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アイン君促成栽培計画

「いやー。いったいどんな人がくるかと思いましたよー」

 再び絶滅危惧モンスター保護管理課の部屋に戻ってきた俺たち。やっと堅苦しい雰囲気から解放されたのと安心感、それとソファーの柔らかさについのびのびとしてしまう。

「あれ?ジェシカさんは喜んでくれないんですか?」

 ジェシカさんもてっきり喜んでくれると思っていたけれども何処かその表情は険しく見える。

「アイン君。……むしろ最悪だよ。絶望的。よりにもよってあのじいさん連れてくるなんて。あのくそ王子……」

 それ、問題発言なのでは? と思っていると

「あのお方を見て、君はどう思ったかね?」

 と俺の前に座りタバコに火をつけようとしているギルモアさんから聞かれた。

「いや、あのお爺さんならそんなに問題ないんじゃないかなぁと。騎士(ナイト)の称号を持つ方と紹介されましたけどお年を召してるようでしたし」

 それを聞き、はぁ、と露骨にため息をつくジェシカさん。え?違うの?

「よく思い出して? あの場にいた全員が納得してたのよ? アイン君」

 そういえば誰一人として意見を言っていなかった。確かに皆何やら納得いってそうな顔でうんうんと頷いていたけど、それって王子の推薦だから意見を言おうにも言えなかったからじゃないんだろうか。そう考えている俺の表情を見て、何かを察したらしいギルモアさんはタバコの煙を吐きながら語り始めた。

「あのお方、アルフォンス・ガーランド殿は一昨年まで公安部第三課、モンスター討伐課の課長を務めていた人物だ。その前は王族守護隊ロイヤルガード統率団長、さらに前には陸軍総帥。しかし、長でありながらも常に最前線で戦い続けてきた生粋の武人だ。これだけの経歴を持つ人物はこの国はおろか他国にも恐らく存在しないだろう」

 ギルモアさんはぼんやりと灰皿を見つめ、その縁でタバコを叩き灰を落とした。話の内容とその雰囲気から段々とあの老人の恐ろしさが伝わってくる。

「そんであの爺さんは対人戦が一番得意で生涯負け知らずときてるんだから、手に終えないわ」

 ジェシカさんからさらに追い打ちをかけるように俺にとって厳しい情報が加えられる。

「そ、そ、それでも、レベルは低いみたいですし。歳だって」

 俺は会議での話を思い出す。しばらく隠居の身で前線を離れていたため血中魔素濃度が落ちて今はほぼほぼ俺と同じくらいのレベルまで落ちているから彼と戦ってもらうに丁度良いって王子は言っていたはずだ。

「一週間あんのよ? あのじいさんなら確実に十以上レベル戻してきてもおかしくないんだからね! 現役引退したとか言ってるけど大嘘よあんなの」

 ガーランドさんの希望で試験までの期日が一週間に延びた。理由はガーランドさんが鈍った身体をせめて少しでも戻したいとのことだったからだったけど……

「そんなに恐ろしい相手だったんですか……」

「なんといってもジェシカちゃんのおししょーさまだからね」

 俺の横でティアとババ抜きをしていたラヴィニアさんがカードをテーブルに置きながら独り言のようにそう言った。

「ジェシカさんの……師匠!? ってことは」

 規格外に強いジェシカさんの師匠なのに生涯負け知らずって……

「そ。あたしもないのよ。明確に勝ったこと。それも去年までで一度も」

 



 さっきまでの希望的観測がまるで嘘だったかのように(というか俺の勝手な勘違いだったけど)絶望的状況に打ちのめされ呆けてしまう。やばい。どうしよう。どうにかなるかもしれないなーという感じからどうにもならないかもしれないなーという感じに一気に変わりその落差もあって完全にどうしたらいいのか分からなくなってしまった。しかし、打ちのめさせ続けてはくれないのがジェシカさんだった。

 彼女はガラガラと盛大に音を立て移動式の黒板を部屋の隅から引っ張り出してくるとチョークで乱雑に『アイン君促成栽培計画』と大きく書き、俺の頭をコツンと支持棒で叩いた。ふいに叩かれた頭を摩りつつ、促成栽培って野菜じゃないんだからとツッコもうとしたが、ジェシカさんは真剣そのものと言った表情をして俺を見据えているのでとてもそんなことは言えそうにもなく出かけた言葉を飲み込んだ。

「ぼけっと絶望感味わってる暇はないのよ! アイン君! 幸いにもじじいのおかげでプラス四日の猶予をもらえたわ。その間に基礎戦闘能力の向上とじじい対策。さらに試験勉強もこなさないといけないの!」

 ジェシカさんは再びチョークを手に持ちシュッという音と共に円を書き上げると、それをドンドン線で区切って文字を書き込んでいく。どうやら一日のスケジュール表のようだ。

「いい? まず朝六時に起床ね。食事、準備を済ませ、七時から十二時まではみっちり勉強してもらうわ。ラヴィニアやダリヤさんにも場合によっては手伝ってもらうからよろしく!」

 二人それぞれ対し親指をグッと突き立て拳を向けるジェシカさん。ラヴィニアさんは可愛らしく、ダリヤさんは割とノリ良くそれに対し同じアクションで返す。

「で、二時間の休憩で食事と仮眠。二時から十七時まではあたしと稽古。十八時まで食事休憩の後、二十一時まで筋トレ。最後に一時間その日の復習をして就寝」

 え、なんか思ったより余裕ありげなんですけど? とちょっとだけほっとしているとジェシカさんが右の口角だけを上げてニヤリと言った雰囲気で笑った。しまった。また、顔に出てた。

「アイン君。余裕ありげだと思ってるでしょ?」

「そ、そんなことないですよ? いやぁ、大変そうだなぁー」

 ほとんど棒読み気味に言ってしまった。これではそうだって言ってるようなもんじゃないか。ジェシカさんも疑念に満ちた視線を変えてないし。

「……ホントにそう思ってる? 大変よ、実際。全ての時間、『全力で』動いてもらうんだからね。休憩や睡眠は疲労回復出来ないでだらだらやるようになるのを防ぐのと、睡眠ってのは記憶の整理に役立つからよ。覚えることが目白押しなんだから」

 

「とにかく、全力でこの状況に立ち向かうわよ! みんなも出来る限りでいいから協力してね!! いいですよね、課長」

「構わん。好きにやるといい。本業に支障が出ない程度でな」

 タバコを燻らせながらギルモアさんは諦め顔でそう言った。こういうことはよくあるんだろうか。

「はい! お墨付きいただきましたー。頑張るぞー! オー!」

 ジェシカさんはそう言って右手の拳を高々と突き上げた。見れば周りもオーっ! とか言いながら同じように拳を上げている。

「アイン君、君が上げなくてどうするの!? ほらっ!」

 すっかり俺よりやる気のジェシカさんに言われるまま、俺も拳を上げる。

「え、っと。オー!」

「じゃ、さっそくアイン君トレーニングルームでトレーニングしておいで!」

 こうして俺の受験勉強生活が幕を開けた。


  

 

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