初めての活動
朝食を終え、すでに準備を終えていた俺はジェシカさんを待った。
さっそくいろいろてつだってもらうからーあたしくるまでここでまっててーとまだまだ眠そうな口調で言いながら自室へと彼女が戻ってから実に一時間半、一向に降りてくる気配はない。
「そのまま寝ちまってたりしてなぁ」
などと、今日ものんびりとコーヒーを飲みながら新聞をひろげのたまう宿屋の主人とだらだらととりとめもない話をしながら部屋に起こしに行くべきかどうか迷っていると、ようやくジェシカさんは降りてきた。
今日のジェシカさんはカーキ色の細めのカーゴパンツに黒のTシャツ、その上に薄い青のデニム地のジャケットを羽織っている。(因みに昨日は初めて会ったときとほとんど一緒でTシャツだけが変わっていた)
眠気もすっかり覚めたのか、昨日と同じ凛とした表情をたたえている。
「いやーごめんごめん。お待たせー。髪がなかなか言うこときかなくってさ」
「俺は別に構わないですけど。雇い主はジェシカさんなんですし。」
今朝の一件でジェシカさんに雇われた俺は、今彼女のお付きの立場である。彼女がどういうペースで動こうが文句を言えた立場でもないだろう。
「それもそっか。まー急ぐ用もないしね。んじゃ、最初に警察の方行ってみましょうかねー」
軽快に朝の陽ざしの差す外へと出ていくジェシカさんを追い俺も外へと出た。
リヴァというこの中規模な村にはそれなりの商店と住宅はあるものの、警察署はなく村の中央付近に派出所が一つあるのみだった。治安がかなり良いということだろう。
宿からも程近いそこへと向かいつつ、すっかり体も目覚めたのか朝とはちがいスタスタと軽やかにスニーカーをあげ俺の前を歩くジェシカさんに派出所ですることを確認する。
やるべきことは二つ。現在取り調べを受けている密猟者達の自供の状況と、『あるもの』の所在の確認だった。
ジェシカさんによれば前者はあまり聞いても有益な情報は得られないかもしれないが、後者は場合によってはかなり面倒なことになるとのことだった。
『あるもの』とは一体何なのだろう?
その正体を自分なりに考えていると派出所にたどり着いた。
派出所なのでそれほど大きくもないコンクリ打ちっぱなしの四角い簡素な建物ではあるが、奥の方には鉄格子のはめられた窓が高いところに三つほど等間隔で並んび、またその下にでかでかと書かれた手錠二つが複雑に絡み合う警察のマークが警察施設であることを物語っていた。
ジェシカさんが入口から呼びかけると、ほどなく奥から昨日の警官が出てきた。
どうやら取り調べの最中だったようだ。
ジェシカさんが警官と話を始めたので俺は隣でその話を聞く。
「現行犯でしたので罪は認めているのですが、依頼者については黙秘を続けています」
警官はピシッとした制服同様ピシッとしたしゃべり方でそう報告すると、奥の方を一瞥し、
「まぁ、今日中にはなんとか口を割らせて見せますのでお待ちください」
とにこやかに伝えてきた。
……人が良さそうに見えるが、もしかしたらこの人はこの人でなかなかに怖い人なのかもしれない。
「あと、探すように頼まれていたものですが、全部見つかりましたよ」
にこやかな顔を崩さぬまま、警官は奥から全てが石で作られた高さ一メートルほどの看板を重たそうに引きづりながら運んできた。
もしかしてこれって……
「よかったーー!! 壊されてたり見つからなかったりしたらどうしようかと思ったぁー。これ発注かけて届くまで待ってたんじゃ3ヶ月じゃ済まないからね」
ジェシカさんが確認したかった『あるもの』、それは密漁者達が撤去してしまった禁漁区であることを示す看板だった。
それから俺はジェシカさんからこのくそ重たい看板を全て元通りに『一人で』『今日中に』設置するよう命じられた。
人間一人分超はゆうにある重さの看板が目の前の一枚を含めて全部で50本。それが森の近くの一目につかない場所に建てられた掘っ立て小屋に山積みになっているらしい。簡単には破壊出来ない特殊な加工を施されているようで、密猟者達も壊せないから仕方なく回収したんだろうとのことだった。
朝、宿屋の主人が言っていた「あのねぇちゃん。ナチュラルに人使い荒いタイプ」という言葉を思い出す。
おじちゃん、予想の遥か上だったよ……。
俺を憐れに思ってくれたのか、警官は小屋の場所を描いた地図と一緒に馬車とスコップを貸し出してくれた。
俺一人で何もなしで看板の設置なんてどう考えても不可能だからこれは大変有難い。
看板とスコップを後ろに積み、乗り込むと警官との話を終えたジェシカさんも横に座ってきた。
ジェシカさんはマーキングを今日中に済ませるためずっと森で探索を、俺は看板の設置を行うというのが今日の流れらしい。
途中、雑貨屋で昼飯のパンと水を二人分購入したのち、俺は一路森へと馬車を進めた。
日が空のてっぺんまで上ったころ、俺は空腹を主張し始めた腹の虫を抑えるため馬車の荷台に座り、昼飯を食べ始めた。
あの後、森でジェシカさんを降ろし、奥へと入っていく彼女を見送った俺は丁寧に描かれた地図のお陰でなんなく小屋までたどり着き、設置作業を始めた。
重たい看板であるため一度にそれほど多くの枚数を積み込むことは出来ず、積み込みも大変だったが、敷設自体は設置場所ギリギリまで荷台を寄せてしまえば思っていたよりも簡単に行うことが出来た。これなら何とか今日中に設置は終わりそうだ。
勿論村の外なのでモンスターに出くわすこともあったが、馬車はモンスター忌避剤に浸けた材木で作られているため彼らはこちらに攻撃しようともせずに出くわしてもすぐに逃げて行ってくれた。
モンスターを攻撃しづらい立場の今の俺としては大変助かることである。
すべてのモンスターの狩猟を禁止しているというわけでも勿論ないのだろうが、何を狩ってよくて、何を狩ってはいけないのか。それがはっきりとは分からない今の俺としては出来る限り奴らを戦い、倒すことは避けたいものだ。
ジェシカさんに怒られたくはないしね。
それにしてもじっくりと考えてみればみるほど、モンスターの保護というやつはなかなかに難しそうだ。
昨日の夕食の際ちらりと聞いた話だとブラウンウサギモドキは比較的温厚で強くはないモンスターだそうだが、多くのモンスター達はやはり人を襲う人間よりも生物として強大な存在だ。
絶滅危惧指定されているモンスターも例外ではなく、弱いものから信じられないくらい強いものまでおり、その多くはやはり人を襲うらしい。
襲われた人は法律で殺してはいけないなどと言われていても、自分の生存の為に闘わねばならないだろう。その結果そのモンスターを殺してしまうこと(殺されてしまうこともあるな)なんて当たり前に起こりうることだ。
命のやり取りの場において手加減の要素を挟める人間なんてよほどの実力者くらいのものだろうし。
そういう人の処罰とかは一体どうするんだろう? 果たして俺はいざとなったらモンスター達と闘っていいのだろうか? まだまだ未熟な俺にはどんなモンスターであろうと手加減をする余裕はなんてないしなぁ。
そんなことを考えつつ昼食を終えた俺はジェシカさんに聞くべき新たな疑問を頭のメモ帳に書き込むと作業へと戻ることにした。目処はついたが、今日中に終わらせるためにはのんびりと休んでいる暇はないからね。
そして太陽が山の向こうに沈もうとする頃、ようやく俺は最後の一本を設置し終えた。
なんとか今日中に終えることが出来た。
スコップを荷台に置き心地よい達成感と疲労を感じながら渇いたのどを潤すため水筒を開け、中の水を口に流し込む。
コップ一口分ほどの水を吐き出し水筒は空になった。ジェシカさんが戻ってきたらさっさと馬車を返して水を貰おう。
そんなことを考えながら馬車に乗り、待ち合わせ場所であるリヴァ村側の森の入口へ向かうと、遠目にジェシカさんの姿と・・・それを取り囲むように5匹のブラウンウサギモドキが見えた。5匹とも今にも飛びかかりそうな姿勢である。
ジェシカさんが襲われている!?
俺は手綱を強く握り鞭を打つ。
馬車が近くまで行けばあいつ達も逃げていくはずだ。
昨日の一件からも分かるようにジェシカさんは強い。しかし、いくら強くっても、いくら相手が比較的弱いモンスターでも5匹を相手に殺さないよう手加減して戦うことは出来ないだろう。
馬車が近づくのに気が付いた4匹は逃げていったものの、ジェシカさんの真後ろにいたブラウンウサギモドキはそれにもひるまず、それどころかジェシカさんの後頭部めがけ角を突き出し飛びかかった。
「ジェシカさん、後ろ!!!」
俺は叫ぶ。
気配に気づいていたのか俺の叫びが届くよりも早く、ジェシカさんはその場でくるっと手にした剣を振りながら回り、飛びかかるウサギモドキを一閃し、そのまま一回転すると静かに剣を収めた。
剣戟により吹き飛ばされたブラウンウサギモドキは腹の辺りで綺麗に真っ二つに分かれ、鮮血吹き出しながらドサドサと音をたてて地面に落ちた。
「え、なんで? だって、殺しちゃまずいんじゃないの??」
目の前で起こったことが信じられず俺は疑問を口にしつつジェシカさんの横に馬車をつける。
「ん? いや、殺されそうだったんだからそりゃぁ倒すでしょ。切らずにおっぱらいたいとこだったけど、咄嗟のことだから手加減してあげる余裕もなかったし」
ジェシカさんは当たり前でしょ? と言わんばかりの顔をしつつ自らが殺めたブラウンウサギモドキを弔うため、荷台のスコップを取りに馬車の荷台へと入っていった。
村への帰り道、ジェシカさんはブラウンウサギモドキ達は昨日の一件で人に対しやたらと攻撃的になっており調査は骨が折れたということ。それでも、殺してしまったのはあの一匹だけだったということ。そして、保護法について改めて説明をしてくれた。
絶滅危惧指定のモンスター狩猟等の行為は全面的に禁止。遭遇しないよう努めるべし。それでも、襲われ、やむを得ない場合絶滅危惧種であろうとも殺すことに対し罪は問わない。これが保護法だそうだ。
そして、これは生態調査等を行うため例外的に積極的にモンスター達に関わる保護管理課に対しても適用されるとのことである。
説明不足だったよね、ごめんね。とかなり反省気味のジェシカさんはそれから遠くを見つめ、何か物思いにふけっている様子だった。夕焼け色に染まるその表情が妙に色っぽく、俺は高鳴る胸の鼓動を悟られないよう馬車の運転に集中することにした。
その夜、疲れ切った体を風呂で癒し、部屋で体を伸ばしていると階下で誰かが宿に入ってきた音が聞こえてきた。新しい客でも来たのだろうが挨拶を明日にすることにしようと決め、特に今日負担をかけた腕の筋肉を伸ばしていると、しばらくして誰かが階段を駆け上がこの部屋に駆けてくる音に続き、ドアから軽いノック音がするとすぐにジェシカさんが顔を覗かせた。
「アイン君!明日グリーン地方のビリジアタウンに向けて出発するからね!案内よろしく!!」
右手で軽く敬礼の構えを取り笑ったジェシカさんは言い終わるやすぐに顔を引っ込め扉を閉じた。
「え、あ、はい?」
疲れのせいかぼけっとする頭でビリジアタウンへはここから2週間。明日からは野宿が増えるかなぁ・・・などと適当に考えつつ、俺は明日から酷使するであろうまだ伸ばし終わっていない脚の筋肉を丹念に伸ばしておくことを決めた。
今回でブラウン地方のお話が終わり、次回、グリーン地方への旅路が始まります。
その道中の会話の中で今度こそジェシカさんには密猟者との戦いでどんな技を使ったのかを種明かししてもらう予定です。・・・といってもまぁ実はそんなに期待を煽るほどトンでも設定ではないんですがw
煽った以上早めに投稿できるよう頑張ります。




