決戦 #11
万魔殿中腹、大広間。
ヒサトとセツナは、床に腰を降ろし、休憩していた。
セツナが問いかけ、ヒサトが応える。
「ねえ……。私たち、こんなにゆっくりしていていいのかな」
「んー……。大丈夫じゃねーの」
万魔殿の半透明の壁面や柱群が、どこからともなく届く光を屈折、減衰、乱反射させる。
半透明のオブジェクトは、ゆるやかな色相のグラデーションを帯び、静謐の美を醸し出す。
「これまでくたくたになるようなことばっかりだったんだし。これくらいは罰あたんないと思うよ」
そう言うのはヒサトだ。セツナは。
「そっか……」
といいながら、同じく壁際で腰を降ろすヒサトに、その身を少しばかり近づける。
そのヒサトの元に、通信が入る。
内容は指令に関するものだった。
ヒサトは腰を上げ。伸びをしながらセツナに言う。
「さってと……。情報室の怖いお嬢さんが腹立ててるみたいだし……」
セツナは座したままヒサトを見上げる。ヒサトは続けた。
「それじゃあ、いっちょう。ラスボス倒して、世界に平和を取り戻しますか」
ヒサトはにこやかな表情でセツナに手を差し伸べる。
セツナはその手を取り、微笑みながら返事した。
「うん……!」
ヒサトとセツナが向かった先、万魔殿最下層。
そこには、うず高い暗褐色のオブジェクト、制御システムだろう、が在ったが。
その前に立ち、ふたりを待っていたのは、ひとりの少年だった。
真っ白な頭髪に、同じく真っ白な肌。
黒の礼服、白地のシャツ、ネクタイは白黒のチェック柄。
その瞳は『黒』だが。
白目と黒目が逆転している。
セツナはつぶやく。
「シェルジュ……」
どことなく怖けた様子だ。
だがヒサトがセツナに微笑みかけると、セツナの不安の色は薄くなる。
その少年、シェルジュは言った。
「どうしましたセツナさま? こんなところにおいでになって」
「…………」
「おや? どこからいらしたのか、連れの方も一緒なのですね……。ひょっとして以前の話にあった『お仲間』なのでしょうか?」
「そう……。この方が私の仲間です……」
「ふーん……」
白黒の少年、シェルジュは、ヒサトの全身を舐めるように眺めたあと、言う。
「ですが……。残念ながらその方はニセモノ。胡蝶の夢かもしれませんよ……?」
「……っ! もう、だまされない!」
セツナが気を荒くしてそう言うのを見て。
少年、シェルジュは、ニヤニヤと。そして楽しそうにゲラゲラと笑い出した。
ヒサトが口をはさむ。
「さて……。お子様の口上はそれで終わりかな? お兄さん君の、その後ろのモノに用があるんだ。どいてくれるかな?」
「ゲラゲラゲラゲラゲラ! ……ああ、お兄さん。たぶんヒサトって名前のヒトかな?」
「ああ、そうだが」
「ふーん……。今日びの勇者さまは、ずいぶん緩いんだね……」
「そんな大層なモンじゃないよ。君の後ろにあるモノを壊しに来ただけさ」
「フフ……。そんなことさせると……思う……?」
空気が変わる。
それは以前にも感じたことのある。圧倒的な脅威を前にして、肌の粟立つような感覚。
ラプラスの魔眷属、その『顕現』だ。
シェルジュは顕れた『それ』を背負いながら、床上数十センチほど浮き上がる。
『それ』とは。
背中に広がる、『純白に輝く12枚の翅』だった。
すかさず堀ちーより、ヒサトに通信が入る。
『ヒサト!!! 目の前にいるのは『始まりの魔』。トリプルS級の魔眷属、創造者よ!!!』
ヒサトとセツナ。
いまふたりは、万魔殿の最下層、制御室にて。
床に伏していた。
その敵である、シェルジュには。
雷鳴軌動も、双・雷鳴軌動も効かない。
12枚の純白の翅による、絶対の結界。
かつ、余す翅は、ヒサトとセツナを射止めようと、容赦なく追尾し飛来する。
ヒサトとセツナは一方的に傷つき、倒れることとなった。
そして。
「コンティニュー、しますか……?」
倒れるヒサトに、呼びかける声。
いまヒサトは満身創痍の状態だったが、その声に応じて『意識のなかで起き上がる』。
ヒサトは訊く。
「きみは?」
その声の主の姿は見えない。
ただ、その透き通るような声は、喩えるなら『天使』のもののように聴こえた。
「残念ながら、私は『天使』じゃありません……」
「そう……?」
「ついでに言うと、さっき言った『コンティニュー』の話も冗談です」
「冗談……なのかよ……。それキツイな……はは……」
「でも私は、ずっと前からヒサトさんのことを見ていましたよ?」
「きみ……、誰なの……?」
「申し遅れました。私は」
声の主はそこで一拍空けたあとで、言った。
「私はAI。あなたの戦闘支援AIです!」




