備えあっても、憂い在り。
何やかんやと勉強・修行・勉強・修行・勉強……そんなことを繰り返している内にあっという間に試験は明日にまで迫っていた。今日が準備期間最終日。それも、もう午後。そんなギリギリのタイミング。でも、俺は、
「こんなことしてていいのかなぁ?」
なんてボヤキながら書架で埋め尽くされた三階まで吹き抜けた天井を擁するだだっ広そうな建物の入口付近にあるカウンター、その前に出来た列に台車に山盛りの本と一緒に並んで返却処理を待っていた。
ここは王立図書館。公安棟から30分程歩いたところにある王立公園の一角にデンっと置かれた知識の殿堂。国内で出版される著書や新聞のほぼ全て収蔵している国内随一の巨大図書館だ、そうだ。
印刷という技術が海の向こうの工業国から入って来て以来、本はありふれたものになって久しいが、僕たちグリーン地方のような田舎者だけかと思いきや、都会に住むゴールド地方の人々もやはりみんな何冊も本を買う程の余裕はないのか、単に週末を控えている影響なのか、本を借りよう・返そうという人で受付はごった返していた。
さて、本来はジェシカさんとの対人戦闘訓練のはずの時間に試験前日の俺がどうしてこんなところで油を売っているのかと言うと、なんてことはない。ジェシカさんに今日の訓練を断られたから、だったり。
「試験前日には軽い運動だけで充分。明日に備えてしっかり体を休めておいて」なんて言われ、「あーなんならそれ返しちゃって来てよ。あたしのカード持ってけば大丈夫だから」と机の上に山積みになっていた参考書の山を返してくるよう頼まれた。
そう、試験用の教材など買う資金があるわけもない俺が何故山のような参考書に囲まれ勉強ができたかと言えば、全てこの王立図書館のおかげなのである。(あと、ジェシカさんの持っていた図書館の利用カード)
当たり前と言えば当たり前なんだけど、公務員が勤める公安棟(というよりも他の庁舎もすべてそうだろうけど)の書架に公務員になるための参考書など並んでいるはずもないわけで。試験用の参考書を得るにあたってはグリーン地方からの移動時に購入した二冊を除いてほぼ全てこちらの図書館で借りてきたのだった。
「では、借りられていた五十四冊。全て確かにご返却いただきました。ご利用ありがとうございました」
と丁寧に受付のおじさんに言われ、ようやく行列から解放される。冷却魔法で快適な室温が保たれているとはいえ、特に用事もないので足早に外に出た。
本の保全のために窓ひとつない空間から一歩外へ出ると、中の環境とは一変して眩いばかりの太陽の光と、カラッと乾いた熱風、そして広場の喧騒が俺を手厚く出迎えた。王都は今日も快晴である。暑い。
さてと、どうしようか?
さして時間をかけることもなく用事が終わってしまい完全に手持ち無沙汰となる。休むと言ってもどこかでごろごろ寝転んで時間を潰すのも勿体ないし、かと言って食べ歩きなんてしようにも昼御飯は既に済ませてきているし…
もうさっさと戻って無難に法律書の復習と柔軟でもしておこう。
そう決めて踵を返して公安棟へと足を向ける。
図書館の前には広場があり、手早く公安棟へ向かおうとするにはそこを突っ切る形になる。
広場には露店やら屋台やらが所狭しと出店されており、それを覗き見る人や、図書館へ行こうとする人などでごった返している。そんなあっちこっちと思い思いの方向に動こうとしている人達にぶつからない様気を付けながら俺も少しだけ露店を覗きながら歩く。
ブラウン、グリーン地方での旅での給与の残りも入って来てはいるものの、大きな金銭的余裕もないため、無駄遣いなんて出来ないので冷やかし程度の感覚で露店を覗きながら歩く。
そんな気持ちで見ても面白くもなんともないなぁ、なんて考えていると
「さぁさ、そこのおねぇさん、お兄さん! 今日ここを通ったのはほんまにラッキーや! 今見とかんと一生の後悔もんですよ!!」
威勢よく道行く人に啖呵を切る、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
思わず振り返る。と、そこには頭についた灰色に黒の斑が混じった猫耳をピンッと立てながら、尻から生えた尻尾を振り回さんばかりの勢いで小さな身体を忙しなく動かし、人々の耳目を集めようとしている獣人の少年がいた。
「やぁ、ガト」
「はいはい。いらっしゃい! 兄さん、お目が高いなぁ。そこらの店でこれだけの品質のもん買おう思うたら倍では済まんのですよ~?特に今日仕入れた…って、アインはん!?」
「気づくのに随分かかったね」
この獣人の少年、ガトとはブラウン地方からグリーン地方に向かう際に出会って以来、何かとよく出会うようになってしまっている。最後にあったのも僅か2週間ほど前、コバルト温泉街でだった。ゴールド地方に向かうと言っていたがまさかまた会うことになるとは。
「アインはん実はわてのことつけてるんとちゃいます?」
なんて茶化すように笑いながらガトはオレンジを絞ったジュースをズズズっとストローで啜った。
近くの屋台で買ってきたジュースで喉を潤しながら俺はガトの隣、店番をするような形で座りながら話をしている。
「はーん。もう明日には試験なんですかぁ。まっさかそんなサクサク~っと国家公務員試験なんてものやるとは思ってもみぃひんかったわ」
「俺もひと月とか下手すりゃ半年とか、もっと時間が空くかも位に思ってたからね。おかげでこの一週間はばったばただよ」
「アインはんもよう頑張りますねぇ。ついこの前には死にかけてたような駆け出しなのに」
「ホントね。なんか慣れてきてる自分が怖いよ」
ガトとは歳が同じせいか話しているといつも話が弾んでしまう。
ついつい色々話してしまうのでジェシカさんに「民間人、ましてや商人に変にあれやこれや話すのは止めなさい!」なんて窘められそうだけども。
「にしても、そんなんずるいですなぁ。国内最強の騎士と戦えなんて常識的に考えて無理ですやん? ましてアインさんなんて一般兵士レベルにすら達してないのに」
「うっ! 随分辛辣なことを…。まぁ、でも、一応一撃でも与えられれば合格ってことらしいし」
「その一撃、なんて与えられそうですのん?」
「無理かも」
「……よし、しゃーない! わてもちょびっとだけお力添えしましょ!」
ガトは目の前に並べられた石を三つほど見繕えて、俺に差し出してきた。
それぞれ青、黄、緑の色をしたまるで宝石のようなその石は掌の中でぼんやりと淡く光を発している。
「えぇ!? こんなの貰えないよ!! すっごく高いんだろ!?」
『超高品質! 超安価! 掘り出し物価格!! 特等魔法士もびっくり! パープル地方産魔法石 一個二万ディム~』
なんて書かれた看板を横目に見ながらガトに言うと
「ええんです! アインはんにはまだ以前のお礼もしきってませんし、それにあげるわけじゃないですよ? ここは出世払い、ってことで一つどうでしょう? 勿論、お安くしときますよってね」
結局、商売人の目に戻ったガトに完全に押し切られる形で三つの魔法石を3万ディム(後払い)で買わされてしまった。
まぁ、試験で道具を使うこと自体は別に禁じられていないので備えておいてもいいだろう。
魔法石なら魔力のない人間にでも魔法を発動させることは出来るわけだし。
そんなことを考えながら、今もそこに秘められた魔法の力主張するように淡く輝くその石を手土産に公安棟に戻った。
備えあれば憂いなし。 ってなんて言うしね。
次回ようやく(三年越し)試験編に突入です。
多分明日には出せるはず……




