第十話 ヨイヨイヨイヨイ
「ちょっと、邪魔しないで!」
「邪魔なんかしてないもーん。あたしの獲物を追ってるだけだもーん」
「タロー!捕まえて」
「いやー、さすがにありゃ無理っすわ」
狭い獣道をセーラー野生児が縦横無尽に駆け回る。
図体のでかい俺ではとっ捕まえるのはおろか、後を追うのさえ難しい。
「やっぱり足手まといじゃない」
「ハハハ、すんません」
リコっちの視線が痛い。何でこうなったんだっけ。
そうだ、サトリーヌが急に魔法を見たいとか言い出したんだ。
魔法で狩りをするってクリノちゃんに聞いて、女子も冒険心が疼いたらしい。
一緒に行けば安心だろうとか言ってお姉ちゃんを丸め込んで。こんな時だけ頭が働きやがる。
「そのうち飽きると思うんで、もうちょい待ってくれないか」
クリノちゃん一人だけ残されるのも不安だろうからイケメンを家に残した。
コオリも詳しい話を聞きたいと言っていたし、丁度いい機会だ。
「ホントごめんなー」
土霊の巫女様は魔法で獲物を華麗に仕留めた。
それを見たうちのおガキ様は自分にも出来ると対抗心を燃やし、現在駆けずり回っているという訳だ。
「分かった」
おりょ、随分物分かりがいいな。もっと色々言われると思ったのに。
そばかす巫女様は杖を下ろすと仕留めた小動物の解体を始めた。
丸ごと持って帰って無駄な部分を捨てるより、食べる所だけ取った方が荷物にならないんだとか。
それに残った獲物はどうせ魔物が片付けるそうだ。
「血の臭いで魔物が寄って来たりしないのか?」
手伝いを申し出てみたものの、食材を無駄にするからと断られてしまった。
そういやこっちの人間とか動物の構造は同じなんだろうか。後で聞いてみよう。
「この辺りの魔物は他と比べて大人しいから平気」
道で出くわしても、向こうからそそくさといなくなるらしい。
「へー、平和主義なんだな」
「そんな訳ないでしょ」
俺の感想は一蹴された。真顔で言わなくたっていいじゃないか。
「あいつらはモモヤマ・タローとその使い魔が怖いだけ」
巫女様がここまで言うんだ。
俺なんかとは比べるのもおこがましい、本当に優秀な勇者様なんでしょう。
「使い魔って、犬猿雉?」
「知ってるの!?」
マジで桃太郎かよ。冗談のつもりだったのに。
リコちんの眼差しに再び疑いの色が浮かぶ。
無関係だと主張しておきながら、嘘を言っていたのかと睨んでいる。
「いや、日本人なら常識っつーか。みんなが知ってるお話なんだよ」
「本当に?」
「本当だって、嘘なんてついてもしょうがないだろ?」
しばらく疑っていた巫女ちんだったが、俺の嘘偽り無い瞳を見て信じてくれたようだ。
そう、と一言漏らすと視線を戻し解体作業を再開した。
桃太郎様についてはあんまり喋らない方が良さそうだ。
日本一だとかきび団子とか言っても絶対通じないし。
「どうして庇ったの」
作業をしながら巫女少女がポツリと漏らした。
「へっ?何が」
分からず聞き返すと、顔を上げたリコっちは手を止め少し眉を吊り上げる。
「賢者様に追及されたじゃない」
「ああ、あれね」
何が何でも勇者にさせようって気配がビンビンしてたから、あれが普通なんだろうと思ってたけど。
実は強制じゃなかったんだよな。
さっきから妙に大人しいのはこれが原因か。
「あなたが口を出さなければ賢者様が帰還の手配をしてくれた」
お、やっぱ帰れるんだな。だよなー。
嫌がる奴もいるだろうし、危険な奴だったら困るもんな。ロリコンとか。
「本当に勇者になりたいの?」
リコちゃんにとって俺の反応は想定外だったようだ。
普通はいきなり呼ばれてすぐ勇者になれって言われても困惑するもんな。
「そりゃなりたいさ。勇者ってのは男子の夢だろ」
「タローは大人でしょ」
「おいおい、俺はピチピチの10代なんだぜ。まだまだ夢見るお年頃なんだからな」
おどけて言うと巫女さんは目を見開き、解体していた刃物を取り落とした。
「・・・えっ?」
そんな驚かせる程老けてたっけ、俺。
固まったリコちんは恐る恐るといった感じで再度口を開いた。
「タローって、今いくつなの」
「18だけど」
「嘘でしょ」
「嘘じゃないって」
もしかしてオッサンだと思われてた?ちょっとショックなんですけど。
巫女ちゃまが急に黙り込んだもんで、気まずい。
勇者に年齢制限とか無いよな?さとりとコオリがオッケーなら俺もいけるはずだろ?
しばらく口を閉ざしていたリコっちが顔を上げるなりこう言った。
「20歳にして」
「何でだよ」
思わず身内と同じように素で答えてしまった。
しかしリコっちは全く気にせず身を乗り出して俺に迫ってくる。
「いいから!今日からタローは20歳になるの。聞かれたらそう答えて」
「えー、年齢詐称ってのはちょっと」
こう見えても俺は素行の正しい少年なんだよ。ちみデビルと違って。
酒にもタバコにも手を出した事の無い、とっても青少年向けの良い子ちゃんですよ。
「勇者になりたいならそうして!」
「えぇー」
渋る俺に杖を振りかざす巫女ちん。目が本気だ。
「ハイハイ分かりました。降参っす」
どうせ夢だし、警察に捕まったりしないだろう。
両手を上げたところでようやく巫女ちゃんは離れてくれた。
やれやれ、セーラーガールに見られてたらエライ事になってたところだ。
「ちょっとー!!あたしのタローちゃんに何やってんのよー!?」
ばっちし見られてんじゃん。えらいこっちゃ×2。




