決戦 #6
そして場面は、地上に戻る。
地上部隊の指揮官が、ヒサト、そしてキアンとトリーネを地下の防衛に向かわせたそのあと。
遠巻きに様子を見ていたラプラスの魔眷属の地上陣営も、ヘカーテ中央塔への侵攻を開始した。
魔眷属側の陣営は、重火器で武装した保安ロボット、そして狂想人形により構成される。
一方でヘカーテ側は、正規軍の有するEA部隊、そして歩兵により構成されている。
個々の火力で言えばヘカーテ側有利ではあったが、数では魔眷属側が圧倒していた。
わらわらと湧く、六角の棍を手にした狂想人形。
その後方より、重火器を手にした保安ロボットが銃撃でサポートする。
黛ユウカ、撹乱役を担うアタッカーたちは、狂想人形の群れに飛び込んでいく。
黛ユウカの両の手の小剣は、振り回される棍棒の間隙を縫い、狂想人形を切り裂く。
だが、狂想人形たちは、なまじの破損では止まらない。
切り裂かれた傷、吹き飛んだ手足も、狂想人形<衛生班>により『縫合、縫い合わされ』、続々と前線に復帰する。
「くっ!!」
黛ユウカの旋風のごとき攻めは、魔眷属側を翻弄するが。
その攻めにも、いくばくか足の止まる瞬間ができる。
息のひとつぎ、次の標的を定めようとするとき……。
黛ユウカの斜め後方にいた狂想人形の一体。その眉間が、後方より放たれた銃弾で撃ち抜かれた。
その銃弾は、ヘカーテ側の後方陣営、狙撃班。B・ブルックのスナイパーライフルより放たれたものだ。
すかさずB・ブルックから黛ユウカに通信が飛ぶ。
『動きが荒くなっているぞ。気をつけろ!』
『了解!!!』
黛ユウカは気持ちを切り替える。
そして魔眷属側は。
前線に向け、バトルライフル、重機関銃による掃射を開始する。
「くっそ!!!」
黛ユウカは歯噛みして、銃弾を躱しながら戦場を駆ける。
重機関銃による乱射は、味方である狂想人形をも巻き込む勢いだったが。
そもそも狂想人形は、多少の損傷では止まらない。
それは大味ではあったものの、有効な攻撃には違いなかった。
そこに割って入る、電動機で駆動する重装歩兵。
ヘカーテ側のEA部隊だ。
重装歩兵は、全身を鎧う装甲で銃弾の雨を食い止める。
その金属装甲は、銃弾程度では怯むこともない。
更に重装歩兵の、その手に据え付けられた大火力兵器が火を吹く。
たまらず魔眷属側の戦力は蹴散らされ、分散する。
そのようにして。
全体の形勢は、魔眷属不利に推移しつつあった。
そして前線後方。魔眷属側の地上陣営を束ね、文字通り『操っている者』。
「ええい!! 状況はどうなっている!?」
そう気を吐くのは、ラプラスの魔眷属、PPと呼ばれる女性。
花弁錐だった。
花弁錐の傍らにいた狂想人形の一体が、ビクン! と体を硬直させる。
礼装タイプの軍服を身に付けた狂想人形。狂想人形<将校タイプ>だった。
だが、花弁錐の問いは、その小さな将校に向けて放たれたわけでは無かったようだ。
問いの応えは、念話で届く。
応えたのは魔眷属側の参謀役、ユニタリィだ。
『すまぬな。首領殿が思わぬ苦戦をしているようでな』
『その話ならもう聞いている。だが七枚翼さまならば、万が一も無いであろう。わらわの聞いているのは、地上部隊へのサポートはどうなっているのか、ということだ!』
『ふむ……、よし……! 待たせたな花弁錐。狂想人形の仕込みが繋がったぞ!』
『まったくハラハラさせてくれる……。だが、これでようやく反撃に移れる、というものだな?』
花弁錐は不敵な笑みを浮かべてそう言った。
それに応えるユニタリィの口調にも、不敵さがうかがえる。
『ああ、『直接感染させた機械に対し、ウイルス発現が可能』だ。存分に暴れてくれたまえ。花弁錐くん……!』
再び前線の戦場。そこでは異変が起こっていた。
前線の盾役として体を張っていたEA部隊。
各EAの動作が一斉に停止する。
『な、なにが起こった。EAが動かねえ!!』
『どうした!? 足を止めるな、囲まれるぞ!!』
『とは言っても、動かんねえんだ!! どうすればいい!?』
『俺もだ!!』
『慌てるな、情報室に解析を進めさせる!』
『おお、早くしてくれ。……って、あれ、動く!?』
『システム復旧したのか!?』
『い、いや……、これは……!!』
のろのろと動作を再開し出した各EA。
だがその動作は、搭乗者の意思に反していて。各々が自陣営方面に向き直っていく。
そこに居るのは、ヘカーテ軍の一般歩兵たちだ。
EAは搭乗者の意思に構わず。
大火力の兵器。重機関銃、ロケットランチャーなどの照準を、自陣戦力に向けた。
『ひ、ひいいぃぃ!!!』
歩兵のひとりが声を上げた。その眼には、突如敵と化したEAと、恐怖の色が映っている。
そしてその眼前には、EAの放ったロケット弾が迫っていた。
「くっそおおぉぁぁああ!!!」
黛ユウカが神速で以って、走る。
その影がロケット弾と交差した。
目下の脅威であったロケット弾。
黛ユウカの小剣によって弾頭部分をえぐられたロケット弾は、地面を無様にバウンドして転がった。
必死で食い止めたロケット弾の一発。
だが、そんな無茶な防御が、そう何度も行えるはずも無く。
敵と化したEAからは、第2、第3……、更にはそれに続く砲撃が放たれようとしていた。
黛ユウカは射殺すようにそれらを睨みつけるが。
あと何発、それらをいなせると言うのだろう……。
第2、第3のロケット弾。
絶望を撒き散らすと思われたそれは、だが、後方より支援する狙撃班の手により撃ち落とされた。
続いて。
EAに搭載される大火力兵器が、次々と破壊されていく。
後方より放たれた一発。それはEAが構える銃器の砲身に吸い込まれていき、暴発を促し。
またもう一発は、兵器のマウント部分や機械手指、強度上の弱点を正確に射抜き、武装解除する。
驚くべきことにそれら狙撃のほとんどは、後方の狙撃班、うち一名によってなされたものだった。
その腕前に、B・ブルックも舌を巻くような……。
当面の脅威が排除されたところで、黛ユウカの通信チャネルに声が届く。
『……ったく。情けないなー。あんた学校で何習ってんのよ!?』
黛ユウカが良く知る声。それは。
『紅姉さん!?』
その狙撃の名手、紅は、通信の向こうで苦笑の声を漏らしながら話を続ける。
『今は姉さんはいいから! それより前線の様子はどうなの、被害は?』
『だ、大丈夫……です。重傷者は出ていません!』
『そう、ならよかったわ。じゃ、班長さんに立て直しを進言して。敵の追撃はこっちで捌くから』
『ラ……了解!』
紅。
ギャビンと並び称される、もうひとりの『第一級戦力』。
そして彼女の姓は『黛』。黛ユウカの実の姉でもある。
黛ユウカは紅に言われるまま、班員との連携連絡をとる。
その間も後方の狙撃班、紅らの牽制は続き、敵の攻撃や接近を許さない。
危機一髪ではあったが、窮地はそれでしのぐことができた。
だが、それでも気分が収まらないのは、黛ユウカだ。
黛ユウカは班員らと共に戦場を駆けながら。紅に通信を投げる。
『姉さん……。ウチ放りっぱなしで、何やってんのよ!?』
『あー……。そうだったっけ?』
『そうもなにも、もう何年ウチ空けてると思ってるの!? お父さん何も言わないかもだけど、怒ってるよ!!』
『んー……、2、3年くらい? まあ、ウチにはお金入れてるわけだしぃ……。勝手にやらせてもらうってわけには……』
『いいわけないでしょう!! あと、まだあの頭の悪そうな金髪兄ちゃんと付き合ってるわけ!?』
『……なによその言い草! いいトコある人なんだからね、ギャビンは!!』
『どうだか……! なんか軽そうだしあの人。適当に遊ばれてるだけなんじゃ……』
『ユウカ、あんたいい加減にしなさいよ!!!』
『姉さんこそ!! ウチでも無いのに、こんなところで姉さん顔しないで!!!』
激昂する、黛ユウカと紅。
前線で体を張る黛ユウカ。後方からの狙撃で着実に敵を排除していく紅。
二人は通信チャネル越しに姉妹喧嘩を繰り広げながらも。
地上戦において目覚しい活躍。いつしか敵の撃破数トップを競っていた。




