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英雄の力、その代償

 テクマタイト鉱石。

 百十年前、勇者サイレーンが魔王ガニメデを倒すその十年前に突如として現れたその鉱石は、研究者の名をとってそう呼ばれることとなった。

 最初の発見者であり使用者でもある炭鉱夫はこの鉱石に触れた直後から驚異的な力を見せ始め、一時間にも充たない時間でその炭鉱の鉱夫全員が1日で採掘出来る量を掘り終えた後、力尽きるように絶命したという。

 彼はこの力を手にしたとき、「堅い岩盤がまるでプディングのようだ」とその力を評したらしい。

 その後数多くの研究と犠牲の結果、どうやらこの石に含まれる物質が、魔王が現れて以降確認された魔素というものに対し、何らかの影響を与え、それを吸収している生物の力を一時的に何倍にも高めることが出来るらしいということがだけが分かった。

 ......そして、使用者のおよそ半数近くがその力に憑り殺されるということも。

 魔族を統べる魔王の死が原因なのか、強さを求める者たちによる採掘のし過ぎが原因だったのか、原因は定かではないが50年ほど前を境にこの石はほとんど発見されなくなったという。

 故に、現在この石は幻の強化アイテムと言われている。




 今、俺の目の前でぼんやりとした明滅を繰り返しているそれは、鉱石の説明と共に、『決して素手で振れてはいけない』の言葉と共に冒険者用希少鉱石図鑑に載っていたそれと完全に特徴が一致していた。


 もし、これが本物ならば、あの巨人を倒すまではいかなくても、ティアたちを救うことが出来るかもしれない。仮に無理だとしても、少しでも粘ることが出来れば絶対にジェシカさんが来てくれるはずだ。

 呼吸も段々とままならなくなって、痛みも感じなくなってきている。死に片足を突っ込んでいる俺にとって死のリスクなんてもはや問題ではなかった。

 迷うことはなかった。

 俺は右手を覆うガントレットをもはや満足に動かない左手でどうにか取り外し、その石に手を触れ、願った。


 みんなを護る力を、俺に、くれ

 

 と。


 



 瞬間、鈍く暗い虹色の光はまるでオーロラの輝きような明るく強いものへと変化した。次いで右手から腕へ、そして全身へと光と共に何かが体を伝っていく感覚が俺を包み込んでいく。

 じんわりと全身が熱くなるような感覚と共に、ぼんやりとしていた意識が戻り、視界がクリアになる。

 そして、まるでその光を俺に吸収されつくしたかのようにテクマタイトはその輝きを段々と失い、最後にはそれまでもずっとそうであったかのように周りの壁と同じように暗く冷たい岩盤へと姿を変えた。俺を包んでいた光も同時に消滅する。

 試しに脚に力を入れてみる。ブーツが地面を掻き、ガリッと岩の削れる音が立つ。

 今度は立ち上がるためもっと力を入れてみる。ぐっと思った以上に膝が上がることに驚くも、手を地につけゆっくりと立ち上がる。肋骨や背骨、身体のどこにも痛みは感じられなかった。

 二本の脚をしっかりと地につけ、俺は立ち上がった。

 体は元通りに治っているらしい。これもテクマタイトの効果だろうか? 

 違いと言えば、今までは意識することのなかった血液が身体中をドクドク流れ駆け巡っていく感覚。そして空間にある全てのものに対して神経が研ぎ澄ませれている気がする。今ならこの場のありとあらゆることが分かり、相手の筋肉の微細な動きにさえ反応出来るだろう。


 体が光り輝くとか、筋肉が盛り上がるとか、髪の毛が逆立つとか、そういった視覚的なものはないようだが、自分が強くなっているという確信だけは持てる。全身に力が溢れんばかりにみなぎっている。

 この力にいつまでも浸っていたいというところだが、時間を無駄にすることは出来ない。

 ......死の瞬間が訪れるまでの猶予がどれだけ残されているのかは分からないのだから。


 巨人の方に向き直る。

 見れば、巨人はティアを護ろうとするガトに向け棍棒を振っていた。為す術なく、ガトが吹き飛ばされ岩の壁にぶつかり、ぐったりと顔を垂らす。だが、分かる。ガトは死んではいない。大丈夫。


 一呼吸して俺は走り出す。

 景色が一気に後ろへと流れる。吹き飛ばされたときと変わらぬ、いや、それ以上の速度で巨人の背が近づく。途中、落とした剣を勢いはそのままに体勢を落としつつ片手で拾い上げる。剣が地を擦れ火花と共にキィンと音を立てる。まるで片手剣ではないかと疑うほどに剣が軽い。

 

 巨人の手前二mのところで軽く跳躍。足を切り付けるはずが力のせいなのか腹ほどまでの高さに達する。だが、高さなどどうでも構わない。

 すれ違いざま巨人の左わき腹を切り付ける。風を切る音と共に剣はあっさりと振りぬかれる。生暖かい液体が体にかかり、そして俺は巨人の前に着地した。


 巨人を見ればわき腹から緑色の血が地面にボタボタと零れ、苦しそうにうめき声を上げている。そしてその痛みの為か巨人は左膝をついた。


 確かな手ごたえとこいつを倒せるという確信を得ながら、俺はティアの方を向く。 


「ア、イン......?」

 ティアが驚きを隠せぬままつぶやく。

「ティア、ガトを連れてどこかに隠れてくれ!」

「でも、アイン、体......」

「いいから早く!!」

「う、うん」

 俺が言うとティアが気絶したガトの方へと駆けていく。俺と巨人は視線を交錯させる。巨人は俺を警戒しつつゆっくりと立ち上がった。その巨大な瞳からは先ほどまでの余裕そうなものがなくなり、俺のことを警戒すべき敵としてじっくりと見据えているように見えた。

 

「さぁ、こいよ」

 気が付けば俺は巨人を挑発していた。自分の口から出たその言葉に驚く。自分の優位に溺れているのかもしれない。自分の顔にニタリと笑いが零れているのに気付く。そうか、俺は今、楽しいと感じているんだ。

 先ほどまでと立場は逆転し、今度は俺がのろまで弱い動物をいたぶる番だ。

 歓喜に震える俺の中で嗜虐的思考が声高に声を上げる。



 ―――タダでは返すな。苛めに虐めぬいてやれ。そして、俺に手を出したことを死ぬまで後悔するよう、そのちっぽけな脳みそに、本能に刻み込んでやれ。強者と向き合う恐怖を。




「さぁ、時間の無駄だからさっさと来いよ」

 巨人は動かない。苛立ちがつのる。どうした、デクの坊。

「なら、こっちからいくぞ」

 しびれを切らした俺は一足飛びで巨人の足元に到達する。恐怖しているのだろうか。表情を引き攣らせたようにした巨人は手にした棍棒で地面をがりがりと擦りながら、横薙ぎに振ってくる。

 迫りくる木の壁。先ほどとは違い、俺は余裕をもって左足を軸にその場で体をクルッと九十度回す。だらりと下段に構えた剣を縦に振り上げ、天に掲げる。ザッと言う音。続けて、風。迫りくる巨木は俺に当たることなく、いとも簡単に一撃で真っ二つにされ、棍棒の先は飛んでいき乾いた音を立て岩の壁にぶつかる。

 

 再び向き直り、巨人を見上げつつ俺は剣を引きづりながらゆっくりと進む。

 戦意を削がれたのだろうか。巨人はただ呆然と、俺の歩みを見下ろしている。影のかかったその表情はまるで恐怖という深い黒一色に染まったように見えた。

 足元にたどり着く。俺は剣を軽く握り、ヒュッヒュッと適当に振り回し、力の入り加減を確認する。そして、

 きる。 切る。 斬る。 キル。 斬る。 キル。 切る。 きる。

 間断無く響くうめき声と共に、二本の脚に次々に、次々と傷が入っていく。

 縦に。

 横に。

 斜めに。

 やろうと思えば腱を切ること、いや、脚を両断することすら容易いだろう。

 だがそれはしない。深い傷は負わせない。殺しもしない。殺してしまっては楽しみが終わってしまう。だから、しない。

 シュ! シュッ! シュッ! 

 途中、剣先が折れて飛んだ。問題ない。斬り続ける。

 シュ! シュッ! シュッ!




 どれくらい斬っただろうか。全身が返り血で汚い緑色に染まりきったころ、俺は斬るのを止めた。無数に浴びせられる剣戟が止むと、巨人は仰向けに倒れこんだ。その脚には無数の大小様々な傷が入っている。

 なんとか膝をたて、巨人はじりじりと後ずさりを始める。

 まだ、脚は動くようだな。

 さて、次は腕? 胴? 顔もいいな。 どこにあるかは知らないが生殖器は止めておいてやろう。出来るか知らないが仲間だけでなく子にも孫にも、永遠に人間の、俺の強さを伝えてもらわねばならないからな。


 一歩。一歩。巨人との距離を一定に保つよう俺は歩む。ハンデ付きののんびりとした鬼ごっこはすぐにその終わりを迎える。岩の壁が巨人の行く手を阻んだ。こちらは歩みを止めない。

 

 さて、どうしようか。どこから行こうか。迷うな。

 よし、顔にしよう。目は高く売れるらしいから気を付けないと......




 気が付けば眼前に地面が迫っていた。咄嗟に手をつこうとするも感覚がない。腕はどこへいった?

 地面と顔が激突する。痛い。とも感じなかった。まるで体というものがなくなったかのように全ての感覚が失われ、意識と視覚だけがはっきりとしている。右耳を下にするように顔は左側の地面についている。岩の地面とその先のかすかな明かり、出口から差し込む光が見えた。

 


 使ったものの半数は力に憑り殺されて死ぬ。


 そんなフレーズが頭をよぎる。


 時間切れ。自分が賭けに負けたことを悟る。先ほどまで俺を駆り立てていた嗜虐心はいつの間にか完全に鳴りを潜めていた。心に平穏が訪れる。 

 そうか、俺は死ぬのか。だが、これでいいんだ。これだけ時間を稼げたんだ。ジェシカさんが来てくれる。絶対に。ティアとガトは生き残れる。それでいい。俺の役目は終わった。サイレーンのようにはいかなかったけど、でも、友達と、血は繋がらないが絆で結ばれた娘を護ることが出来た。十分だろ。

 意識が遠ざかり、目も再び霞んでいく。






 ―――ここから、去りなさい。


 唐突に声が響いた。現実のものとも俺の意識の産物とも取れない幻想的な声が頭に響く。明かりが俺の前の地面を紫色に照らしている。


 ―――この人を傷つけることは許しません。


 誰だろう。ジェシカさんとは違う。俺の知っている誰とも違う。落ち着いた、しかし威厳に溢れる女の声。


 ―――さぁ、住処へと帰りなさい。 


   

ボス戦、終了です。

短めの予定ですが、次話も今日中にあげられると良いな。

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