国家公安部第四課・絶滅危惧モンスター保護管理課
割とのんびりした回が続きます。
目の前にある両開きの木製の扉の上には『第四課』と黒字で書かれた金色のプレートがつけられていた。
先頭にいたラヴィニアさんは当たり前だが極々自然に扉を開け、板張りの室内へと入っていく。ジェシカさん、ティア、そして俺が続いて中に入る。
まず目に飛び込んできたのは真ん前の陽光の差す一面ガラス張りになった壁。そこ以外の壁は一面に本やらファイルやらが綺麗に並べられた本棚で埋められている。少し天井の高いフロアには向かい合わせにつけられた二つで一つの島を作っている机。それが二列で全部四つ、ある程度の間隔を開けて置かれている。
窓際となる一番奥には課長のものと思われる幅の広い大量のものが置かれた机があるが、そこに座るべき人物、課長はどうやら不在の様子だった。
「あれ? 課長ってもう帰ってんじゃないの?」
ジェシカさんが声を上げると右側の机に座り作業している男女のうちの白衣を着たビン底眼鏡をかけた男の方が
「今、課長は夕方からの緊急会議の件で王宮に出向いてるよ。そろそろ帰ってきてもいいと思うけどねぇ」
と小さな棒を口にくわえたままで答えを返してきた。
「なんだぁ、入れ違いかぁ。どうでもいいけど、喋るときくらい飴、口から出して欲しいんですけど、フェリックスさん」
「俺が常になんか舐めてないとダメなのは知ってんだろう、クレイン。で、そいつが例の子なのかい?」
やはり棒(どうやら飴らしい)を加えたまま白衣のポケットに手を突っ込んで俺の前まで歩いてきた長身のぼさぼさ頭の男は腰を曲げそのまま舐めまわすように俺のことを見てきた。品定めをしてるんだかメンチをきられてるんだか分からず意図を図りかねる。
「あのー。何か?」
「ふぅーん。ほぅほうほぅ? なるほどねぇ。あ、あぁ、すまん。テクマタイト使うような奴って滅多に見れないからどんな感じなのかとね。俺はフェリックス・テクマ。一応ここの技術顧問だ、どうなるかは分からんが、まぁ、色々よろしく頼むよ。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。アイン・ノールズです。あれ? テクマってもしかして……」
「ん?あぁ、俺の爺さんは君が使ったテクマタイトの研究をしてた。家は代々研究一家でね。俺は専門は科学だけど。あと、魔科学も手掛けてる。あ、飴、なくなりそ。」
「はい、ダーリン。」
気がつけば男の隣には大きなキャンディーを持った栗毛色の髪をポニーテールにした小柄な女性が立っていた。その容姿も相まっててっきり自分で舐める用なのかと思ったが、女性はフェリックスさんに飴を差し出した。彼女は飴は舐めないらしい。
「新しい飴。男の子の前に立つときに飴切らしたらダメでしょ? 初めまして。この人の妻のダリヤです。私は生物学の担当なの。モンスターのことで分からないことがあったら何でも聞いてね。」
「あ、よろしくお願いします。あの、なんで男の前に立つときに飴が切れたらダメなんです?」
「え、えっとそれは。その。っていうか男とか女とかじゃなくって……」
ダリヤさんは急に頬を赤らめ両手を頬に添え悶え始めた。え、なんですか、その反応。フェリックスさんもなんかバツが悪そうに視線を逸らせるし。
「その人ね、常になんか舐めてないとおかしくなるのよ。具体的に言うと、飴が切れると何故かキス魔になるらしいわ。あたしは見たことないけど、口寂しいとか何とか言ってとにかく誰彼構わずキスしてきてやばいんだってさ。確か……ダリヤさんと付き合い始めたのもそれがきっかけだったとかって…」
困っている俺に対してジェシカさんが代わりに答えを教えてくれた。え、そんな人いんの!?
「ま、マジですか?」
「ん、いや、まぁ、そう、らしいな」
「……はい」
夫婦そろって頭を掻きながら照れくさそうにしている。どうやら本当のことらしい。
「こ、こほん。じゃあ課長もまだだし、あれだ。君、ノールズ君。腕、出して」
「はい? こうですか?」
腕を差し出した瞬間に腕にザクッとした痛み。見れば注射器をぶっ刺されていた。ピストンが引かれ血が抜かれる。痛い痛い痛い痛い!!
かなりの量抜かれたあと注射器は刺されたときと同じようにさっと引き抜かれた。血がダラダラと出始める。
「はい、おっけー。じゃあコットンテール君、よろしく頼むわ」
「えー。あたしさっき二回も探査波出したばっかりなんですよ?」
「言うてこれは今日の予定で織り込み済みだったでしょうに。夕方の会議で使うんだから早くやっちゃって。」
「はぁ、しょうがないなぁ……」
俺が痛みに悶えている間になんかやり取りをし始めるフェリックスさんとラヴィニアさん。そして、「ごめんねぇ。あの人下手だから」などと言いながら消毒液を塗ってガーゼを貼ってくれるダリヤさんだが、痛いもんは痛い。っていうか下手ならせめてあんな勢い任せで刺さないで欲しい。
「はい。終わりました」
「ふむふむ。なるほど。んー微妙だな。ダリヤはどう思う?」
「具合から見て多分十五前後じゃないかしら? ちゃんと数値化しないと議会の方々納得しないわよ?」
「機械にかけるかぁ……時間ギリギリなんだよなぁ。まぁしょうがない。じゃあ、ノールズ君。またあとで。」
こちらとしてはさっぱり要領の得ない会話を終わらせてフェリックスさんは注射器を手に部屋を出て行った。ようやく少し痛みに慣れてきて前を見る余裕が出てくる。
「な、なんだったんですか? 今の……」
「レベル……血中魔素濃度測定するんですよ。会議で具体的資料として必要だったから」
ガーゼをテープで貼りながらダリヤさんが答えてくれる。
「それなら俺、レベル十ですけど」
「それ、最新のデータじゃないでしょ? 私の見立てだと十五位はありそうだったけど」
「えぇ、まぁ半年くらい前のです。でもそんなすぐに分かるんですか」
モンスターに傷を負わせたり倒したりするとその際にどうしても魔素という物質を浴びることになる。魔素が身体に蓄積することによって生物の力や、体の強度、身体能力が上がっていく。その魔素がどれくらい血液に含まれているかの具合を俗称としてレベルという。つまりレベルの高さとその生物の強さと言うのはほぼ同義として扱われる。因みにモンスターを倒した際に放出される魔素の量のことを、確かレベルを上げるために必要な経験だからとかいう理由で経験値なんて言ったりもする。
「魔法で負荷をかけてあげた段階で魔素の含有量は大よそは分かるのよ。ラヴちゃんお疲れ様」
「大丈夫ですよー。ただ、流石にちょっとだけお昼寝したいかも……。私寝ますねぇ」
そう言うなり急に疲れた様子になったラヴィニアさんは左真ん前のウサギのヌイグルミが置かれた机に腰掛けるなり、パタンと突っ伏せてヌイグルミを枕に寝始めてしまった。
「じゃああたしは報告書でも書くかなぁ」
ジェシカさんはそう言うと奥の席に向かって歩き出した。机の上の書類を一枚取るとそれをだるそうな顔で見つめつつ席に座り作業を始める。
「ねーティアはどうすればいいの?」
大人たちのやり取りを黙ってみていたティアもさすがに限界だった様子で少しだけ不機嫌そうな顔をしている。俺もなんかほったらかしにされてるしなぁ。
「ティアちゃんも舐める? ペロペロキャンディー」
「いいの? お姉ちゃん」
「いいわよー。いくらでもあるからね。貴方もどうかしら?」
そう言って白衣のポケットから二つちゃんと袋に包まれた飴を取り出すダリヤさん。もしかして常に持ち歩いてるんだろうか?
結局、俺たちは部屋の隅に作られた談話用のスペースで過ごすことになった。ペロペロキャンディーを舐めながら。




