soiled instinct
――なんとかアルクメネの方は落ち着きそうね。
メリッサは自室にて、報告内容を取りまとめながら考える。
――でも、まだ油断はできない。ヘカーテとの交渉がこじれる可能性もあるし、それに……。
メリッサはその眉目を険しくする。
――アルクメネの行動履歴には、墓場との接続が記録されていた。
その履歴が記されたのは、テロ事件の起きる3日前。
丁度、メリッサがアルクメネの相談を受け、一緒にお茶をしていたあの日の夜に、その記録はなされていた。
――保育官に施された、後天性本能の呪詛か……、忌々しい。
後天性本能。
それは、保育官育成プログラムにて候補生に施される、条件付けだ。
いや。
それを表現するにあたって、『施される』や『条件付け』といった言葉を使うのは生易しいと言うものだろう。
後天性本能とは、『人体改造』によってもたらされるもの、それは幼少期において、通過儀礼と改造手術によって実現されるものなのだ。
その忌まわしい儀式にて付与される幾つかの後天性本能のなかの、忌々しい形質のひとつ。
墓場帰趨行動。
3日前にアルクメネが遭遇した不可思議な出来事、『墓場との接続』は、その後天性本能に由来するものだった。
墓場帰趨行動、それは。
反社会的な思考に及ぼうとしたとき、危急的な絶望に苛まれたとき。
そうした場合において発動する、刷り込みである。
行く先は、墓場……。
つまりそれは、『社会に貢献できる見込みが無くなった保育官』が『自らを破棄する』よう仕向ける強制行動であり、アルクメネは危うくその廃棄手順を辿ろうとしたのである。
――本当に、許せない……。でも今は……。
メリッサは下唇を噛み、『現実的な対処を』と自らに言い聞かせながら、報告内容を取りまとめつつ、今後の段取りに思案を巡らすのだった。




