第十三話 食べずにいれば死んでまう
「お帰りなさい」
「ただいまー。見て見て!あたしが捕まえたんだよ」
出迎えたイケメンにわかばハンターが戦利品を見せびらかす。
丸々太った上質な肉の塊は明日の朝のご馳走だ。
せっかく美味しい物が獲れたのだからお兄さんも一緒にとの事。実に楽しみだ。
「クリノちゃんは?」
「あそこ」
コオリが指す方を見ると、確かに三つ編みお姉ちゃんがそこにいた。
食事の並んだテーブルの前で目を閉じ祈りを捧げている。
「ごめんなー、遅くなっちゃって」
帰って来たのにも気付かないなんて余程真剣に祈っているんだろう。
ところが声を掛けても反応が無い。不思議に思い近寄って覗き込んでみる。
「すやー」
祈りのポーズのまんま眠っていらっしゃる。
「詳しい話を聞いてたら途中で夢の中に行っちゃったみたい」
「ウソだろ」
夜更かしした中学生じゃあるまいし、どんだけおねむなんだよ。
他人の目の前でとか逆にすげえ度胸だわ。
仕方ないので俺達が帰るまでにコオリが食事の準備を終わらせたそうだ。
イケメンマジ有能。
「起こそうか?」
「大丈夫」
申し出を丁重にお断りした妹ちゃんは、ツカツカとテーブルに近寄りクリノっちの背後に回る。
「ふん」
ゴチン。
リコっちは勢い良く椅子を引き、三つ編み巫女さんを容赦なく床に叩きつけた。
さすが実力主義のリコさん。無能には手厳しい。
「ゆ、勇者様!?」
頭をぶつけたクリノちゃんはキョロキョロと辺りを見回し驚いている。
「いやいや俺じゃないよ!」
誤解されちゃ困ると思っていたがクリノちゃんは俺を見ていない。
リコちんの姿に気付き、状況を把握したお姉ちゃんは少し残念そうに微笑んだ。
「お帰りなさいリコ。無事で良かった」
荷物を下ろした小さな巫女さんは食材を保管するためテキパキと動く。
「先に食べてて」
そう言われても、小さい子を放っておいて先に食事を頂くのは少々ためらわれる。
お客さん扱いなんだろうけど、一人だけ働かせてのうのう飯を食うなんて訳にはいかんだろ。
「いっただっきまーす」
ハイハイ分かってました。お前はそういう奴だってな。
いつの間にかあばれ小娘が食卓に着いてても俺はもう驚かんよ。
「勇者様、冷めちゃいますよ」
ってお姉ちゃんまで食ってるよ!?妹を差し置いて。
働き者のリコちゃんは姉の行動など気にせずに作業を続ける。
まずい。このままじゃ年上としてだけじゃなく、日本人としてのモラルが疑われるぞ。
「リコちゃん、俺も手伝うって」
「いらない」
作業に手を貸そうとするとリコっちはキッパリ断った。
「疲れてるでしょ。しっかり休んで」
強気な巫女さんの言葉には当初の刺々しさは無い。それどころか心遣いまでしてくれている。
笑顔を見せてくれるとまではいかないが、ある程度心を開いてくれたようだ。
俺はぎこちない笑みを浮かべた。リコちんの優しさに良心がチクチクと痛む。
「そ、そうか?じゃあ遠慮なく」
鳥をブッ倒したおかげで俺の評価は上昇した。計算通りといえば計算通りだ。
だが正体を隠している事がバレたらと思うと素直に喜べない。
そそくさと席に着いた俺は食卓に目を向ける。
並んでいるのは肉と野菜のスープ。編んだカゴには不格好な形のパンらしき物。
そしてコップに入った謎の黄緑色の液体。何だこれ。
お茶に不信感全開だったサッチーも腹が減り過ぎたのか、もう脇目も振らずにがっついている。
「おーい、落ち着いて食え」
注意しつつ再び料理に目を移す。
まあ今更毒の心配とかしませんよ。しませんが何すかこの黄緑のドロドロは。
クリノちゃんは普通に飲んでいる。コオリが用意を手伝ったんだし、死にはしないだろう。
「いただきます」
俺は覚悟を決めて謎ドリンクを口にした。
「んん?」
少し甘いが果物という感じじゃなく、サッパリとした淡泊な味。
野菜の搾り汁から渋みと苦みを綺麗に無くしたらこんな風になるんだろうか。
とにかく普通に飲める物で良かった。一番の難敵を征した俺は安心して食事を始める。
「っ!」
まずッ!?スープまずい!!
俺は無理矢理言葉とスープを飲み込んだ。
本当にまずい。表情に出さないようにするのが一苦労だ。
見た目は普通のスープ。肉も野菜もきちんと火が通っているが味付けが全てを台無しにしている。
「これってみんなクリノちゃんが作ったの?」
「はい。あ、もしかしてお口に合いませんでした?」
調理担当者を問い詰めると、笑顔で答えたお姉ちゃんの顔がみるみる曇っていく。
「いや全然!ちょっと変わった味だったから驚いたんだよ。俺らの世界には無いなーって」
「良かったです」
ホッとするクリノっちを横目に他の二人を観察する。
さとりは暴食モードなんで多分不味さには気付いてない。
コオリは顔色を変えずいつも通り。
「ちょっといいか?」
頷いたコオリのスープを一口味見。
うん、同じだ。俺だけ不味いスープを盛られたとかいう嫌がらせじゃない。
コオリの唯一の欠点はとてつもなく味音痴な所だ。
しかしイケメン補正がかかると料理下手女子を攻略出来る長所に変貌する。
「どうしたの、タローさん」
「いや、何でもない」
きっとこれがこの世界の味付けなんだろう。文句を言うのは失礼だ。
しっかし不味い。ドリンクとパンはイイ感じなのに何でスープだけ失敗作みたいな味なんだ。
毎日の食事がこれじゃあ冒険の前に心が折れそうだ。
「クリノ!また分量間違ったでしょ!」
「ええっ!?ごめんなさい!」
クリノちゃんもバカ舌だったのね。リコちゃんの指摘に俺は心から感謝した。
「タローなら先に気付くと思ったのに。どうして言わないの!」
前言撤回。
勇者様を毒見役にしやがった巫女ちんを俺は許さない。




