都と田舎者
メリークリスマス。
「皆さま、長旅ご苦労様でした。間もなく終点。王都入口、グリーンゲートです。」
御者の声が馬車に響く。皆手荷物に手を掛け始めて、下車の準備を始め、それまで静かだった馬車の中は随分と騒がしくなった。
思えばビリジアを出てからも色々なことがあった。コバルト温泉街でのガトとの再会。当座の資金繰りの為にやったアルバイトとちょっとしたトラブル。ジェシカさんの新しい剣の購入でも一波乱あったっけ。
とにかく都合二週間ほどの王都への旅はようやく終わりを迎えようとしている。
到着までもう少しありそうだし、窓を開けて顔を出し、馬車の走る先の景色を眺めよう。初めてのゴールド地方だし。
そう思って見た前方の景色。銀一色。良く見ればそれは天まで届きそうなほどに高い、鈍い銀色の城壁だった。城壁が高すぎるせいだろうか、その先にあるはずの市街地はおろか、王宮すら見ることは叶わない。道の先には大きな門があるものの、そこ以外は出入りできそうな場所もなく、見渡す限りずっと堅牢そうな壁が続いている。
「すごい……これがグランドシルバーウォール」
思わず口から驚嘆の声が漏れてしまう。
「ジェシカさん! こんなのがホントにずーっと続いてるんですか!?」
興奮する気持ちを押さえられず、俺は窓から顔を出したまま振り返り、ジェシカさんに疑問をぶつけた。腕を組んだまま興味なさげにしていたジェシカさんは視線だけをこちらに向けて答える。
「ゴールド地方を囲むようにねー。でも、この高さなのはグリーン地方とパープル地方側だけだよ。他は大体ビリジアの街のと同じくらいの一般的な高さになってる。理由はさ、説明しなくても分かるでしょ?」
言外に含むところのあるような聞き方をしてくるジェシカさん。もしかして……
「ごめん。ビリジアでアイン君が寝てた間に色々調べちゃった。でも、あたしは別に、グリーン地方が危険だなんて思わないし、アイン君ならほら、まぁ、試験には問題ないと思うから大丈夫だよ。」
バツが悪そうに言った後で慌てて取り繕うジェシカさん。その瞳は少し泳いでいて動揺しているようにも見えるがそのあとに続く言葉は嘘をついているようでもなかった。
「まぁ、どうせ遅かれ早かれ分かったことでしょうから、別に気にされなくて大丈夫ですよ」
この話はもう終わりにしましょう、という気持ちを込めて俺は返事を返した。迂闊な質問をしてしまった自分を悔やむ。ジェシカさんがどこまで調べていたのかは気になるけど、なんとなくこの話はここで終わらせたい。何となく自分の身の上話は苦手だし。
パープル地方側の城壁が高い理由は間違いなくかつてそこが魔王に支配された土地だったからだろう。
そして、グリーン地方が高い理由は……恐らくエルフのせい。
「アイン、もうみんな馬車降りちゃったよ?」
少女の声に俺はハッとする。気がつけば馬車は動きを止めていた。あれ? 城門まではまだ五百mは離れているように見えるけど。
馬車の中を見渡してもすでに人影は俺とティアしか残っていない。慌てて馬車から飛び出すと、丁度ジェシカさんが預けていたスーツケースを御者から受け取っているところだった。
「考えに耽るのもいいけどさ、早くしないと時間すっごくかかるよ?」
ジェシカさんはスーツケースの取っ手を引き出しつつ、立てた親指をクイクイっと動かしている。
指し示す先を見つめれば、そこには長蛇の列が出来ていた。
「ねージェシカ、なんで並んでるの?」
列の最後尾に向け歩き出すジェシカさんに俺が聞くよりも早くティアが疑問を口にする。俺もザックを受け取り後を追いつつ、その返答を待つ。
「入地方審査。あと持ち物チェック」
「それってまるで国境超えるみたいじゃないですか」
「ある意味で言えばそれでいいかも。あーもう早く進んでくれないかなぁ」
ジェシカさんは周りの人々と同じように列の進み具合を気にしながら、文句を垂れつつ列の最後尾に並んだ。
なんでも各地方間の移動に際してはチェックをする必要はないが、帝都に関してだけは国の中枢であるため特別で、荷物チェックや、その目的の確認等を街に入る際入念に行っているらしい。
「で、やっぱりこれもこの地方側特有なわけですか?」
少し棘のある言い方になってしまったのは俺が先ほどの壁が高い事情について過剰に反応してしまっているからかもしれない。でも、やはり気になるものは木になってしまう。
「それはないわ。全地方側の入口でこのようになってるもの。でも、こっち側は多分ゲートがここしかないせいで行列が出来がちなのね」
門が多いということはそのまま打ち破られる可能性が高い場所が多いということに繋がるということだろうか。そういう点からも王都のエルフに対する警戒心の強さを感じられた。少し表情が硬くなるのを感じる。
「なんかさ、勘違いしてそうだから言っておくけど、この壁が高いのは別に彼らのことがあるせいじゃないわよ?」
「え?」
俺の様子を見てかジェシカさんは俺の考えていることを見抜いたように言ってきた。
「彼らのこともないとは言えないけれども、本当に国が警戒しここまで壁を高くした最大の理由は、かつてのグリーン地方の領主、勇者サイレーンの存在なんだから」
ジェシカさんは静かにそう答えを告げ、動き出した行列に続いて歩き始めた。その顔がどこか悲しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。それ以上は聞き辛くって俺は質問することを止めてしまった。
その後雑談を交えつつも一時間ほど並んだ後、門の中の検問所に通され、別に悪いことをしているわけでもないのにどこか緊張させられるようなチェックを受け、俺たちは二重に設けられた門のその先、ようやく帝都の街へと足を踏み入れた。
門を出ると、そこには大型馬車が四台は通れそうな大きな道があった。目の前にある外壁に沿う道とその大きな道との交差点には警官らしき人が二人真ん中に立ち、交通整理をしているようだ。
道の脇には五人ほど並んで歩けそうな歩道が設けられ、沢山の人が行き来していた。都会の為だろうか、他地方に比べて圧倒的に武装をした人物が少ない。鎧を着ている俺の方が場違いな位の感じがする。
交通整理員が歩行者の横断を促し始め、ジェシカさんは道を渡っていく。俺とティアも後に続き大きな道の脇の歩道を歩き始めた。
歩道に沿って大小様々な小奇麗な建物が建っている。カフェ、本屋、パン屋、服屋、アパート、道、花屋、アパート、道……それがどこまでも永久に続くのではないか思う程に遥か彼方、霞んで見えるほど遠くの王宮まで一直線に続いている。どうやらこの建物の裏にも別の建物があるようで、もしも全体がこんな感じになっているのだとすると、とんでもない数の建物があることになりそうだ。ビリジアも中々に整備されている街だと思っていたが、流石は帝都。大都会って感じである。
「アイン、あっちにサンドイッチ屋さんがあるよ!!」
ティアも興奮を抑えきれないのか、体ごとクルクルと回ってあちこちを見回している。歩きながらそうしているから転びそうで危なっかしい。
「アイン君もティアも、まるで遊園地の時と一緒ねぇ」
いつの間にか道路をチラチラと見ながら片手を挙げて歩いているジェシカさんが呆れた声でそう言うのとほぼ同時に、目の前で対面式にシートの配置されたゴールデンキャリッジと書かれた馬車が止まった。あれ? ここは交差点じゃないけど。
そう思っていると、ジェシカさんはさも当たり前という体で、その戸を開けると馬車に乗り込み御者と背中合わせになるように配置されたシートに腰かけ御者に何やら話しかけた。
そして、その様子を見ながら呆然と立っている俺たち二人を見るなり、
「さぁ、さっさとしないと置いてくよ、おのぼりさん達」
とからかう様に馬車に乗るよう促した。訳も分からず俺とティアは慌てて乗り込む。
このゴールデンキャリッジという馬車は通常の定期便や村の前で待つ馬車とは違い、市内を巡回して客を探すタイプの馬車とのことだった。
流石都会は進んでいるなぁと感心する。
馬車が走り出してすでに十数分経つがそれにしても、いつまでたっても街が途切れない。時折木々が植えられた場所も見えるが、あれは恐らく公園か何かであって自然のものではないだろう。
同じところがループしてるんではないかと思う程に、門を出た辺りとまったく同じような景色が途切れることなく続いている。果てはどこにあるのだろう?
「ジェシカさん。もしかして、ずーっと街が続いてるんですか?」
「あれ? 前に言わなかったっけ? そうよ。ゴールド地方はその領域内丸々全部市街地になってるの。」
こんなのがずっと続いてるのかと驚く俺の横にいたティアがそんなことよりも退屈だと言わんばかりにジェシカさんに問う。
「ねーねー。どれくらいで着くの?」
「どうだろうね? ちょっと聞いてみるから待ってて」
ジェシカさんは背後の御者に振り返りつつ質問をした。まるで専属の運転手みたいだな。
「大体二時間くらいですかね? だって」
「に、二時間!?」
とてつもなく広い街の規模に思わず驚いてしまう。二時間ってどれだけの距離があるんだろう。
唖然としながら御者の肩越しに見える景色に目をやる。中心部に存在する帝都の象徴、三本の高い尖塔を持つ王宮は未だ薄らと霞んで見えていた。
情景描写って難しいです。
サンタさん、力をください。文章を書く力を。(´Д⊂ヽ




