グリーン地方への道
目の前にはどこまでも続くのかと疑いたくなるような起伏にとんだ大草原が広がり、その間を一本の、フリーハンドでビーっと引いたような黄色い線、国道が起伏に合わせ少し歪みながら走っている。
週に1本しか出ないという早朝の長距離馬車をジェシカさんの寝坊により見事に乗り過ごした俺達二人はじゃあ歩いていっちゃおうかという彼女の決定によりリヴァ村を出発して実に5時間ほどの間、休むことなくこの道を歩いてきた。
数歩先を鼻唄混じりに大きく腕を振りながら歩くジェシカさんの姿。持ち物と言えば左腰に差した剣くらいか。
そんなジェシカさんの今日の服装はジャケットは無しで真ん中にデフォルメされた猫のイラストが描かれたピンク色のTシャツと黒いジーンズのみという形に戻っている。
どうやらTシャツとGパンというのが彼女の基本的な服装らしい。とっても動きやすそうだ。
それに対しその後ろをいかにも重そうな鎧(実際にそこそこ重い)を身につけ、パンパンの登山用ザックを背負い、右手でスーツケースをゴロゴロと転がし、左腕に自分の唯一の荷物であるずた袋をぶら下げた俺がえっちらおっちらと続く。
一見するとこども達がよくやる鞄の持たせッこのようにも見えるが、俺はこの五時間ずっっと同じ状態で荷物を運んでいる。
ぶっちゃけこれではただのいじめである。
「じぇ、ジェシカさん? せめて休憩させてもらえませんか。10分、いや、5分でいいんで!」
もう息が上がりつつある俺の嘆願に呆れ顔を作るジェシカさん。
「二時間前にも言ってたけど、まだたったの五時間じゃない。歩調も君に合わせてるのに。のんびりしてたらカスタード村までたどりつかないよ?? 男の子でしょ? がんばっ!」
「か、カスタード村!?」
カスタード村。そこはブラウン地方とグリーン地方の境界付近に位置するブラウン地方の村である。
国の紋章のきれいな六芒星を見るに、各地方に隣接する場所など無いようにも見えるが、実はこれはかなりのデフォルメをしていて、本来の国土は割と隣同士の地方としっかり繋がっている。
というのは子供のうちに初等学校で習うレベルの話である。
「もし本当にこの国があんな形していたとしたら中央にある帝都はすぐに他国に攻めいられて仕舞って大変じゃろ? 不便じゃしなぁ! かはははは」
これはかつて地理担当の老教師が俺たち生徒に言った言葉だ。
グリーン地方まで続く三角の真ん中辺りを通る国道を俺としては今引き返しているだけなので、ここからおおよそどれくらいかかるか来た時のことと荷物のことを考えて計算すると……
「・・・そこ、着くまでに順調に行ってもあと二日はかかりますよ!?」
こんな大量の荷物を持ってそんなところまで行ける気でいるなんて、この人ほんとに旅したことがあるんだろうか??
今のところは何故かまだモンスターに運よく遭遇していないが、戦闘にでもなれば当然時間をロスする。単純に距離を速度で割ればいいというものでもないのだ。
「大丈夫大丈夫。休まずもう少しペースあげて進めばさ、日が暮れる頃には距離的に着くって」
ポケットから取り出した地図を拡げ、道を指でなぞるような仕草をしながらそう言ったジェシカさんは、指でピンっと地図を弾くときれいに折り畳んでポケットに仕舞った。
「はぁ、じゃあせめて気が紛れるようなお話とか、してもらったりは出来ませんか?」
「このきれいな大草原、大自然、青く青くきれいに澄み渡るこの空! 極めつけにこの美味しい空気!! ……これじゃ、ダメ?」
両手を大きく拡げ、くるくると優雅に回る芝居ががった動作に合わせてこれまた芝居がかったセリフが俺にかけられる。
「こんなもん生まれてこのかたずーーーっと見てるので何の感慨もありませんよ。それにきれいな景色や空気で体力は回復しません」
あきれ顔で言い放つ俺に、そっかぁ……とか言いながら彼女は顎に左手を当てながら再び歩み始める。
どうやら休憩させてくれるつもりは毛頭ないようだ。仕方ないのであとに続く。
「じゃあ、こっちから質問、させてもらっていいですか?」
「しょうがないなぁ。私も物知り博士ってわけでもないからあれだけどぉ、答えられることなら答えてあげましょう!」
「・・・密猟者、どうやって倒したんです?」
かねてからの疑問をぶつけてみた。あれからいろいろと考えてみたものの、あれは奇跡などではなくジェシカさんがやったとしか思えない。
あーあれねぇー。と少し困り顔を作ったジェシカさんは身振り手振りを交えつつ俺の質問に答えた。
「アレはなんていうか、えーと、あれよ! 目の前の空気を剣で押し出してぶつけた? っていうの?? 勢いよく剣を振ると衝撃波みたいなの出るでしょ? そいつをぶつけてやったの。まぁ、雑魚ばっかだったから受け止められる奴もいなくて、後ろの奴にも次々と当たっちゃったみたいだったけどね」
・・・いや、出ねぇよ。なんだそれ。
俺は心の中でツッコんだ。
確かに俺は田舎ものだし、剣の腕も技の知識もまだまだだという自覚はある。実際、今彼女が雑魚だと言い切った奴の中の1人は間違いなく俺より格上だったし。
しかし俺も剣士の端くれだ。村で手に入る剣術の指南書は全て読んだけれども、奥義のページにだってそんな技は載っていたことはない。
それを見たことがあるとすれば指南書ではなく・・・勇者サイレーン冒険譚の中の挿絵くらいのものだ。
「冗談は止めてください! そんな剣技見たことも聞いたこともない!! ホントは魔法かなんかなんでしょう!?」
魔法ならばありえなくもない話ではある。実際、空気を練り固めて飛ばすエアバレットという魔法があるらしいし。・・・見たことないけど。
「ま、あたしも誰かに習ったわけじゃないしね。勇者サイレーンみたいに出来たらいいなって思いながら色々やってたら出来ちゃっただけなんだよね。あたしも魔力は一応ある口の人間みたいだから? 魔法の可能性は否定できないけど、魔法の訓練なんてしたことないし・・・あれ? 読んだことない? 勇者サイレーン冒険譚」
「いや、勿論ありますけど。あれってフィクションでしょう?」
この世界に生きる人間なら国は違えど誰もが知っている歴史上の超重要人物にして、実は俺たちがこれから向かう俺の故郷グリーン地方の初代領主、勇者サイレーン。
その魔王討伐の旅を描いた所謂伝記のような物語。それが勇者サイレーン冒険譚だ。
ある日出版社に送られてきた原稿をただ印刷しただけとも言われる作者不詳の物語だが、70年前の刊行から版を重ね今に至るまでずっと売れ続けている大ベストセラーである。
しかし、これはいわゆる『実話を基にしたフィクション』ってやつだと一般には認識されている。
何故なら、あの物語に出てくるサイレーンはとにかく規格外に強いのだ。
そりゃあ魔王なんてもんを倒した勇者様だから並の強さじゃないことは分かるが、それにしたって常識とかけ離れすぎている描写がとにかく目立つのである。
先ほどの剣から衝撃波を出すなど実は軽いもので、道を歩けば並のモンスターは恐れをなして寄ってこないわ、今でも非常に数が少ない魔力を持って生まれた人間ってことだけでもすごいのに(因みに僕は検査で持っていないことが判明している)、そのうえ王宮魔術師クラスの超エリートが死ぬほど鍛錬を積まないと使えないはずの上級魔法ゼル~系魔法をなんと連発して1人で魔王軍二個師団を壊滅させるわ、2日前に瀕死の重傷を負ったはずのその体で幹部クラスのモンスターを屠るわ、使えば二分の一の確率で死に至るという今では幻となった強化アイテムを物語の中だけでも30回も使うわ、極め付けには特別なアイテムもなしに海を割って絶海の孤島にある魔王城まで歩いていくわととにかくもうやりたい放題なのだ。
俺つえぇぇにも程があるというものである。
そして極め付けにそんな猛者が史実上当時19歳だというのだからどう考えてもこんな話はフィクションだろう。
やたらと長文気味の思考を終えた俺の口からは、自然とため息が漏れた。
「ってことは、要するに魔法ってことでいいんですね? ・・・そんな詠唱なしで発動する魔法なんて聞いたことないですけど」
「まぁそういうことでいいんじゃないかなぁ? 深く考えたことないわ。結構魔法使えるはずのラヴィニアもよく分かんないとか言ってたしねぇ。出来るから出来る。それじゃ、ダメ?」
「とりあえず何をしたのかとジェシカさんが化け物並に強いということが改めて分かっただけで十分です。」
「えっ、ちょっとそれ、酷くない? 化けものって。あたし仮にもレディーなんですけどぉ?」
それから俺はしばらくの間ふて腐れたジェシカさんをなだめることに余計な労力を割く羽目になった。
加えてふて腐れたジェシカさんは歩調までジョギング並に速くなってしまい、ついていくことにも大変な苦労を強いられた。
口は禍の元、とはよく言ったもんだ。
それにしても前を行くジェシカさんはこんなハイペースで歩いているのに全く持って余裕そうである。
・・・ホントに化け物なんじゃないか、あの人。
口に出せない地雷ワードを飲み込み、俺は彼女を追いかけた。
このペースで行くともしかすると本当にカスタード村までついてしまうかもしれないとか考えながら。
気がつくと設定説明会になってました。(´・ω・`)
本当は二人がふらふらと道中をだべりながら進むような形にしたかったのになぁ。
なんでこーなった!
ストーリー上また移動回はあるのでその時に……。




