫か?苦しかったり変なモン見えたりしないか?」
「今の所少し目眩がするだけで特に異常は無いよ」
「まあ一日猶予があるぐらいだからな。トゲは抜いたんだよな」
タローちゃんがコオリの服をめくって背中を見る。
白い背中にはトゲの跡も腫れてる所も見つからない。すぐに傷塞いじゃったからね。
「サンプルがあればよかったんだが、さすがにそこまでうまくいかねぇか」
盗賊女が逃げて少し経ったらサボテンは消えちゃった。
片付ける手間が省けてラッキーじゃんとか思ってたけど、理由があって消してたんだ。
魔法で解毒剤が作れる勇者とかいるかもしれないもんね。
「一応こっちに少し残しといてもらえるか?」
そう言ってタローちゃんはコオリに小さなガラスの瓶を渡した。
コオリは頷くとバッグから小さなナイフを出して、左手の人差し指に少しだけ傷を付ける。
樽の上でポタポタ流れた水分がガラス瓶に溜まっていく。
「瓶の半分ぐらい溜まったら蓋をして置いといてくれ」
「分かった」
「リコちゃんは間違って誰か開けないように張り紙か何か書いてくれないか」
サイドテーブルにはメモ帳とペンが置いてある。何だかホテルみたい。
普通のホテルと違ってペンには鳥の羽が付いてて、インクの瓶が一緒に置いてある。
ついでにメモ紙が微妙にくすんだ色してた。
チビ巫女に用事を頼んだタローちゃんは、備え付けの道具入れを漁ってる。
「何をするつもりなの?」
コオリの手から水が出るのを見てもチビ巫女は驚かない。
もしかしてコオリが人間じゃないって知ってるのかな。
そういえばチビ巫女とダンジョン行った時に、秘密教えるとか話してたね。
「毒抜き、つってもあんまり意味は無いかもしれないけどな」
毒の入った体の水分を出して、出てった分は水分補給を繰り返すんだって。
コオリの場合元々水分が流れてるから、毒も結構薄まっちゃってるんじゃないの。
だから中々症状出なかったんだよ。
「サボテンなら幻覚とか神経毒ってのが考えられるが、魔法だからなぁ」
大きい樽は毒を薄めて捨てるためなんだって。
川に流して魚が死んじゃったり、土に染み込んで野菜に毒が溜まらないように。
テキトーにやったってバレないのに。タローちゃんも意外と真面目だよね。
「っと、あったあった」
タローちゃんが道具入れから見つけたのは大きなリュックとシャベル。
勇者って家庭菜園もやるのかな。
「それじゃあリコちゃん。俺はちょっと出てくるから留守番と沙雪頼むわ」
リュックを背負ったタローちゃんは玄関に向かった。
「いいか沙雪、症状が酷くなるようならすぐにアレ飲んどけよ。あと絶対安静な」
ビシッと指差すタローちゃんに、コオリは素直に頷く。
どうせ使わないでしょ。毒っていっても危ないのじゃなさそうだし。
せっかくタローちゃんにもらった物なんだから、大事に取っておかなくちゃ。
「タローはどこに行くの?」
窓の外はすっかり日が暮れて暗くなってる。子供はもうお家に帰る時間だね。
あっ!今日まだ夜ごはん食べてない!コオリが絶対安静なら作ってもらえないじゃん!
材料ってどこにあるの?冷蔵庫とか置いてないよ。
「解毒剤について知ってそうな人に心当たりがあるんでね」
「心当たりって、まさか」
「そ。もし駄目でも何とかするから、心配しないて二人で待っててくれ」
ちょっとー、あたしにも分かるように話してよ。さっきから皆であたしの存在無視してない?
仲間外れにするんだったら怒っちゃうよー。いいのー?
「ほれ、行くぞ」
「えっ?タローちゃん今あたしに言った?」
「他に誰がいるんだよ」




