家族の思い出2 夢の国と紙の月
「うわぁ......すごいよ。ねぇ、すごいよ」
感嘆の声を上げるティア。俺も同じ気持ちで辺りを見回す。
食事を終えた俺たちは先ほどとは街を挟んで真逆の方へと来ていた。
そこには見たこともない乗り物や、機械、そしてたくさんのテントが所狭しと並べられ、人でごった返していた。鼻で息を吸い込むとポップコーンやバーベキューなどの美味しそうないい匂いが辺りに漂っているのが分かった。なるほどね、さっき草原で街の喧騒がいつもより大きく聞こえたのはこれのせいだったのか。
「よく帝都からここまで持ってこれたもんよねぇー」
と俺の横で腕を組むジェシカさんは感心した声をあげる。確かにこれだけの物や人をマラカイト山脈を通して運ぶのは並大抵のことではないはずだ。大体、四日前まではこんなものが出来る気配もなかったのに。
夢と魔法の時間なんて広告に書いてあったけど、この遊園地の存在それ自体が、まるで魔法みたいだと俺は思った。
「さて、ティア。さっきの埋め合わせ。どれでも好きなのに、好きなだけ乗っていいわよ!」
しゃがんだジェシカさんは指を立ててティアに向けてウインクをする。
「えっ、ほんと!? えっと、えっと。じゃあー」
ティアは可愛らしくくるくると回りながらキラキラした目であっちを見てこっちを見て、どれにしようかと考えている。
「アイン君もさ、初めてでしょ?」
立ち上がったジェシカさんは笑いながら俺の方を向いて聞いてきた。
「はい。そうですね」
「じゃあ、あたしが回復祝いってことで奢ってあげるからさ。目いっぱい楽しみましょう」
「ホントですか!?」
俺も思わずティアと同じようにクルクルと辺りを見回し始めてしまう。その様子が可笑しかったのか横でジェシカさんは声をあげて笑っていた。
「あれ、チラシの人だよね?」
ティアが指さす先、少し離れたところには真っ白に塗ったくった顔に赤や青の円を描き、オレンジと白の縦縞模様のだぼっとした服を着た男のピエロがいた。子供たちに囲まれたピエロは腰を屈めながら手に持つ色とりどりの風船を一人一人に配っている。
「あたしも欲しいな」
「じゃあ、貰いにいこうか」
ジェシカさんが手を引き、ピエロに向けて歩き出す。
しかし、俺たちが彼の前まで着いたとき丁度最後の風船をピエロは子供に渡し終えてしまった。その少年を見送るように手を振ると、風船を補充するためかその場を去っていく。
「あたしも欲しかったのにな、ふーせん」
残念そうに言うティア。
「多分さ、また来るからそれまで待ってようか?」
俺が言ったその時、俺たちの前に高級そうなスーツを着た身長百八十㎝はあろうガタイの良い強面の三十代位に見える男が現れた。腰まで届かんばかりの髪を三つ編みに編み上げ、前髪を逆立たせたその男は顔を柔和に崩すと、しゃがみこみ、ティアと向き合う
「お嬢ちゃん、遊園地は初めてかい?」
バリトンの声でそう言うとどこから取り出したのか紫色の風船と小さな飴玉をティアに差し出す。困ったようにティアが見てきたので貰っていいよという意味で首を頷ける。そうするとティアはありがとうおじちゃん、と言って嬉しそうにそれを受け取った。糸をビンビンと引きながら風船の動きを一心に見つめるティアを見ていると立ち上がった男が俺に声をかけてきた。
「まるで家族のようですな」
「あはは。そう見えますか?」
「えぇ、お二方の瞳の色が珍しい紅色なのですぐにそう思いましたよ」
言われてみれば、ジェシカさんもティアも瞳がほんのわずかにだが紅い。よく見なければ普通の黒い瞳と誤解してしまいそうなほどに。瞳の色なんて赤も緑も黄色も青も勿論俺と同じ黒も。どれも有り触れている様に感じるが紅いのは珍しいのだろうか。っていうかこの男なんなんだ?
「申し遅れました。私は当遊園地のオーナー、バーナム・エウノミアです。我が移動遊園地はグリーン地方では初めての興行となります。皆様のような仲良しのご家族に楽しんでいただけるのが我々最上の喜び。どうぞ心行くまで夢の世界をお楽しみください」
腕を広げ周りの人々にも聞こえるようなはっきりした声で大仰に言いきると、彼は会釈をして中心にある大きなテントの方へと歩いていった。彼を見送る群衆からどこからともなく拍手が巻き起こる。
観察眼に優れていたのはそういうことか。それにしても一般客にまで園長自らサービスをするなんて、すごいな。俺は思いっきり感心してしまった。
回転する円盤の上に上下に動く馬車や馬が置かれた乗り物や、クルクルと回る巨大なコーヒーカップ、先日の巨人ほどの高さがある縦に取り付けられた大きな円盤についた籠に乗る乗り物、ロープで吊るされ空中を回る椅子に、レールの上を落ちながら走るトロッコ(これには二回も乗ってしまった)。
行列に並びはしたものの沢山の乗り物に乗ることが出来た。あと、魔法を使ったショーも面白かったな。どれもこれも今まで聞いたことも見たこともない楽しいものばかりでティアも俺も、一度来たことがあるというジェシカさんさえも子供のように無邪気に時間が経つのも忘れて楽しんだ。
気がつけばもう日も暮れ始めていた。そろそろ閉園の時間のようで、ランプに明かりが灯っていくものの人の数はまばらになり始め、一部のテントは店じまいの準備を始めている。
「ねぇ、ママ。ここは、なぁに?」
ティアが風船を持った手で指を差したのは小さなテントだった。看板には『写真屋』と書かれている。まだまだ人で賑わう周りのテントに対して、そこには客は誰もおらず、店先に立ったタキシードの若い写真技師は張り上げ続けたせいかガラガラになった声で客寄せをしている。
「ここはね、人や風景を紙に印刷出来る写真ってものを撮るお店なの。んーまぁとってもきれいな絵みたいなもんかな」
写真は工業国イソジスで十五年ほど前に発明された機械だが、機械がこちらにあまり入ってきていないためか滅多なことでは撮ることは出来ないし、お目にかかることも稀だ。グリーン地方にはもしかしたら写真機自体がまだ入ってきてないかもしれない。俺も知ってはいたが実物見るのはジェシカさんの公務員証のものが初めてだったし。
会計をするための棚の上には男女が仲睦まじそうにベンチに腰を掛けキスしていたり、家族であろう老若男女が楽しそうに微笑むモノクロの写真小さな額に収められ置かれている。
「どうです? お姉さんお兄さんお嬢ちゃん。写真を撮ることなんて滅多なことじゃ出来ませんよ? しかもこんなにお安く」
俺達に気づいたタキシードの男はいがらっぽいままの声で調子よく声をかけてきた。
「ねぇ、写真。欲しい」
ティアが本日二度目のしかしいつになく真剣な表情を湛えた純真な眼差し攻撃をジェシカさんにかける。
「でも、これ、高いんだよね......」
これまでで随分お金を使ってしまったのかジェシカさんは顔を顰める。なるほど、確かに宿に三泊くらいは出来そうな値段だ。安いとは言うが確かに高い。人の少ない理由はどうやらこれだったようだ。
「お願い。お願いお願い、おねがい!! なんでもするから、だから、お願い!」
ティアが駄々をこね始める。こんなことは今までなかったのに一体どうしたというのだろう。
「お願い、ジェシカ! 三人で撮りたいの! どうしても!」
ティアは食い下がるように必死な顔でジェシカさんを見つめ続ける。ここにきて俺はティアの真意に気が付く。そうか、ティアは......
「分かった。じゃあ撮ろう。三人で」
「ありがとうジェシカ!」
「ありがとうございますお姉さん! よかったなぁ嬢ちゃん」
男はテントの中に戻り慌ただしく準備をし始めた。
「ジェシカさん、ここは、僕もお金出させてください」
ティアへのプレゼントになるなら俺もジェシカさんに全部払ってもらうわけにはいかないだろう。
「そう? なら、ちょっと奮発しようか」
ジェシカさんはそういうと写真屋に声をかける。
「ねぇ、色付は撮れる?」
それを聞いて何故か店員は驚いたような顔をしたまま答える。
「カラーですか? 一応用意はしておりますが、あの、お高くなりますですよ」
「構わないわ、用意してください」
「か、かしこまりました。ありがとうございます。少々お待ちください」
どうやら軽く男が動揺するくらいにかなり値が上がるらしい。
「では、用意する間に背景をお選びくださいませ、さぁどうぞ」
そう言うと店員はテントの中へ入るように俺たちを丁寧に促す。
中には三つの大きなセットが壁面に合わせて用意されていた。
一つは真っ白い壁とその前に少しだけ高級そうな椅子が置かれている。その向かい側には草原が描かれた壁の前に木の丸太が置かれ、残る一つは紺色の星空の前に三日月に切り取られた黄色い無地の厚紙のベンチが天井から背景と同じ色に塗られたロープで吊るされている。
「あれがいいな」
ティアが選んだのは星空の背景だった。ティアをだっこして三日月に腰を掛けさせ、俺とジェシカさんはティアを挟み込むように立つ。
「三人で座られても大丈夫ですよ?」という写真屋の言葉に俺とジェシカさんはおっかなびっくり腰を下ろす。天井から軽くギシっという音がしたものの、確かに三人座っても大丈夫なようだ。写真にも映るように俺たちは繋いだ手を膝の前に出す。
「ポーズはそれで大丈夫ですか? フラッシュってのを点けるんですが、これ少し眩しいですからね、目は瞑らないよう気を付けてくださいよ。やり直しは利かないので。」
そう言ってカメラマンは写真機の後ろの黒い布に頭を突っ込む。
「では、笑ってくださいよー! あ、お兄さん、表情硬いですよ、もっとコレンの実みたいにソフトにソフトに。あ、いい感じいい感じ。はい、いきまーす!!」
写真屋が言うとバシャっという音と共に一瞬目の前が強烈な光に包まれた。
「ありがとうございましたー」
写真屋は深々とお辞儀をして俺たちを見送っている。
ティアは現像され、簡素な額に入れられた写真をじっと見つめ歩く。その写真には紙の月に座り少しぎこちないながらも楽しそうに笑う俺達三人の姿がしっかりと映されていた。
「ティア、前みて歩かないと転ぶよ?」
俺が言うとティアは唐突に立ち止まった。どうしたんだろう?
「アイン! ジェシカ!」
ティアは突然大きな声を上げた。顔を上げ俺達二人を真剣な表情で見上げている。面食らってしまった俺たちは唖然とそのティアを見つめる。
「......ありがとう」
続けてティアが目を潤ませつつ静かに言ったその言葉に、俺は何も言えないでいたが、ジェシカさんはまるで本当のお母さんが娘を見つめるような表情で微笑みながら
「パパとママ。でしょ?」
と優しくティアに返した。
「うん。パパ。ママ。ありがとう」
そしてティアは、溢れんばかりの涙を目に湛えながらも今までで最高の笑顔を俺達に見せてくれた。
こうして俺達のたった一日だけの家族ごっこは終わりを迎えた。
でも、ティアの持つその写真の中と俺達の心にだけは今日の俺達家族の楽しそうな笑顔はきっといつまでも残り続ける。
作りものだけどその瞬間だけは確かに本物だった俺達家族と紙の月がいつまでも、いつまでも。
そして、翌朝。
ついに俺達の短くも長い、旅の終わりはやってきた。
分かる人にはきっとモロバレクラスのネタなのでさっさと自白します。
この回のモチーフはスタンダードの名曲It's only a paper moonの歌詞と映画、あと、クロノクルセイドって漫画のみんなで写真撮るシーンです(確か4巻辺り)
どれもとても大好きな作品です。とってもおすすめ。
ティアとの別れを描こうとしてパッと頭に浮かんだままに書いていたら気がついたらこんな形の話になってました。
オリジナルなエッセンスも多少は混ぜこみましたが、それぞれのファンの方に怒られてしまったりしないかしら。(´д`|||)




