a hidden meaning
そのさまに驚くのもつかの間。次の瞬間には、ヒサトの体は、激しく投げ飛ばされていた。
――な、なにが起こったんだッ!?
いきなりの衝撃と、意識の空白と、その直後に脳裏に浮んだ不理解の三文字。
本日二度目のしりもちをつき、女子を抱きかかえていた場所を見やる。
そこには、はーー、はーー、はーー、と、荒い息をつきながら、ヒサトを激しくにらむ及び腰の女子の姿があった。
――あーーー。はい、すみません。いきなり見知らぬ男に抱きかかえられてたらそりゃ驚くよねー。でも、お嬢さんが倒れこんでたから容態みてただけなんですよー。
ヒサトが脳内で、謝罪と述懐と弁解を展開し終えたころ、ようやくその女子も事情を飲み込んだらしい。
女子は、今もしりもちをついているヒサトに駆け寄ると、矢継ぎ早にこう言った。
「ねぇ! 情報端末早く出して! あいつを止めるために必要なの!!」
その迫力に気圧されて、ジャケット裏から情報端末を引き出すヒサト。プライベートから学生業務まで、すべてこの一台でまかなえるという、携帯端末の最終形がこの、情報端末、である。
「はい乾杯!」
続けて女子は、自分の情報端末を掲げ、ヒサトにもそれを促す。
『乾杯』とは、情報端末同士をリンクさせて行う、情報交換を示している。
情報端末同士をリンクさせるためのアクションが、丁度、飲み物の注がれたグラスを打ち鳴らす『乾杯』に似ているため、そう呼ばれているのだった。
女子とヒサトがふたつの情報端末を『乾杯』する。その後すぐにヒサトの情報端末がアクティブになり、そのディスプレイには奇妙な文様が浮かびあがった。
黒地に、紫のドットで示された、上下左右でシンメトリーを描く、奇怪な文様。
それは、なんらかの抽象的な意味を持つ文様ではなさそうだったが、見つめているとなにか不快感を催す。
「これは、あいつを止めるための『封印図式』。いやー、道に迷ってあのおっさんロボットに道を聞いたまでは良かったんだけどさー。そのとき開いた情報端末に写ってたのが、公文庫に収められてた禁書カテゴリの書だったのよねー。どーもおっさん、それでウイルス罹患しちゃったみたいでさー……」
『公文庫』、これは情報端末さえあれば誰でも参照できる図書館のようなものだ。
有史以来、人類によって書かれた様々な書物が納められている。
だが『禁書カテゴリ』は別だ。さまざまな理由にて『発禁』となった書物が収められている、と、まことしやかにささやかれる『都市伝説』の類である。
だが、それがもし実際にあったとして、公開されていない情報にアクセスする行為には厳罰がくだされる。れっきとした違法行為になるだろう。
思わず口をすべらせたのか、「やばっ☆」て顔になっているその女子は、愚痴話を切り上げ、おっさんロボット(室井センパイという名の保安ロボットやね)を止める方法に話を戻した。
「んで!! 要は、この『封印図式』を見せれば、おっさんの頭に抗生情報が展開されて、ウイルス撲滅できるってわけ! すっごーい☆」
その女子のかわいらしいおでこには、幾筋もの冷や汗がにじんでいる。『禁書カテゴリ』だけでもかなり酷いが、保安ロボットをウイルス罹患させた、ということであればもっと酷い。世が世なら、打ち首獄門レベルの重罪人であろう。
ヒサトは冷ややかな目でその女子を見つめていたが、すぐに頭を切り替えた。当面の課題は、あの仁王立ちしていた室井センパイを止めることである。
もう一体のまともだった保安ロボットは、紙くずのように吹き飛ばされた。増援が来るとは言っていたが、その到着がいつになるのかは判らない。やっかいなことにこの広場の入り口は、室井センパイが押さえている。
なんとかこの場をやり過ごさなければならない。そのための有効そうな武器といえば、女子から渡されたこの『封印図式』くらいしか無いのだ。
――あ、そうだ。もうひとつあったけど……。今の自分に使いこなせるのだろうか?




