表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
究極の管理社会  作者: 舎模字
第3章
25/102

waking up, princess

 セツナはゆっくりと瞳を開いた。

 久方ぶりに見る世界の光はまぶしい。

 上体を起こす。

 目線を遣ったさきには、ベッドの側に寄せられたパイプ椅子に腰掛けながら、上体をベッドに預け、うつ伏せになって眠る、ヒサトの姿があった。

 そしてそのヒサトの左手は、セツナの右手によって握りこまれている。


 ――…………。


 夢うつつで事情を理解できていないセツナに、もうひとり部屋に同席していた者、壁際のパイプ椅子にもたれながら、情報端末をいじっていた女性。黛ユウカは声を掛けた。


「おはようお姫さま。……具合いはどう?」


 ――…………。


 セツナはまだ本調子ではない。黛ユウカは話を続けた。


「馬鹿っぽく思えるかもしれないけど……、これでもセツナっちのことは心配してたんだぜ。……ヒサトと僕、力不足のせいでセツナっちに負担掛けたようなもんだからな」


 黛ユウカはそう言い終わったあとで顔をしかめた。

 セツナの言葉はひとりごとのように紡ぎ出される。


「ずっと一緒にいてくれたの? ふたりとも」


 そういうと、セツナはゆっくりと黛ユウカの方向に目線を向けた。

 黛ユウカはその鋭く尖りがちな目をセツナから逸らせ、言った。


「まさか。あれからまる1日以上経ってるんだよ。……僕がたまたまここに顔を出したら、そこのバカがベッドに突っ伏してたってわけ」

「…………。そう」


 セツナはなんの気なしに、ベッドに突っ伏すヒサトの頭を撫でていた。

 もう一方の手は、ヒサトの手に添えられたままだ。

 黛ユウカはひと息吸って罵声を浴びせようかとも思いつつ、いったんそれを飲み込んだ。セツナの振る舞いは素からにじみ出るものだろう、と思ったからだ。


「……なんにしても、僕はあんたの単独行動は許せないけどね。次は従ってもらうから」


 セツナはそれを聴くとも聴かぬともせず、ヒサトの頭をただ撫ぜていた。

 黛ユウカは続ける。


「聞いてる!? 納得いかないなら、話し合って決めたいんだけど!?」


 セツナは黛ユウカに返事する。


「ごめんなさい」


 さきほどのそれは無言の返答ではなく、聴いていたことを反芻していたがゆえだったようだ。

 よどみなく、くっきりとした謝罪の声。

 その目線は宙を舞っていたものの、その声ははっきりと発せられた。

 黛ユウカは思わず毒気を抜かれてしまう。


「……ま、まあ。判ったんならそれでいいけど」

「いま、何時?」

「ん……。昼の3時。模擬戦からは丸1日以上経ってる。セツナっちの体調不良でもらった休みは3日。今日はその2日目」

「そう……」


 セツナはヒサトの頭を撫ぜる手をとめ、虚空を見つめた。

 そうしていると、まるで良くできた西洋人形のようだ。

 そのさまは、女性である黛ユウカの目からでも魅力的に見えた。


「……ったく」


 思わず悪態のひとつも出ようと言うものだ。

 しばし間があって、セツナは黛ユウカにこう言った。


「お休みは明日もあるのね? それじゃ、明日お買い物につきあってもらえないかな?」


 黛ユウカは唐突な申し出に呆気にとられる。セツナは黛ユウカを見つめて言った。


「駄目?」


 美貌の主に真っ直ぐに見据えられ、黛ユウカの顔は思わず真っ赤になる。


「……って、なに買うんだよ!?」

「…………。なに、買うんだろう……」

「は? 僕が知るか!!」

「それじゃお食事でも……。ヒサトも連れて」


 黛ユウカはそこで素に戻る。なにやらむかっ腹が立つのは判ったが、その矛先はセツナというよりは、ヒサトに向いていた。

 黛ユウカはガタンと音を立てながら椅子より身を起こすと、セツナのベッド脇にまで歩いていき、うつ伏せのままのヒサトの襟ぐりをぐいと引っ張る。


「ま。親睦を深めるように、とはB・ブルック(ブリトニー)先生からも言われてるからね! いいよ! でヒサト、いつまで女の子の寝込んでるベッドに突っ伏してんだ!!! あんたも行くんだからね! 聞いてたんだろう!?」


 ヒサトはとっさのことに覚醒もままならぬまま呆然としていた。襟を掴んだままの黛ユウカをぼんやりと見つめる。

 黛ユウカは、こんの天然ボケばかりが!、とでも言わんぐらいの勢いで、ヒサトを片手でぐいと引き上げて立たせた。

 片頬を引きつらせ気味に黛ユウカは言う。


「んじゃ!!! 明日の10時でいいね! せいぜいおめかしして来るんだね! ……ヒサト、あんたにはちょっと話がある。ちょっと屋上まで顔貸しな!!!」


 と。

 誰の返答も待たぬまま、黛ユウカはヒサトの片襟をつかみ、引きずる体で病室を出て行こうとした。

 その背中に、セツナのかぼそい声が掛けられた。


「うん。また明日……。楽しみにしてる」




 屋上の風は気持ちいい。

 吹き抜ける風に吹かれて、ようやくヒサトの目も覚めたようだ。

 黛ユウカはフェンスに体を預けながら、遠景をぼんやりと眺めている。

 ヒサトはいまひとつ事情を理解できぬまま、それでも何か声を掛けずらいその雰囲気に躊躇していた。


 ようやく黛ユウカは口にする。


「……あした、セツナっちから私らふたり、デートのお誘い受けた。……もちろん来るよね」


 どんななりゆきでそんな話となったのか。

 良く判らなかったが、特に断る理由も無いヒサトは生返事をする。


「あ、ああ。話が読めないけど」

「……僕もわかんない」


 黛ユウカはくすりと笑う。そして意地悪く。


「まあ、お姫さまの折角のお誘いを断る手は無いよねぇ。ヒサト君」


 それに応えてヒサトは。


「正直俺、セツナのこと良くわかんね。やたら必死なところとか。今の話もやたら唐突だし」

「そう……ね。なんであの子、あんなに肩肘張っちゃうのかな」

「日常感が無いっていうか」

「…………。LL(ライトニング・ランス)のセツナっていえば結構有名だけど、家庭環境も変わってるらしいから。保育官(メンター)が親の子って変わってる子多いからそれかな?」

「ああ……、それは俺もそう」

「……っ。気に障ったならごめんね。ヒサトは親しみやすくて普通だから。…………。あの子の保育官(メンター)は、ビショップ、ていう名の歴戦の(つわもの)だったみたい」


 そこで、会話はぽつり、と途絶えてしまう。

 黛ユウカは考えた。

 わたし、ヒサトを引っ張り出して、なにがしたかったのかな……。

 ん……。

 まあ、いいや。

 黛ユウカはヒサトに向き直ると、仕切りなおしてこう言った。


「とにかく! 明日はお姫さまを丁重にエスコートする必要があるんだから! ……ヒサト君、朝10時だからね? わかってる!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ