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究極の管理社会  作者: 舎模字
第1章
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rosso o verde

「赤かな」


 ヒサトは瞳を開くなり、声の主にそう応えた。


「今日は赤にしたい気分なんだ。よろしく頼むよ、アルクメネ」

「かしこまりました」


 ヒサトはまだ冴えきらない頭に手をやりながら、上体を起こした。

 その視線の先には、タイトなスーツに身を包んだ女性が涼やかに立っている。

 フォーマルな装いは、その容姿をより一層引き立てる。

 端正な面差しに、優しげに浮かぶ微笑。

 それは、毎日繰り返すヒサトの日常であるはずなのに、「またこの日常に戻れたのか」、と、妙な安心感をもたらしてくれる。


 ヒサトは、その日常に、満ち足りている、とまでの充足感は持っていなかった。


 だが、朝起きて、アルクメネの優しげな表情を見、世界とのリンクを取り戻すと、何故かいつも、ほっ、と安心するのだった。

 自分でも、奇妙な感覚だとは思う。

 ヒサトの意識には、ある日、その意識は永劫に失われ、世界と完全に隔絶されてしまう、という危機感が焼き付けられている。

 それは、過去のトラウマのせいなのかもしれない。

 だが、その心因が何によるものなのかについては、まるで想像がつかないのだった。




 ヒサトは身支度を済ませ、階下のダイニングに顔を出すと、アルクメネは既に食事の用意を済ませ、テーブルの席に腰を下ろしていた。


 ヒサトの姿をとらえ、その顔に笑みが浮かぶ。

 ヒサトはアルクメネの対面の椅子に腰掛ける。目の前のテーブルには既に、食事が用意されている。


 ヒサトのオーダーにより用意されたもの。それは『赤』。鉢に盛られた麺類の一種だ。

 鉢の中には、白く短冊のように平べったい麺が、今も湯気を立てる薄茶色の出汁つゆにひたされている。その上には、茶色い『きつね』と呼ばれる具と、『かまぼこ』と呼ばれる魚のすり身を固めたもの、ネギをきざんだものがあしらってある。


 ――『緑』も捨てがたいけど、今日は『赤』の気分だったんだよねー。


 なお、『緑』についても説明しておく。出汁つゆは『赤』とそう大差ないのだが、麺はねずみ色で少し縮れたものになる。独特の風味があり、これはこれで違った趣きがある。その上に盛られているのは、『かきあげ』という、子エビやきざみ野菜を小麦粉でからめて揚げたものであり、出汁つゆが染みたこいつは、なかなか味わい深い。


 ヒサトが、出汁の染みた、あつあつの『きつね』をほおばっているところで、アルクメネは声をかけてきた。


「ヒサト。今日からカリキュラムに変更があるそうです」

「ふぉ(きつねをほおばりちゅう)。どんな?」


 のんきにうどんを食しているヒサトの顔を見つめながら、アルクメネは語調を変えずに続ける。


「戦闘クラスに転属が決まったと聞いています」

「ふぁ!?」


 ヒサトは、あやうく白く平べったい麺が鼻腔から噴き出すのをこらえ、しこたま咳き込みながら、疑問符を口にした。アルクメネはなおも淡々と続ける。


「先日の適正考査の結果、シフトが決まったのだとか……。保育官(メンター)としては、生活習慣の見直しをせねばなりませんね……」


 ヒサトの動揺に関せず、アルクメネはヒサトから視線を外し今度はひとりごちる。ヒサトはと言えば、先日の『適正考査』に思いを巡らせる。


 ――アレ、だよな。『あなたの好きな動物を3種類あげてください』とか『右手の指を三本立ててみてください。何本に見えますか』とか『次郎さんには田代さんという友達がいます。山下さんのすね毛は濃いですか』とかとか……。よくわからん設問を山ほど3時間ほど延々と書き込んでいくていう苦行の。で、アレでなんで、戦闘に向いてる、とかいう結論出るん?


「ま、今悩んでもしょうがありませんね(笑)。詳しくは教習棟で聞いてきてくださいね(がんばっ)。私も努力しますので」


 笑顔でそう語るアルクメネは、普段は几帳面な性格だと思うが、大事なところで大雑把だ。

 ヒサトは、鼻腔にツンとくる痛みを感じながら、ひとつため息をつくのだった。

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