アインと難題
久々の投稿なのに、今回はちょっと暗いお話です。
きっかり2時間後、予告に互いなくジェシカさんは屋敷から出てきた。その様子は余裕たっぷりでゆったりとした歩幅で道を渡り、こちらに歩いてくる。
「ジェシカさん! 大丈夫だったんですか?」
思わず俺は声をかける。
「ジェシカ、いっぱつやったの?」
すっかり意味を勘違いしているティアは人様に聞かれたらまずい様なことを普通に聞いてしまった。思わず辺りを見渡すが幸いなことに俺たち以外に人は誰もいない。ティアには人前でそういうことを言っちゃだめだと教えないといけないな。
「案の定襲い掛かってきたけど、股に一発蹴りかましてやった!」
グッと親指を立て笑うジェシカさん。男の俺としては他人ごととは言えどうにも心が落ち着かない話である。
「で、泡吹いて気絶しちゃったからさ。簡単に家捜し出来たよ。密猟者との繋がりの証拠や話はダメだったけど、違法取引の証拠バッチシ見つけたから、あとは令状取ってもらって、そっちでとりあえず逮捕しとけば後は取り調べであいつに密猟の件ゲロらせておしまいだね」
今更だけどこれって違法捜査じゃないんだろうか? とか違法取引ってガトの件じゃないよなぁ とか思いつつ、踏んだり蹴ったりなジョルデスト・ハウンダー氏に対して流石に同情したくなってくる。
まぁ、自業自得と言えばそれでおしまいなんだけれど。
警察で明日には令状が出せ、強制捜査と逮捕に持っていけるだろうということを確認し終え、一気に余裕の出来た俺たちはとりあえず市場にある屋台の店を使い少し遅い昼食をとることにした。
屋台、と言っても馬車の荷台で食事を調理して売ってくれる形の店は、クレープやサンドイッチといった定番のものからグリーン地方の名物料理である、マッドカウの肉を使ったハンバーガーなど色々なものがそろっている。
食事をする人の為に広場に並べられたテーブルにはギルドから出てきたであろう男たちが「ギルドは最近マージンとりすぎだよなぁ」とか「明日の依頼、あぶねぇけど金は良いからな。うまいことやろうぜ!」とか、「薬草の数足りないとか、依頼書の記載ミスだろ、絶対」なんてことを口々に話合っている。ここってギルド会員の行きつけだったりするのだろうか? 時間帯もあるのか一般の人らしき人は一組ほどしか見受けられない。
「見て見てアイン。今日は上手に食べられたでしょ?」
ティアは今日もサンドイッチを頼んでいたが、上手に食べられたようで、嬉しそうにキャベツが少しだけこぼれてしまっているお皿を見せてくる。
「ホントだ。きれいに食べられたね」
「えへへ。ジェシカも見てー?」
「うんうん。上手上手。でも、お皿に落としちゃったキャベツもフォークでちゃんと食べようね。勿体ないでしょ?」
「はーい」
さっきまでは色仕掛けがどうとか、股に蹴り入れるとか、逮捕令状だとかやたらと物騒な話してたけど、こうして今みんなで仲良くご飯なんて食べてると、それが嘘みたいに思える。何だかまるで……
「なんかティアたち、家族みたいだね」
ティアは俺の気持ちを代弁するかのようにそう言った。
「ジェシカがお母さんで、アインがお父さんなの」
ジェシカさんは今まさに飲もうとしていたアイスティーを噴き出しそうになり噎せる。
「ちょっ、ちょっとティア!?」
ティアは真っ直ぐな目でジェシカさんの目を一心に見つめる。黒く大きい瞳から発せられる訴えにジェシカさんも思わずたじろいでいる様子だ。
「ダメ?」
「だ、ダメじゃないけど、せ、せめてお姉ちゃんとかさ……」
ジェシカさんが明らかに劣勢である。
「わーい!ジェシカママだ!」
「お姉ちゃんだってば!!」
俺の村では十九くらいまでに結婚して子を持つ人が多いとは言え、流石にまだ俺の三つ上、十八歳のジェシカさんにとって十歳位の子供にママと言われるのは抵抗感があるらしい。
その反応を面白く感じているのか、ティアはママ、ママ、と否定を繰り返すジェシカさんに対して同じやり取りを繰り返していた。そして、それに飽きた頃に俺に対して、「アインはパパでいいよね?」とご機嫌な様子で聞いてきた。
勿論いいよ、と言おうとした俺は大事なことに気が付いて言葉に詰まる。
このままうまくいけば、明日にはジェシカさんのここでの仕事が終わる。そうなればジェシカさんとティアは明後日には帝都へと旅立つことになる。そして、臨時雇用の仕事の終わった俺は……
ジェシカさんを見ると俺の考えに気づいたのか、少し暗い表情で俺を見つめ、そして小さく首を振った。
昨日、ジョルデストのことについて話した後、俺はジェシカさんに雇用関係なしで無給だったとしても帝都に一緒についていくことは出来ないかと聞いてみた。ティアを森から連れ出したのは俺だからせめて、孤児院に引き取られていくところまでは一緒にいてあげたいという義務感のようなものと、帝都で正式にこの仕事につくことが出来れば、これからもジェシカさんと一緒に働けるかもしれないし、ティアにも会えるだろうという淡い期待感。
俺の中のこの二つの気持ちが俺の口を動かし、気が付けば、俺はそれを聞いていた。
「やっぱりそれ、言い出しちゃうか」
ジェシカさんは俺がそう言い出すのを予測していた様子だった。
「アイン君、通常の国家公務員試験って普通に生きてきた人が簡単に受かれる様なものじゃないんだよ。大体2,3年浪人する人がほとんど。それもそういう学校に行ってて。それに、仮に受かったとしても私の課に配属になる可能性はかなり低いと思う。あと兵隊って手もあるけど新規募集は来年だから、半年近くは待つことになる」
「でも、生活するくらいは!」
「ゴールド地方は街しかないから家賃はまぁともかく、物価は高いよ。ほとんどのものは他地方から引っ張ってきてるから。ギルドに集まる仕事も他地方への遠征がほとんど。他の仕事を選んで生活するっていうのもあるけどそれでいいの? あと、あたしは外の仕事が多いし、ティアは孤児院での生活が始まる。ティアは可愛いし、良い子だからすぐに貰われていくかもしれないね。そうなったらアイン君が帝都にいる意味ってどこにあるの?」
ジェシカさんは痛いところを次々と突いてくる。しかし、言い返せる言葉が見つからない。
「現実的に今、アイン君はお金も実力もないんだし、お金の方は現状は経費と足りない分は私のポケットマネーで埋めてるけど、雇用関係が終わっちゃったらあたしもその先まではフォロー出来るほどお金ないよ」
ここまで言うとジェシカさんは何かに迷っているような様子で言葉を止めた。俺もなにか良い方法はないかと必死に頭を巡らせてしまっているので、二人の間に自然と沈黙が訪れた。沈黙のせいでティアの寝息の音が前よりも大きく聞こえた。
「アイン君」
五分ほど経った時、ジェシカさんは沈黙を破った。
「アイン君が特に気にしてるのはティアのことだよね? そっちならさ、ティアを引き取るっていう手もあるよ。アイン君が正式にティアのパパになるっていう方法が」
今、俺の目の前に昨日ジェシカさんから言われた、俺も一度だけ考えたが直ぐに否定してしまった、その解決策がティアから俺に投げかけられている。
昨日ティアは確かに寝ていたはずなので、今の問いかけはとても軽い、会話の中の遊びみたいなものだろう。だけど、ティアにこれから先のこともろくに話していない俺にとって、そんな遊びの中でさえ、パパだよと言うことは難しいことだった。
「ダメなの?アイン」
気が付けばティアはさっきまでの楽しそうな様子から一転して、まるで悪いことをしてしまい相手の様子を伺っているというような落ち込んだ顔をしていた。
何か、早く答えないと。
しかし、その気持ちだけが頭を駆け巡り、一向に言うべき言葉は見つからない。
今の俺はまだ安定して金を稼ぐ術は持ち合わせていない。ティアのことを引き取るとかいう以前に、俺自身も満足に戦士として生きていけるか分からないのが現状だ。そんな立場の俺に、人の親なんて務まるのか? ティアを幸せに、さっきまでと同じような笑顔を守っていくことが出来るのか?
「アイン君もしかして、具合悪いんじゃない? あっちにトイレあるから行っておいでよ」
ジェシカさんはそう言って俺に目配せをした。
「え? アインどこか痛いの?! 大丈夫?」
ティアはそれを素直に信じて俺のことを心配してくれる。なんだか余計に悪いことをしている気がして、本当に胃の辺りがシクシクとして、吐き気のようなものが胸を支配してきた。
「すみません、ちょっと行ってきます」
そういうと、俺は二人を残したまま足早にトイレの方へと逃げ出した。
俺は一体明日から先、どうするのが正しいのだろう?




