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ジェシカと色

「ジョルデスト・ハウンダーねぇ。そいつがそのマジックカノンの購入者か。雷魔法は確かに強烈だからなぁ」

 どことなく苦虫を噛み潰したような顔をするジェシカさん。

 俺とジェシカさんは宿に帰るなりベッドで眠ってしまったティアを起こさぬよう、抑え目の声で話をしている。

「はい。たまたまヴェルデ峡谷で聞き込みをしてたら噂が流れてて。ただ情報の裏は取ってきてあるので間違いないです」

 ガトに言われた通りに俺は情報源についてはぼかしてジェシカさんに伝える。

「噂、ねぇ。......まぁ、いいか。あたしも臭いとは思ってたしね、そいつ」

 そう言うとジェシカさんはテーブルに一枚の書類を置く。そこにはジョルデスト・ハウンダーという人物についての情報が記載されていた。

 

 ジョルデスト・ハウンダー。年齢29歳。親の死により僅か19歳にして広大な農地と、そこで取れたものを提供する4つ星レストラン、グリーンズストマックのオーナー権を相続した人物。

 その権利だけで相当な金が入っているらしく、月に一度はパーティーを開くわ、街で見かけた美人を口説いて家に連れ込むわ、ちょいちょい家を空けては地方に旅行に行くわと贅沢三昧。

 趣味は乗馬と狩猟と銃の収集、そして女遊び。詳細な量は不明だが、いずれは博物館でも開くよと周りには言っているレベルのコレクション量があるらしい。


 物語の中に出てくるような典型的なボンボン野郎だなこれは。


「名目上はコレクション品ということで購入したようですが、この人の屋敷ホントにすごいらしいですよ」

 ガトに聞いた話だと屋敷には方々の動物やモンスターの剥製やらそれを使った装飾品があちこちに飾られていたそうだ。勿論、ほとんどのものは合法的に入手できるものが多かったようだけれども。見えないところに隠している可能性は高い。

「本人も狩りが嫌いじゃないってのはこっちとしても助かるわね。尻尾を出してくれる可能性が高いもの。あんましこいつ頭良くなさそうだし」

 ジェシカさんいわく、大抵そういう危ない橋を渡ろうとする人間は自分に疑いの目が向かないよう色々な手を尽くして自分の身を守ろうとするものだが、この男の場合は穴が多そうな気がするとのことだ。

部屋のソファに深く腰かけたジェシカさん少しだけ笑っているように見える。

「とりあえず相手が色狂いってことは……」



シャッ!


「色仕掛けしかないわね!」


よくいる清楚な村娘といった雰囲気のワンピースを身につけたジェシカさんが、ビリジアタウンデパート三階、レディースフロアの試着室から仕切りのカーテンを勢いよく開け、姿を現した。


「色仕掛けって……」

 朝、とにかくついてくるようにとだけ言われて、その後何も言わずにすたすた歩いていくと思ったら……

「ジェシカかわいいー」

 ティアは目をキラキラさせながらジェシカさんを羨望の眼差しで見つめている。確かに可愛いけどさ。

「色仕掛けなんてどうするんです?」

 目の前に立つジェシカさんは普段とは違い、清楚な村娘と言った感じの柔和な雰囲気を身にまとっている。

「アイン君、スパイものとか見たことないの?あの手のタイプは一発ヤらしてやるっていう雰囲気さえ作れば簡単に家の中に入れてくれんのよ」

「一発、ヤらすって……」

 子供の前でなに言い出すんだこの人は!

 そう思いつつも、俺もついダメだと思いつつも、頭の中でジェシカさんのあられもない姿を想像してしまう。

「……何想像してるのかなぁ?アイン君?」

 ジェシカさんに考えを見透かされてしまったことに動揺した俺は、何も言えずに首をふるふると振る。もしかして顔、赤くなってんだろうか?

「大丈夫大丈夫。あたしはそんなに安い女じゃないですよぉ?次があるように思わせて、体よくなにもさせずに出てくるから」

 手をひらひらとさせながらそのままお会計へと向かうジェシカさん。そのスカートの裾を掴みつつティアはジェシカさんを見上げる。

「ねぇいっぱつやらすって何を?」

 ティア、それ聞いちゃうの!?

「えっと……、トランプ、とか?」

「トランプ?トランプってなに?」

「お会計1000ディムになりますー」

「あ、はい。あれ、財布は……」

「ねーとらんぷってなぁに?」

「ティア、ちょっとまってて?あれ?財布ホントどこ?!あ、アイン君そっちのポケットにない?」

「ちょっと待っててください......これですかね?」 

「じぇしかー、とらんぷってなぁに?」

 結局、それからもハウンダー邸前に着くまでの間ずっとティアのなぜなにに答える羽目になったジェシカさんだった。




 コの字型で左右対称の二階建ての大きな煉瓦造りの屋敷。それがハウンダー邸だった。

 屋敷は鉄柵の塀で囲まれているが、塀から屋敷までは3m程しかなく、屋敷は通りにかなり近いところに建っている。

 正面からは見えないが地図によれば裏にはかなりの面積の庭が広がり、離れが一軒建っているらしい。

 そして今、門のところには手入れの行き届いた馬とそれにまたがるパーマを当てた黒髪のイケメン、その横に執事らしき鍛えられた肉体を持つ初老の男性が立っている。

 俺たちはその様子を向かい側の細道からこっそり覗きつつ、聞き耳を立てている。

「トロス、今回は最悪だった。女は引っ掛からないわ、(ブツ)は手に入らないわ。全く、無駄足とはこの事だな。長居をしても仕方ないから、俺だけ一足先に馬で帰ってきた」

 馬から降りつつトロスと呼ばれたその執事らしき男性に不満をたらすイケメン、あれがジョルデストで間違いないだろう。

「それは大変でございましたな。しかし、良いニュースがありますよ。......例の物が届きました」

 例の物とは恐らくマジックカノンのことだろう。

「随分早かったなっ! まぁ早く着く分には嬉しいが」

 ニヤリと笑うイケメン。遠目だからはっきりとは分からないがこの顔、何故か見覚えがある気がする。

「では私は馬を厩舎に戻してきます。例の物は書斎に置いてありますから早速出してみてはいかがでしょう?」

 そういうと執事は手綱を引き、馬とともに裏の庭の方へと消えていった。

 それを見届けたジェシカさんは髪を手櫛で整える。

「じゃあ行ってくるね。二時間くらいで戻るから、ティアと好きに時間潰しててね」

 そして、ジェシカさんはゆったりとした歩調でジョルデストの方へと歩きだした。



 一体ジェシカさんはどうやって声をかけさせるつもりだろう? 気がつけばもうジェシカさんはジョルデストのすぐ前まで来ている。

 ジョルデストは通り過ぎようとしていた淑やかな街娘を演じているジェシカさんを見るなり、

「彼女ー!俺と一緒にこれからお茶しない?」

 うわっ、チョロい。チャラいにもほどがあるな……ってあれ? この声の感じって……

「屋敷には丁度ブラウン地方の菓子も……あれ。お前もしかして、カスタード村ので俺を振った!?」

 驚きの声を上げるジョルデスト。

 思い出した! あの顔と声はカスタード村で声かけてきたナンパ野郎だ! こんな偶然があるのだろうか?

 でも、この展開は不味い。この間は俺のことを婚約者って言って嘘ついて追い払ったばかりだし、大体普通の人はこんなに早く山越えしてここまで来られない。女性なら尚更だ。ジェシカさんはどうする気なんだろう。


「あなたは……この間の……うぅっ」

ジェシカさんはそういうと何故かうつむき加減に顔を伏せた。

「あれ?え?ど、どうかしたのか??」

ジョルデストもそんなジェシカさんに慌てて気遣いの声をかける。

「あの後……婚約者に逃げられましたの……やっぱもっと歳の近い若い娘がいいって......(わたくし)、どうしていいのか分からなくって……気がついたらこの街まで流れてきていましたわ」

え? そんな設定!? 俺悪者じゃないですか! っていうか、それで馬で一気に山越えしてきた男を追い抜いてることの説明は放棄するの?

「可愛そうに。こんな美人を無下に扱うなんて。子供は所詮子供と言うことか。さぁ、お茶でも飲んで気持ちを落ち着けましょう。溜め込んだ鬱憤は全て吐き出してください。私が受け止めますよ。」

 幸い、山越えの早さについては疑問を抱かず、ジョルデストはジェシカさんを屋敷に招き入れようとしている。もう奴の頭の中はジェシカさんを如何にして家に引き込むかしか考えてないのだろう。

「まぁ、一度は貴方に対し失礼な断り方をした私なんかに優しくしてくれるんですか? なんてお心の広い御方なんでしょう」

 ジェシカさんは悲劇のヒロインが白馬の王子様を見つめるかのような熱っぽい視線をジョルデストに向け、そのまま身を寄せる。芝居がかり過ぎてないではないだろうか。


「女性に優しくするのは男として当然です。ささ、どうぞ、こちらへ」

 にこりと笑うジョルデスト。あんたもあんたで少しは色々疑問に思わないで良いのか?


 いい加減俺が突っ込み疲れていると、二人は屋敷の中へと消えていった。


 ジョルデスト・ハウンダー。想像以上に軽い男である。

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