after that #3
深夜。
セツナの病室を訪れる人影があった。
引き戸が開かれる。
部屋の中にそろそろと入る者。その者は、車椅子に座しており、部屋に入るのも難儀するといった風だった。
セツナのベッドに横付けされる車椅子。
その車椅子に座した状態から伸ばされた腕は、今も昏睡状態にあるセツナの頬を軽くなでた。
とても無骨で大きな手。
手のひらといわず甲といわず、その手には幾筋もの切り傷が刻まれている。
丁度、雲の切れ間から月が顔を覗かせ、月光はその者の姿を淡く照らし出した。
男の厳粛な相貌が照らし出される。
左眉を袈裟懸けに切り裂くひときわ大きな古傷跡をはじめとして、その顔には幾多の傷跡が刻まれている。
男は、セツナの顔に掛かる黄金色の髪の一房を傍らに払うと、ひとつ大きく息をつき。車椅子に深く腰掛け、宙を仰いだ。
その長い夜の大半を、男はそうしてセツナの傍らにて過ごした。
病室にて目覚めるヒサト。
自宅以外の天井を見つめながら目覚める朝は、いったいいつ以来だろう。
まるで思い出せなかった。
上半身を起こそうとすると、頭に鋭い痛みが走る。
「うーん……。微熱ですね……。戦闘訓練の後遺症というよりは……、たんなる風邪かなこれは」
巡回に訪れていた看護師は体温計を確認したあと、ヒサトの口蓋を覗き込み、そう言った。
「詳しくは先生の診察がありますから、そのとき検診してもらってください」
そのすぐ後に予定されていた診察にて、担当医は簡単な診断を行うと、果たしてヒサトは風邪に認定された。
「明日あさっても検査を予定しているから、いっそ暫く入院してはどうかね? 大分疲労が溜まっているようだし」
と、あっさり言い放つ担当医。
確かに、昨日のことでひどく疲れが溜まっているようだ。
入院の提案を受け入れ、病室に戻る間にアルクメネにそのむねを連絡し、病室のベッドに潜り込む。
すると、ほどなく睡魔が襲ってきたのだった。
――君は、なんで闘いを受け入れることにしたのかな?
夢と現実の狭間で蒙昧とした意識の海を漂うヒサトに、誰からとも無くそんな問い掛けが為された。
無意識のヒサトは賢明なのか、その問い掛けにこう答える。
――世界に受け入れられ、自分が世界を受け入れる行為が、たまたまそれだった。
――闘いを選んだわけではないと思う。
すると、問い掛けの主は、意識の海にひとつの『絵』を浮かび上がらせた。
昨日朝、ヒサトたちと交戦した、三頭六手の巨大な体躯を持つロボット。保安用のそのロボットが、おぞましく両断され、地に伏している光景だ。
合わせて背景のトーンも、暗色のそれになる。
――君はまだ闘いというものの恐ろしさを理解していないと思う。
――……それは、そのとおりだろうね。
外界にあるモノ、と、自分自身の存在を賭けた、そのどちらかを破壊することになる行為。
それこそが『闘い』と呼ばれるものなのだろう。
生物には、元来その行為が『業』として課せられているものだが、一方で、ヒトの社会における『闘い』は、さまざまな変容を遂げている。
本来の『闘い』の持つ凄惨さは巧みに隠蔽され、それ故に『闘い』に対する感性は鈍く、『麻痺させられている』と言っても過言ではないだろう。
だが、いまヒサトの臨み、目の前にしている『闘い』の質は、生物の抱えてきた『業』、より始原的な『闘い』にほど近いものだ。
今は『麻痺し』ているこの感性で、自身はこの先、どのような『絵』を見ることになるのだろうか。
ただただ、それが、不穏な重低音の残響のように、底を見通すことのできぬ奈落のように、自身を待ち構えていることだけは想像できるのだ。
そして。
また、『絵』が切り替わる。
そこに描かれたのは、さきほどの『静の絵』とは異なる、『動の絵』だった。
つい昨日出会ったばかりの少女、セツナ、の、闘い、躍動し、そして傷ついていく姿だった。
――……これを、君はどう思う?
――……解らない。セツナは、多分、より始原的な『闘い』の場に身を置いてきたんだろう。それは想像できるかな。
――……それ以外は、理解の埒外。
その『絵』は、『闘い』がなにものかを破壊する、という行為であることを赤裸々に物語っていた。
だが、それを通じて得られるもの、それと引き換えに失われるもの。そうした利得、損失を通して、自分自身が愉悦を得るのか、絶望を感じるのか、はたまた、正気を保てるのか……。
そうした何もかもが、本来の『闘い』を遠く捨ててきた、ヒトの成れの果てには、おおよそほど遠いものとして感じられ、今はまだ、模糊とした想像しかできないのだ。
――俺はまだ、なにも答えることはできない……。
問い掛けの主の顔色すら伺えない。
その問答の果てに、ヒサトは、いつしか深い眠りに落ちていた。




