忘れていた自己紹介
気がつくと窓から陽射しが差し込み、鳥の鳴き声が聞こえてくるというまさに絵に描いたような清々しい朝になっていた。
どうやらあのまま落ちてしまっていたらしい。まだ頭が痛い。
このパターンだと横には昨晩俺を殴り倒した張本人の寝顔が……なんてことはあったりなどすることもなく、彼女が腰かけていた椅子にもその姿を見つけることは出来なかった。
おいおい、殴り逃げかよ……これって普通に不祥事なんじゃないの??
などと考えてつつベッドから出ると腹の虫が鳴り出した。
思えば昨日の昼からなにも食べていない。近くの役所にチクりに行くのも何をするのもとりあえず腹の虫のご機嫌をとってからにしよう。そうしよう。
そう誰に言うでもなく一人納得し階下の食堂に降りていくとそこには先客がいた。昨日の朝には他に誰もいなかったので、昨日のうちに新たに入った客だろう。その客に挨拶をしようとすると相手は俺を見るなり知人に対して挨拶するように声をかけてきた。
「よう、遅かったね、君。夢も見ないほどぐっすりしっかり寝られたようで何よりだ。」
そう、その先客とは昨晩俺をぐっすりしっかりと寝かしつけた張本人だった。
パンにバターを塗りながら自らの行いなどすっかり忘れましたと言わんばかりの顔で爽やかに朝の一時を満喫している。
「あんた、え?あれ、なんで!?」
と疑問を口に出すと奥のキッチンから顔をだした宿屋の主人が
「そりゃお前この人もお客様だからに決まってんだろ」
とこちらの聞きたいことの答えになっているようななってないような答えを返してきた。
呆然とする俺をほったらかしにそのまま二人は会話をし始めた。
「おじさん、このパンおいしーねぇ。ブラウン地方は農業推奨地域だから良い小麦が取れるとは聞いてたけどパンがこんなに美味しいとは思わなかったよー!帝都でもこれだけのパンは中々食べられないよ?あ、あたし帝都から来たんだけどさ」
「水だってここいらはブルー地方には負けちゃいねぇからな。良い水に良い土、そこから出来る農作物それがブラウン地方の自慢よ。旨くねぇ訳がないわな!がはははは」
「こうなってくるとこりゃあ酒の方も期待していいのかな。はははは」
山から降りてきた山賊みたいな宿屋の主人の見た目通りの豪快な笑いと、それに負けじと豪快に笑う女性。
爽やかな朝がどことなく台無しである。
っていうかえ?これはなんなの??
そんな俺の気持ちも知らず二人はしばらく豪快に笑いながら話を続けつつ食事を続けた。
なんとか気を持ち直した俺も食卓につき、昨日の昼から餌付けをしていない体の食欲に身を任せパンやらサラダやらを口に突っ込んでいると
「さってっと、昨日の続き、知りたいだろ?先に君の部屋に行ってるから食べ終わったらおいで」
一足先に朝御飯を完食した彼女はそう言い残してさっさと皿をシンクに片付けると上の階へと消えていった。
その様子を見ながら向かいの席でコーヒーを飲んでいた宿屋の主人は、彼女が見えなくなるなり手にしたカップを置き俗っぽい目で俺に対して
「お前さん奥手なタイプだと思ってたが、昼からあんな美人さんとたぁ、中々やるじゃあねぇか」
そういうとニヤリと笑った。考えることまでどことなく山賊っぽい(勝手なイメージだが)宿屋の主人である。
いや、あの、そういうのじゃありませんからっ!!
その後もさんざん宿屋の主人に茶化されながら食事を終えて部屋に戻ると彼女は床に胡坐をかいて座り部屋の真ん中のずた袋を置きそこから取り出したであろう何かを見ていた。
「国家公務員さまは、人の荷物勝手に開けて物色していい権限まであるんですか」
部屋の真ん中に置かれたずた袋、それは俺の荷物で、彼女が見ていたのは俺の国民証だった。
「暇だったもんでつい。男のくせに飯食うの時間かかりすぎだよ、アイン君」
飯を食うのに時間がかかったのは昨日から何も食べてないからです。あとそれ俺の質問に対する答えになってないですよ、お姉さん。・・・そういえば
「ところで俺、お姉さんの名前聞いてないんですけど?そもそも国家公務員の割にやることがいちいちそれっぽくないですし、ホントにあなた、国家公務員なんですか?」
「痛いとこつくねぇ、アイン君。実は自己紹介のタイミングを逃してしまったなぁってことにさっき気が付いてさやっちゃったなぁーどうしようかなぁーって考えてたのよ」
だからといって人の国民証勝手に見てとりあえずこちらの名前を知ろうってのはどうかと思います。人として。
ま、これ出しちゃうのが一番早いかと言いながら彼女は俺の国民賞を目の前の袋に放り込むと立ち上がり、Gパンのポケットから革で出来た免許ケースを取り出すと片手でそれを警察バッチのように広げ、俺に突き出しながらきりっとした顔で
「私はクレイン。ジェシカ・クレイン。国家公安部絶滅危惧モンスター保護管理課の職員だ。まぁ、よろしくアイン君」
そう歯切れよく慣れた口調で俺に言った。
目の前に突き付けられたその身分証にはたった今彼女の口から発せられた名前と国の紋章、免許証ナンバー、そして少し写りの悪い感じの顔写真が印刷されていた。
「これで信じてもらえたかな、アイン君」
どうだ!と言わんばかりの顔で彼女は問いかけてきた。
「どうだと言われても、本物なんて見たことないですし。」
サグラ兄さんの職員証を見せてもらった(というより発行されたときに散々見させられた)ことはあるが、紋章部分以外は確かに同じものにだった気がするものの、本物なんて見たことがないのでわかりもしない。
「君、身分証は国民証しか持ってないみたいだもんなぁ。まさかギルド会員証も持ってないなんて思わなかったよ」
「うちの村、というか近隣の村にはどこもギルドの出張所ないんですよ。俺みたいなのの仕事は村の人から頼まれる近場の森での狩りとか門番とか、あと農家の手伝いくらいしかなかったですし」
「まぁギルドなんて仕事の斡旋所みたいなもんだからなぁ。ギルド会員じゃないからってその手の活動してはいけないということもないしなぁ。とりあえず君が保護法のことを知らない理由もよくわかったよ」
そういうとジェシカさんはベッドに腰掛けて僕にも椅子に腰かけるよう促した。
どうやら昨日の話の続きを始めるようだ。
少し長くなりそうだったのでいったん区切ります。
一回当たりどれくらいの長さにするのがいいのか全く見当もつきません。
次回は3部分の続きです。




