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究極の管理社会  作者: 舎模字
第3章
42/102

crisis #14

 セツナの身体を支配する調停人格(メディエイター)『トモエゴゼン』は、七枚翼を相手に孤軍奮闘していた。


 春風(シュンプウ)旋風斬(ツムジギ)リ!!


 トモエゴゼンは舞うようにして、七枚翼に(ランス)の連撃を畳み掛ける。

 『旋風斬(ツムジギ)リ』は、刀身による斬撃に、カマイタチによる追撃を付与する(ワザ)である。

 (ランス)による舞踏の圏内にある者は、カマイタチによる第二、第三の刃の襲撃をも受けることとなる。

 常人であれば、その一閃ですら受けることは敵わず、千々に切り刻まれることだろう。


 だが、その相手は規格外の化け物、ラプラスの魔眷属(デーモンビーイング)、最上位に君臨する支配者(ドミネーター)

 さらには、歴史にその名を刻むほどの剛勇を誇る『七枚翼』である。


 襲いかかるカマイタチの刃のひとつひとつが、七枚翼の背中にある(はね)の生起するオートガードによって、打ち消されていく。

 (はね)の総数は七枚。

 トモエゴゼンの流れるような攻撃は、無数のカマイタチを産み出し、七枚翼の7点のオートガードを打ち崩さん勢いである。

 だが、やはり、あと一歩が及ばない。


 ――これでもまだ受け手があると言うのか。ならば……。


 トモエゴゼンは連撃を加えながら、七枚翼を窺う。

 七枚翼はカマイタチのガードを余儀なくされ、反撃に転じる機会を逸している。

 トモエゴゼンは、ここぞとばかりにカマイタチの連撃を叩き付け、七枚翼の自由を奪うと、その技を繰り出した。


 雷鳴駆動ライトニング・ドライブ弐式・春風春雷シュンプウシュンライ!!!


 それは。

 雷鳴駆動ライトニング・ドライブ旋風斬(ツムジギ)リ。

 四方からの高速連撃にカマイタチによる追撃を交えた(ワザ)だった。

 セツナの誇る身体能力に、トモエゴゼンの技術(テクニック)が加わることで完成を見た、必殺技である。

 手数だけならば、さきほどのヒサトとの共闘で実現した、雷鳴駆動ライトニング・ドライブの重ね掛けにも匹敵するだろう。

 だが、しかし。


「軽いな」


 トモエゴゼンの、折り返しからの突撃。七枚翼はそれを待ち受けるように、右手の剣を左後方に振りかぶっていた。


「!!!!!!」


 トモエゴゼンのその突撃の勢いは、もはや止めようがない。

 七枚翼はトモエゴゼンに、その剣を振り降ろし叩きつける。

 金属が激しく打ち据えられる音が響く。


 トモエゴゼンは咄嗟に、その刃を(ランス)の柄で受けしのいだ。

 だが、その強烈な一撃は、(ランス)ともどもトモエゴゼンを払いのける。

 トモエゴゼンの体は地面を転げ、壁際近くまで突き飛ばされた。


 そして、その一撃でほぼ、勝負はついたと言っていい。


 それを機に、セツナの身体にかかる負荷が許容量を超え、英霊合体が解除されたのである。




「ヒサト!!!」


 英霊合体の解除とともに、トモエゴゼンによる身体支配が解けたセツナ。

 セツナは、壁際に横たわるヒサトのもとに駆けつけようと、その両脚を繰り出そうとした。

 瞬間、全身を縫うような激痛が走る。

 セツナは半歩すら踏み出すこともできぬまま、地面にうずくまるようにして倒れ込んだ。


 英霊合体の使用における、もうひとつの問題点。

 それは、身体への多大なダメージだ。


 英霊合体とは、使用者とは全くの別人が鍛えた技を用いようという行為だ。

 骨格や筋肉の付き方、関節の可動範囲、各部位の鍛錬度合いには、著しい個人差がある。

 それらを無視して、求める動作(モーション)を再現しようとする。

 その行為が、筋繊維の断裂、腱の損傷、関節部の捻挫など、種々の身体破壊を生じさせるのは想像に難くないだろう。


 またそのダメージは、運動器系の器官に留まらない。

 脳や脊髄、末梢神経といった、神経系に与えるダメージもまた、深刻である。

 英霊合体において使用者の脳は、英霊の脳回路を模して用いられる。

 また脳だけでなく、脊髄や末梢神経にも、普段とは勝手の違う信号(シグナル)が飛び交うこととなる。

 それらは使用者の『脳や神経といった回路を、焼き切るように消耗させる』のだ。


 実際、セツナが地面に伏している要因は、主に神経系が受けた損傷、ダメージにあった。

 四肢に張り巡らされた末梢神経、そこに蓄積されたダメージが、脊髄を介して集約され、脳幹にくさびのように打ち込まれる。

 全身に数千の(キリ)を同時に突き立てられているような。

 そうしたレベルの激痛に、いまセツナは苛まれているのだった。


「くっ、か……はぁ……」


 激痛に喉が詰まる。

 それでもセツナは、這いつくばる姿勢で両手両足を動かし、倒れ込み動かないヒサトのもとに歩み寄ろうとする。


 七枚翼は感情を持たぬ冷ややかな目でそれを見下ろしている。

 そのとき、立坑(たてこう)側面の扉を(くぐ)って、ひとりの男が姿を現わした。


 それは、ビショップだった。

 セツナの義父であり。

 いま、ラプラスの魔眷属に(くみ)して行動している者の名である。


「決着はついたのか?」

「ああ……」

「よろしい。ならば、そろそろ仕上げと行こう」


 七枚翼はビショップと簡単な台詞を交わすと、セツナを捨て置き、奥で立ちすくんでいた皇太女エクレールとリアーナの方に歩いてゆく。


「ひ、姫様に手出しはさせません!」


 リアーナは勇敢にも、七枚翼に掴みかかるが、七枚翼はそれをあっさりと横に払い除ける。

 目指す先には、(かたく)なな瞳で七枚翼を睨みつける、皇太女エクレールがいた。

 七枚翼は左手でエクレールの二の腕を掴み、もう一方の手でエクレールの顎部を持ち上げる。

 エクレールの持つ、紫とブルーのオッドアイ。

 その瞳の中にある何物かを、七枚翼は読み取ろうとした。


「…………」


 七枚翼はしばらくの沈黙ののち、こう言った。


「上手く(たばか)ったものだな……。おまえは『鍵』では無い」


 七枚翼はそれだけ言うと、目を閉じ、何者かへの伝言のようなものを呟いた。


「……()められた。『鍵』の回収は失敗だ。そろそろ増援も駆けつけることだろう、こちらは撤退する。そちらはどうだ?」


 そこでしばしの間があり。


「……なるほど。単騎での時間稼ぎご苦労だった。お前も速やかに撤収しろ、花弁錐(フロスコルヌ)


 七枚翼はそれだけ言い終えると、ローブの袖よりゴルフボール大の物体を取り出し、それを投げる。

 球状の物体は空中で停止すると、何も無い空間に、楕円形の枠を投影した。

 楕円形の枠内には、周囲の空間とは雰囲気を異にする空間が、広々と広がっている。


「ではビショップ殿、ここから撤退します。ご準備を」


 七枚翼は振り向き、背後のビショップに声を掛ける。

 見るとビショップは、セツナ、そしてヒサトの傍らにて立ち、彼らを見下ろしていた。

 ()うほうの体で、それでもヒサトの傍らにまで辿り着いたセツナは、その膝にヒサトを抱えて介抱している。

 ヒサトは生きていた。頭部を打って失神していただけのようだ。

 セツナはひとまずの安堵に、その小さな背中を震わせる。


 ビショップはそれまで、無言でその様を見つめていたのだが。

 七枚翼の『撤退』のひとことを聞き、態度を一変させる。


「来い」


 ビショップはただそれだけを言い、その手に持った(ランス)をヒサトの頭部に突きつけた。

 驚愕の表情でビショップを見上げるセツナ。

 その表情は苦痛により憔悴(しょうすい)し、その瞳は幾多の感情に(さいな)まれ潤んでいる。


 拒む道理はあれど、拒む自由は無い。

 いや。

 これまでの生において、自らを庇護し続けてきたビショップの言葉だ。

 今はその道理すら、信じることは適わないのかもしれない。


「……は、はい」


 セツナは(うつむ)き、様々な苦痛の果て、その言葉を紡ぎ出した。




 七枚翼、ビショップ。

 そしてセツナまでもが、その立坑(たてこう)を去り、しばらくした後。


 立坑(たてこう)周辺には、軍、警察機関の合同部隊が、押し寄せて来ていた。

 その部隊には、軍関連の公的機関に所属する者、そのOB、OGまでもが含まれている。

 今回の危機に際して、協力を求められた者達である。


 その中には、ヒサトの保育官(メンター)、アルクメネ、も含まれていた。


「うおおおおおォ!!!」


 アルクメネは無手で、保安ロボットに掴みかかる。

 いかようにしたものか。

 その技のあまりの速さに、満足に追えたものでは無かったが。

 アルクメネは保安ロボットの腕の一本を掴み、可動範囲として想定されていない方向にそれを()じり。

 保安ロボットのその巨体をすかすと。

 そのまま保安ロボットを地面に這いつくばらせた。


 後頭部付け根に、左手袖口からスライドさせた、対ドローン用スタンガンを据え、それを発動させる。

 手元で、シュイン、と高周波音が鳴り、それで保安ロボットの胴体は動かなくなる。



 七枚翼が去ったあと、保安ロボット達の行動は、一層無軌道なものとなり。

 その手に持った武装、散弾銃やアサルトライフルなど、を出鱈目に振りかざす様になった。

 そのありさまは崇拝の対象を失って発狂した、狂信者、といった(たと)えがしっくりくる。


 現在の作戦目標は。

 暴徒そのものと化した保安ロボットを駆逐しつつ。

 皇太女エクレールを始めとする市民(シビリアン)を保護する。

 そのふたつとなっていた。



「エクレールさま、侍女のリアーナさま、を保護しました!」


 前線より、伝令が走る。

 アルクメネは、保安ロボットを組み伏せながら、その伝令の伝わってきた先を見る。

 見ると、立坑(たてこう)出口付近より、場違いなドレスで装った女性二人が、兵士の誘導に従い出てきた。

 うちひとりの女性、皇太女エクレールは、周囲を取り囲む兵士たちに言う。


「助けてくださってありがとうございます! 坑内にはまだ、倒れた兵士の方が取り残されています! 私達の仲間も……。私たちは大丈夫ですので、彼らの救助をお願いします!!」


 それを聞き、アルクメネは反射的に、問い掛けていた。


「その兵士の名は!!」

「え、いえ……。それは存じませんが」


 アルクメネは、エクレールの返事を待たずして、走り出していた。

 立坑(たてこう)周囲を巡る、昇降用のスロープ。

 アルクメネは自らの肉体をも煩わしいかのように、立坑(たてこう)内に向けて跳躍した。

 その立坑(たてこう)の深さ、実に100m。

 アルクメネは、立坑(たてこう)内に、水平に設けられた、何層かの通路をざっくりと把握すると。

 通路から通路、その欄干を跳躍し。

 僅か5、6回ほどの跳躍で、その立坑(たてこう)底部に降り立った。


 そのあまりの唐突さ、凄まじさに。

 立坑(たてこう)底に(こも)っていた保安ロボット達が、突如地底に現れたアルクメネを正しく敵と認識するまでに、いくらかの間が生じた。

 その間隙において。

 アルクメネは1体、2体と。

 保安ロボットを無力化しながら、近づいていく。

 立坑(たてこう)底部、その壁奥で倒れている、ヒサトのもとに。


 ――ヒサト!!!!!!


 その時、半狂乱、に近い状態にあったアルクメネは、保安ロボットを次々と排除しながら、気付けていなかった。

 保安ロボット達のことに。

 信ずるものを喪失したことによる虚無感と、そこから生じる狂気。

 そして、そんな己らを容赦無く排除し、近づいて来る、勝ち目の無い敵。

 それを目にして生じる恐怖、(おび)えがどのようなものなのか。


 アルクメネは、(つい)に、そのことに、気付くことが出来なかった。


 ヒサトの傍らにて立つ、保安ロボットの一体。

 その保安ロボットの手には、対戦闘器物用甲式散弾銃、が握られており。

 迫り来るアルクメネに対する恐怖から。

 保安ロボットは、その引き金を引いた。

 ヒサトに対して。


 ヒサトの胴体から上は、その両脚のみを残して、飛び散る血飛沫と肉塊に変わった。

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