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アインの受験生活・一日目

「おはようございます」

 昨日から絶滅危惧モンスター保護管理課のオフィスの二つ隣にある宿直室で寝泊まりすることになった俺は起きて顔を洗い、身支度を整えて一階の食堂で朝食を食べ、管理課のオフィスに入った。

「おはよう、アイン」

「おはよう、ティア」

 部屋に入った俺に最初に声をかけてきたのはティアだった。とりあえずは昨日ジェシカさんの家に泊まることになっていたはずだから、ティアがいるってことは……

「遅いよ、アイン君!」

 予想通りジェシカさんもすでに出勤済みだった。彼女の横にあるデスクには昨日は何もなかったのに今は大量の本が積まれていた。

「でも、十分前ですよ?」

「口答えしない! 時間はいくらあっても足りないんだから!」

 どうやらまだ俺達以外の人は出勤前のようで他には誰もいない。ジェシカさんは本来は出勤時間前なのに付き合ってくれているようだ。これは感謝しなくてはと自然と頭が下がる。

「すみません」

 謝りつつジェシカさんのところに向かう。近づいてちゃんと見て見るとデスクの上に積まれた本は山脈と言えるものと化しており、一部は俺の頭より高く積まれていた。背表紙を見ると『一発合格。ここを押さえろ 国家公務員試験問題集』だの『初めてでもこれ一冊で分かる! 民法編』だの『三日で十点アップ 公務員試験のコツ』だのと書かれた公務員試験対策の本や、『話題の絶滅危惧モンスター達の生態』やら『モンスターとは何か?』やら『もう何も怖くない! モンスター弱点集』やらと書かれたモンスター関連の本、他にも色々な本が積まれていた。軽く五十冊は下らなさそうだけどこれを全部読めと? 『魔法学』と『機械工学』の本の間には『初等部からやり直す算数』なんて本まであるし。

「これ、全部ですか?」

「そうよ? 今までの二週間で読んだ本と重複してる部分も多いはずだからそんなに苦労しないと思うわ。ここは空デスクだからここ使ってくれていいからね。さ、やっつけちゃって」

「いやぁ……」

 あっさりというジェシカさんだけど、それにしたって数が多すぎる気がする。早くもくじけそうになっていると、

「アイン、ファイト、だよ!」

 とティアが応援してくれた。その声援に心が少しだけ軽くなる……って、あれ?

「そういえばティアの件はどうなったんですか?」

 俺のことで昨日一日バタバタとしていたのですっかり忘れてしまっていたが、ティアの孤児院の話はどうなったんだろう。っていうか完全に人任せになってしまってるし。申し訳ない。

「あぁ、そっちね。それなんだけど、孤児院の方に昨日は連絡付け忘れちゃったからさ、今日の訓練までにあたし行ってくるわ。ここから馬車で二十分くらいのところみたいだし」

「なるほど、すみません。俺も何か手伝わないといけないのに。そちらの方よろしくお願いします。ティア。ティアも頑張ってね。俺も頑張るからさ」

ティアの頭に手を置き撫でてから、挫けそうな心に鞭を打ち本の山の一番上に乗せられていた『最新版 絶対出る!必出用語三百 国家公務員試験』という本のページを開いた。

 うえぇ、いきなり三百個か……でも、協力し応援してくれる二人、いや、みんなの為に頑張らないと。




 参考書三冊目も残り百ページに入るか入らないかのところで気がつけば時計の針はてっぺんを指していた。中々に集中できたつもりだったけれども、このペースだとどう考えても期限までに机の本の山を完全に崩すことは難しそうだと判断した俺は食事中にも軽く読めそうな本を持って食堂へ行き昼食を済ませた。

 勉強の進み具合に不安を覚えてしまい休憩時間も勉強していたい気持ちに駆られたが、ジェシカさんの指示通りに一時間ほど仮眠を取って鎧に身に着け今度は公安棟の地下フロアに向かう。ここには訓練場があるらしい。ジェシカさんと待ち合わせをしていた第三訓練場の鉄製の重い二重扉を開けて中に入るとそこは壁一面真っ白に塗られた異様な空間だった。


「やぁ、ノールズ君。しっかり寝られたか?」

 どことなく反発力のある床に違和感を覚えながら部屋に入った俺に左手にいたフェリックスさんが相変わらずキャンディーを銜えたままで軽く挨拶をかけてきた。

「どうもフェリックスさん。なんとか眠れました。お付き合いいただきありがとうございます」

 挨拶しつつもこの空間のことが気になってしまう。試しに横の壁に手をついてみるとどうやら床よりも弾力のある素材で出来ているようだった。

「気になってるみたいだね、ノールズ君。ここはちょっとばかり特殊な訓練場でね。床も壁も訓練で叩きつけられてもある程度のダメージを吸収してくれるように弾力のある素材で出来てる。一面白塗りの訳は人の動きを見えやすくするためさ。遠近感も取り辛くなっちゃうけどね」

「ま、どんな環境でも対応出来ないようじゃダメってことね」

 フェリックスさんと逆側の部屋の右手側にジェシカさんはすでにいたらしく、普段とは違う緑の蛍光色で塗られた棒のような剣を振りながら情報を付け足した。

「まぁ、そういうのもあるかな。では、ノールズ君。君にこれを」

 ジェシカさんが振っているのと恐らく同じ色違いの赤い棒を俺に手渡してくるフェリックスさん。これは?

「訓練用の模擬剣さ。刀身に触ってごらん」

 触ってみるとなるほど、柔らかな素材で出来ているようで、試しに少し手で曲げてみるとグニャグニャととまではいかないが、とても良くしなった。そして、手を放すとぶよんっと言うような音をほんのわずかに立てて細かな振動をするものの素早く元の形に戻っていく。これなら打撃を食らってもあまり痛くはないかもしれない。

「面白いだろ? 新開発なんだ。しかも今までの模擬剣と違ってものに、強く打ち付けると軟度が増すような素材を混ぜて作ってある。クレインにはもう言ってあるけど君からもぜひ意見を聞きたいから訓練が終わるたびに私に意見を言ってくれ。改良していくからさ。怪我もなく、かつ違和感のない訓練の為にぜひともよろしく頼むよ」

 ビン底眼鏡で光を怪しく反射させながら俺の肩をポンっと叩くと、部屋を出て行こうとするフェリックスさんだったが、扉を閉める前に一言だけ「クレイン、さっきも言ったがお前が思いっきりやったらさすがに彼の命の保証は出来かねるからな。気を付けてくれよ?」と物騒すぎる言葉を残していった。


 そして、二人きりになった真っ白な部屋の中で準備運動を終えた俺とジェシカさんは向かい合わせで立った。右手に持った剣を軽く振りながらジェシカさんは説明を始める。

「さて、アイン君。アルのじじいはね、前も言った通り対人戦、特に心理戦に置いて右に並ぶものがいないと言われた程の剣士なの。……認めたくないけどね。そしてそういうところは残念ながら加齢では衰えない。むしろ歳喰ってからはその見た目で相手が油断するからやりやすくなったとかほざいてたわね、あのじいさん。とにかく喰えない相手だということは肝に銘じておいて。レベルは昨日の時点でアイン君とトントンくらいかもしれないけど、試験の日はどうなってるか見当もつかない。勝つためにはありとあらゆる手を使う男よ。もう戦いは始まっていると言っても過言ではないわね」

 つまり場合によっては試験の日に俺よりもかなり上のレベルになっていてもおかしくないということか。読みあいですら勝てる気がしないのに肉体的にも負けたらそれこそおしまいな気がする。

「でね、昨日はじじい対策とは言ったけれどもさ、実は具体的対策や攻略法なんてないのよ。あたしがコーチするだろうことは向こうにバレバレだしね。だからあたしが教えるのはあくまで相手が取ってくる可能性の高いであろう戦い方、の一部と考えて頂戴。あたしがやることの枠内だけでは決してあの爺さんは収まらないから。むしろ、あたしのやることに心が囚われないように注意して臨んでほしいの」

 なんだかえらく無茶なことを言われてる気がするが、どことなく言いたいことは分かったような気がする。

「つまり対策としては俺は対人戦の経験を増やし、相手の攻撃を少しでも多く想像できるようになるしか方法はないってことでいいですか?」

 ジェシカさんは俺の答えを聞くと満足そうに頷いた。どうやら問題なく受け取ることが出来たようだ。

「まぁ、そうね。それとアイン君の弱点の補強もかな?」

 そこまで言うとジェシカさんは剣を正眼に構え、俺にも構えるように剣をくいっと動かし仕草で促した。俺の弱点ってなんだろう? そう考えながら俺も同じく正眼に剣を構える。

「まぁ終わったら教えてあげる。さて、最後にクイズ。あたしの剣の特徴、言ってみて」

 突然の質問に俺は今までの稽古や戦闘でのジェシカさんをざっと思い返す。

「えっと……攻めではなくカウンターとか受け流しを狙うスタイルですよね? それ以外はほとんど見たことないと思います」

「正解。そしてあの爺さんも比較的そういう戦い方を選ぶことが多いの。対人戦に置いて攻めでのミスは命取りだし、出来れば体力は使いたくないのもあるわね。さてさてアイン君? あたしがぁこれからぁ、どうするのかぁ……分かる?」

 そこまでジェシカさんが言った瞬間、場の空気がガラリと変わったように感じた、というか変わった。ジェシカさんから攻撃的意思の塊のようなものが発せられているような雰囲気が五感全てを通して伝わってくるような不思議な感覚。そしてその意思の塊は何故か俺の頭上で鎌首を擡げて喰らい付く時を待っているかのようなイメージがパッと頭に浮かぶ。

 蛇に睨まれた蛙。

 そんな言葉が脳裏を過る。多分こんなことが頭に浮かぶのは食事中に読んだ『言葉の使い方大全』とかいう本に載っていたことわざのせいだと思う。あんな本を選ぶんじゃなかった。

 多分これ、答え言ったら来るんだろうな。明らかに待ってる雰囲気だし。とはいえいつまでもビビッていても始まらない。覚悟を決めて答えを口にする。

「せ、せめにはいる……ですかね」

 そう俺が言った瞬間、ダンッ! という床を蹴る大きな音と共に剣を振り上げたジェシカさんがすさまじい速度で迫ってきた。

 迫りくる彼女の口が「せいかい」と動いていたような気もしたが、俺の注意はすぐに上方からの剣戟へと向けられそんなことを気にしている余裕は全くなくなってしまった。 

   


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