第三の試験 VS.ゴブリン
第三の試験の相手が入場して俺は思わず剣を落としそうになった。
そこに立っていたのは俺の腰ほどの大きさもないくすんだ緑色の肌を持つ四人の小人達。
そいつらは醜悪な顔をさらに歪ませながら細腕で棍棒を構え俺を睨みつけている。
「最後の相手は、ゴブリン?」
拍子抜けである。
ゴブリンは魔素の影響でモンスター化した下級妖精だとも言われている精霊系モンスターだ。
森の中で群れで生活をし、群れで獲物を狩る。その対象には野生動物の他にそこに足を踏み入れた人間も含まれている。
のだが、群れる必要があるほどに彼らは一個体としては非常に弱い。
つまり、冒険者や戦士にとって(それが余程大規模な群れでもない限り)ゴブリンなんて倒せて当たり前の極々ありふれたモンスターなのだ。
冒険者としての経験の浅い俺ですら七度程小さな群れと対峙した経験がある。
それがたったの四匹。
試験的に多対一の対応能力をみたいのか知らないが、こいつらは連携だってお粗末なものだ。
今更そんな弱いモンスターを群れで出されたところで動揺する俺じゃない。
出すモンスターの順番を間違えているんじゃないか? とつい言いたくなってしまう。
まぁなんにせよ。こいつを倒せば次はアルフォンスさんとの一騎打ち。
強力なモンスターが出てきて疲弊するよりは体力を温存できると考えたら運が良いと喜ぶべきだろう。
そんなわけで、サクッとこいつらを片付けようと一匹に狙いを定め俺は一気に駆けだした。
距離はすぐに詰まり、上段に構えた剣を思い切り振り下ろす!
ゴブリンも咄嗟に手に持った棍棒でこちらの剣を受け止めようとするが、そんなもので剣撃を防げるはずがない。
刃は僅かな抵抗感があるものの棍棒にグイグイ沈んでいき、あと一歩でそれを両断、そしてそのままの勢いでゴブリンをも切り裂く……はずだった。
そのわずかな間にゴブリンの漆黒の瞳と視線が交差した瞬間強烈な違和感に襲われる。
(黒い?)
次の瞬間、俺は咄嗟に剣を引き、後方に大きくバックステップ。群れから間合いを取った。
目の前のゴブリンは何が起きたのかよく分からないと言った体で呆然と立ち尽くし、こちらをその黒い瞳で疑惑に満ちたような眼差しで見つめている。
「こいつらはただのゴブリンじゃ……ない」
ゴブリンは本来緑色の瞳を持ったモンスターだ。
しかし目の前のこいつらは黒い瞳を持っている。
さらに観察すれば肌にも斑に緑の濃淡が出来ていたり、一般的なゴブリンより耳が小さかったり。
明らかに亜種。いや……
「絶滅危惧種!!」
こいつらは二等絶滅危惧種・モーブゴブリン。
かつての魔王の支配地域であるパープル地方。そこにあるモーブ大平原にのみ生息するゴブリンの亜種だ。
そこはモンスターの見本市なんて言われるほどに非常に多くの種類のモンスターが生息する魔素に満ちた大平原である。
極一部の上級モンスターを除けば基本的にモンスターはモンスター同士でも争いを起こす習性がある。それは餌の取り合いだったり、縄張り争いだったりでだ。
大抵の場所ではモンスター同士は折り合いをつけてうまく共存しているのが普通なのだが、モーブ大平原では密度が桁違いに高いためその限りではなく常にモンスター同士が争っているらしい。
そんな正に弱肉強食なフィールドで生き残っているゴブリン。
さぞや強いモンスターなのだろうと思われるかもしれないが、普通のゴブリンに比べると確かに強いのだが、悲しきかな所詮はゴブリン。ほとんど狩られる側にしかまわれず、死肉漁りをして細々と生存しているのだとか、そんなわけで近年着々と個体数を減らしているらしい。
要するにこいつらは人間とは全く関係のない理由で滅び去ろうとしているモンスターなのだが、絶滅危惧種は絶滅危惧種。ここで殺してしまってはおそらく試験失格だろう。
そんなわけでそこからの闘いは困難を極めた。
所詮はちょっと強いだけのゴブリン。殺してしまえれば大した相手でもないはずなのだが、それを殺さないようにとなると途端に難度が跳ね上がってしまった。
一匹の攻撃を捌けばその隙を別の一匹がついてきたり、二・三匹まとめて襲いかかってきたりととにかくこいつらは普通と違い連携が巧みでうまい。
それを一匹一匹を殺すことなく昏倒させていくのは神経を使う繊細な剣捌きを要求された。
「はぁ、はぁ。こ、これで、最後ぉ!」
籠手で目の前のゴブリンの首筋を殴りつける。
意識を刈り取られた四匹目のゴブリンがゆっくりとうつ伏せに倒れ行くのを見て尻餅をつきようやく一息つく。
なんとか全てのゴブリンを倒し切ったものの、こちらはダメージこそ少ないが、すっかり疲労困憊させられていた。
そんな俺のことなど無視して気絶したゴブリン達が係員の手によって手早く場外へと運び出されていく。
ものの一分とかからず全てが運び出されるとパチパチと拍手をしながらロバート王子が立ち上がり、自ら声をかけてきた。
「よくゴブリンが絶滅危惧種だと気が付いたな、アイン・ノールズ。一匹でも切り伏せて入れば即座に失格となったところだ。褒めて遣わそう。ここまでの試験は一応合格だ」
「あ、ありがとうございます」
無礼かもしれないが姿勢を取り繕う余裕もなく、とりあえずで感謝の言葉を返す俺。
そのようなことなど意にも留めないと言った様子で王子は言葉を続ける。
「思ったよりやるではないか。だが、このくらいまではやってもらわないと、せっかくアルフォンス公に準備をお願いした意味がないからな。私も安心したよ。それではアルフォンス公よろしくお願い致します」
「あい、かしこまった。……よっと」
アルフォンスさんはピョンと軽くジャンプをするように高々と宙を舞うと競技場に降り立った。
剣を杖代わりに何とか立ち上がると
「それでは、特別試験。開始!!」
這う這うの体といった俺に対し無慈悲にも最後の試験の開始が告げられる。
そうして、最悪のコンディションの中で最強の騎士アルフォンスさんとの一騎打ちが火花を切って落とされた。




