crisis #14
セツナの身体を支配する調停人格『トモエゴゼン』は、七枚翼を相手に孤軍奮闘していた。
春風・旋風斬リ!!
トモエゴゼンは舞うようにして、七枚翼に槍の連撃を畳み掛ける。
『旋風斬リ』は、刀身による斬撃に、カマイタチによる追撃を付与する技である。
槍による舞踏の圏内にある者は、カマイタチによる第二、第三の刃の襲撃をも受けることとなる。
常人であれば、その一閃ですら受けることは敵わず、千々に切り刻まれることだろう。
だが、その相手は規格外の化け物、ラプラスの魔眷属、最上位に君臨する支配者。
さらには、歴史にその名を刻むほどの剛勇を誇る『七枚翼』である。
襲いかかるカマイタチの刃のひとつひとつが、七枚翼の背中にある翅の生起するオートガードによって、打ち消されていく。
翅の総数は七枚。
トモエゴゼンの流れるような攻撃は、無数のカマイタチを産み出し、七枚翼の7点のオートガードを打ち崩さん勢いである。
だが、やはり、あと一歩が及ばない。
――これでもまだ受け手があると言うのか。ならば……。
トモエゴゼンは連撃を加えながら、七枚翼を窺う。
七枚翼はカマイタチのガードを余儀なくされ、反撃に転じる機会を逸している。
トモエゴゼンは、ここぞとばかりにカマイタチの連撃を叩き付け、七枚翼の自由を奪うと、その技を繰り出した。
雷鳴駆動弐式・春風春雷!!!
それは。
雷鳴駆動+旋風斬リ。
四方からの高速連撃にカマイタチによる追撃を交えた技だった。
セツナの誇る身体能力に、トモエゴゼンの技術が加わることで完成を見た、必殺技である。
手数だけならば、さきほどのヒサトとの共闘で実現した、雷鳴駆動の重ね掛けにも匹敵するだろう。
だが、しかし。
「軽いな」
トモエゴゼンの、折り返しからの突撃。七枚翼はそれを待ち受けるように、右手の剣を左後方に振りかぶっていた。
「!!!!!!」
トモエゴゼンのその突撃の勢いは、もはや止めようがない。
七枚翼はトモエゴゼンに、その剣を振り降ろし叩きつける。
金属が激しく打ち据えられる音が響く。
トモエゴゼンは咄嗟に、その刃を槍の柄で受けしのいだ。
だが、その強烈な一撃は、槍ともどもトモエゴゼンを払いのける。
トモエゴゼンの体は地面を転げ、壁際近くまで突き飛ばされた。
そして、その一撃でほぼ、勝負はついたと言っていい。
それを機に、セツナの身体にかかる負荷が許容量を超え、英霊合体が解除されたのである。
「ヒサト!!!」
英霊合体の解除とともに、トモエゴゼンによる身体支配が解けたセツナ。
セツナは、壁際に横たわるヒサトのもとに駆けつけようと、その両脚を繰り出そうとした。
瞬間、全身を縫うような激痛が走る。
セツナは半歩すら踏み出すこともできぬまま、地面にうずくまるようにして倒れ込んだ。
英霊合体の使用における、もうひとつの問題点。
それは、身体への多大なダメージだ。
英霊合体とは、使用者とは全くの別人が鍛えた技を用いようという行為だ。
骨格や筋肉の付き方、関節の可動範囲、各部位の鍛錬度合いには、著しい個人差がある。
それらを無視して、求める動作を再現しようとする。
その行為が、筋繊維の断裂、腱の損傷、関節部の捻挫など、種々の身体破壊を生じさせるのは想像に難くないだろう。
またそのダメージは、運動器系の器官に留まらない。
脳や脊髄、末梢神経といった、神経系に与えるダメージもまた、深刻である。
英霊合体において使用者の脳は、英霊の脳回路を模して用いられる。
また脳だけでなく、脊髄や末梢神経にも、普段とは勝手の違う信号が飛び交うこととなる。
それらは使用者の『脳や神経といった回路を、焼き切るように消耗させる』のだ。
実際、セツナが地面に伏している要因は、主に神経系が受けた損傷、ダメージにあった。
四肢に張り巡らされた末梢神経、そこに蓄積されたダメージが、脊髄を介して集約され、脳幹にくさびのように打ち込まれる。
全身に数千の錐を同時に突き立てられているような。
そうしたレベルの激痛に、いまセツナは苛まれているのだった。
「くっ、か……はぁ……」
激痛に喉が詰まる。
それでもセツナは、這いつくばる姿勢で両手両足を動かし、倒れ込み動かないヒサトのもとに歩み寄ろうとする。
七枚翼は感情を持たぬ冷ややかな目でそれを見下ろしている。
そのとき、立坑側面の扉を潜って、ひとりの男が姿を現わした。
それは、ビショップだった。
セツナの義父であり。
いま、ラプラスの魔眷属に与して行動している者の名である。
「決着はついたのか?」
「ああ……」
「よろしい。ならば、そろそろ仕上げと行こう」
七枚翼はビショップと簡単な台詞を交わすと、セツナを捨て置き、奥で立ちすくんでいた皇太女エクレールとリアーナの方に歩いてゆく。
「ひ、姫様に手出しはさせません!」
リアーナは勇敢にも、七枚翼に掴みかかるが、七枚翼はそれをあっさりと横に払い除ける。
目指す先には、頑なな瞳で七枚翼を睨みつける、皇太女エクレールがいた。
七枚翼は左手でエクレールの二の腕を掴み、もう一方の手でエクレールの顎部を持ち上げる。
エクレールの持つ、紫とブルーのオッドアイ。
その瞳の中にある何物かを、七枚翼は読み取ろうとした。
「…………」
七枚翼はしばらくの沈黙ののち、こう言った。
「上手く謀ったものだな……。おまえは『鍵』では無い」
七枚翼はそれだけ言うと、目を閉じ、何者かへの伝言のようなものを呟いた。
「……嵌められた。『鍵』の回収は失敗だ。そろそろ増援も駆けつけることだろう、こちらは撤退する。そちらはどうだ?」
そこでしばしの間があり。
「……なるほど。単騎での時間稼ぎご苦労だった。お前も速やかに撤収しろ、花弁錐」
七枚翼はそれだけ言い終えると、ローブの袖よりゴルフボール大の物体を取り出し、それを投げる。
球状の物体は空中で停止すると、何も無い空間に、楕円形の枠を投影した。
楕円形の枠内には、周囲の空間とは雰囲気を異にする空間が、広々と広がっている。
「ではビショップ殿、ここから撤退します。ご準備を」
七枚翼は振り向き、背後のビショップに声を掛ける。
見るとビショップは、セツナ、そしてヒサトの傍らにて立ち、彼らを見下ろしていた。
這うほうの体で、それでもヒサトの傍らにまで辿り着いたセツナは、その膝にヒサトを抱えて介抱している。
ヒサトは生きていた。頭部を打って失神していただけのようだ。
セツナはひとまずの安堵に、その小さな背中を震わせる。
ビショップはそれまで、無言でその様を見つめていたのだが。
七枚翼の『撤退』のひとことを聞き、態度を一変させる。
「来い」
ビショップはただそれだけを言い、その手に持った槍をヒサトの頭部に突きつけた。
驚愕の表情でビショップを見上げるセツナ。
その表情は苦痛により憔悴し、その瞳は幾多の感情に苛まれ潤んでいる。
拒む道理はあれど、拒む自由は無い。
いや。
これまでの生において、自らを庇護し続けてきたビショップの言葉だ。
今はその道理すら、信じることは適わないのかもしれない。
「……は、はい」
セツナは俯き、様々な苦痛の果て、その言葉を紡ぎ出した。
七枚翼、ビショップ。
そしてセツナまでもが、その立坑を去り、しばらくした後。
立坑周辺には、軍、警察機関の合同部隊が、押し寄せて来ていた。
その部隊には、軍関連の公的機関に所属する者、そのOB、OGまでもが含まれている。
今回の危機に際して、協力を求められた者達である。
その中には、ヒサトの保育官、アルクメネ、も含まれていた。
「うおおおおおォ!!!」
アルクメネは無手で、保安ロボットに掴みかかる。
いかようにしたものか。
その技のあまりの速さに、満足に追えたものでは無かったが。
アルクメネは保安ロボットの腕の一本を掴み、可動範囲として想定されていない方向にそれを捻じり。
保安ロボットのその巨体をすかすと。
そのまま保安ロボットを地面に這いつくばらせた。
後頭部付け根に、左手袖口からスライドさせた、対ドローン用スタンガンを据え、それを発動させる。
手元で、シュイン、と高周波音が鳴り、それで保安ロボットの胴体は動かなくなる。
七枚翼が去ったあと、保安ロボット達の行動は、一層無軌道なものとなり。
その手に持った武装、散弾銃やアサルトライフルなど、を出鱈目に振りかざす様になった。
そのありさまは崇拝の対象を失って発狂した、狂信者、といった喩えがしっくりくる。
現在の作戦目標は。
暴徒そのものと化した保安ロボットを駆逐しつつ。
皇太女エクレールを始めとする市民を保護する。
そのふたつとなっていた。
「エクレールさま、侍女のリアーナさま、を保護しました!」
前線より、伝令が走る。
アルクメネは、保安ロボットを組み伏せながら、その伝令の伝わってきた先を見る。
見ると、立坑出口付近より、場違いなドレスで装った女性二人が、兵士の誘導に従い出てきた。
うちひとりの女性、皇太女エクレールは、周囲を取り囲む兵士たちに言う。
「助けてくださってありがとうございます! 坑内にはまだ、倒れた兵士の方が取り残されています! 私達の仲間も……。私たちは大丈夫ですので、彼らの救助をお願いします!!」
それを聞き、アルクメネは反射的に、問い掛けていた。
「その兵士の名は!!」
「え、いえ……。それは存じませんが」
アルクメネは、エクレールの返事を待たずして、走り出していた。
立坑周囲を巡る、昇降用のスロープ。
アルクメネは自らの肉体をも煩わしいかのように、立坑内に向けて跳躍した。
その立坑の深さ、実に100m。
アルクメネは、立坑内に、水平に設けられた、何層かの通路をざっくりと把握すると。
通路から通路、その欄干を跳躍し。
僅か5、6回ほどの跳躍で、その立坑底部に降り立った。
そのあまりの唐突さ、凄まじさに。
立坑底に篭っていた保安ロボット達が、突如地底に現れたアルクメネを正しく敵と認識するまでに、いくらかの間が生じた。
その間隙において。
アルクメネは1体、2体と。
保安ロボットを無力化しながら、近づいていく。
立坑底部、その壁奥で倒れている、ヒサトのもとに。
――ヒサト!!!!!!
その時、半狂乱、に近い状態にあったアルクメネは、保安ロボットを次々と排除しながら、気付けていなかった。
保安ロボット達のことに。
信ずるものを喪失したことによる虚無感と、そこから生じる狂気。
そして、そんな己らを容赦無く排除し、近づいて来る、勝ち目の無い敵。
それを目にして生じる恐怖、怯えがどのようなものなのか。
アルクメネは、終に、そのことに、気付くことが出来なかった。
ヒサトの傍らにて立つ、保安ロボットの一体。
その保安ロボットの手には、対戦闘器物用甲式散弾銃、が握られており。
迫り来るアルクメネに対する恐怖から。
保安ロボットは、その引き金を引いた。
ヒサトに対して。
ヒサトの胴体から上は、その両脚のみを残して、飛び散る血飛沫と肉塊に変わった。




