森の中の少女
なんか忙しくて更新出来ずでした。すみません。
今回との対比にするために前回のタイトルを変更しました。
「最近はわざわざここじゃなくってよぅ、他のエリアに流れる奴の方が多いわなぁ。この辺は絶滅危惧なんとかだのなんだのでケチのついちまったしよぅ。あれ、出会ったら殺さないで逃げねぇといけねぇんだろ?隣のゼムさんがよ、こねぇだ薬草取るのに邪魔だったからいつも通りにあの芋虫殺そうと思ったらよ、わけぇのに止められたとか言ってたわ。めんどくさいわなぁほんと。わしの若けぇころはよ、モンスターなんかはよぉばっさばっさと殺しまくれたもんじゃに。ま、元々なんの価値もねぇモンスターだかんよぉ。かまやしないんだがな」
「あー。もう大丈夫です。ありがとうございました」
この森で13人目に会った老狩人と話を終え、森を出るため道の方に向けて歩き出す。
「はぁ、さっきのおじいさん、話長すぎるよなぁ。まぁでも、とりあえずこれで一通りは回れたかな」
歩きながら地図を見つつ大体のこの辺にいるだろうって位置を確認をする。今日出会った人に聞いたことで分かったことは、まず間違いなくこの森の方には密猟者はこないだろうということだ。
グリーンフォレストポイズンワームは大きさ1mほどのでかい芋虫だった。
さっきたまたま出くわして変な声をあげて尻餅をついてしまったが、こちらが攻撃を仕掛けない限りは人間に敵意を向けないという情報通り、俺のことなど気にせずのんびりと木に貼りつき、ただただ木の葉を齧っていた。
ギルドの情報によると外敵に攻撃される等の身の危険を感じたときにのみ、全身から毒液を霧状にして吹くらしいが、人間が浴びても激痛は走るものの、命に関わるような毒ではないそうだ。
はっきり言ってゼリーとどっこいどっこいのレベルの雑魚モンスターである。そして、狩猟禁止になる前からずっとただの虫として扱われてきたので、わざわざ狩ったところで一切価値がない。というのが今まで聞いた地元の猟師達全員の意見だった。
他にめぼしいモンスターもいないし、ここにはまず間違いなく密猟にはこないだろう。
そんなことを考えながら15分ほど歩いていたが、なにか様子が変だ。
近くの道までってこんなに歩く必要あっただろうか?
猟師のような狩りを専門とする人の場合、モンスター以外の動物も狩るので森の奥深くに入ることも多い。だがモンスター狩りを専門とする俺のような戦士の場合、わざわざ深いところには入らず、道が見える程度のところで狩りをすることがほとんどだ。なぜならモンスターはほっておいてもこちらに襲いかかってくるものが大半なのだから。
というわけで、俺も遭難時の知識は持ってないんだけど……完全に迷ったよなぁ、これ。
よそ見して歩いたのがよくなかった。あと、地元猟師に会うために少し深く入りすぎてた……
色々と原因が頭に浮かぶが迷ってしまってから考えてもしょうがない。さて、どうしよう。あまり傾斜のない場所のせいかどちらに進めば街の方に降りられるのかも分からない。猟師の人を見つけて助けてもらうしかないよな。
俺は人の気配を逃さぬよう、注意しつつ歩くことにした。
「で、未だに誰にも会わないんですけど。どうなってるの?」
かれこれ2時間ほど歩いているのに人の気配は全然ないし、道も森の外も見えてこない。そろそろ本格的にやばいかもしれないと考えていたとき、
「お兄ちゃんだあれ?」
「ぐぉばぁ!?」
本日二度目の横から突然声が! 案件が発生。俺は再び盛大に尻餅をついた。この森では人の横に気配もなく移動して声をかけるのが流行っているのだろうか。
「お兄ちゃん、だぁれ?」
今回は俺の腰位の高さの位置で横に伸びた木の枝の上に、初等学校の低学年くらいの大きさの女の子が腰かけている。こんなところになんで子供?
「え、っと。君は? あれ? 親御さんは??」
「いない。で、お兄ちゃん、だれなの?」
名前を聞かないと気が済まないのか。質問を繰り返すので答えることにする。
「お兄ちゃんはさ、アインっていうんだ。君の名前は?」
「あたし?あたしはり・・・ティア。」
「リティア?」
「違う。ティア」
そういって少女は枝から降りると尻餅をついたままの俺に対して手を伸ばしてくる。
「こんにちわ、アイン」
「こんにちは、ティア」
俺は小さな手を握り握手をした。
見ればティアと名乗る少女はどれくらい着こんだのかすら想像つかないほどボロボロの黒いドレスを着ていた。かつてはふんだんに使用されていたであろう薄紫のフリルもその多くがやぶれ落ち、ところどころに残されているものがその名残を残すのみといった様子だが、元々は明らかに高級そうなドレスである。
この子、ひょっとして没落貴族の孤児なんだろうか? とりあえずこういう場合保護するべきだよな?
「ティアの親御さん、ホントにいないの?」
「ずーっと前に死んじゃった。代わりに世話してくれてた爺もこの間、死んじゃった。だから今はティア一人だけ」
そういうとティアは俯いた。耳の真上で無造作に結ばれた、黒に限りなく近いほど暗い紫の長く伸びた髪が地面についてしまう。これもかなり長い間切っていないらしい。一体、この子はどれくらい一人でこの森で暮らしたのだろう。
「そっか。ティア、もしよかったらお兄ちゃんと街へ行こうか。ここはモンスターも出るし、それにティア一人で生きてくのは大変だよ」
「でも、爺は出るなって。外は危ないから出ちゃダメだってずっと言ってたよ」
没落した貴族っていうのはそんなに恐ろしい目にあわされるものなのだろうか? もしかして没落ではなくなにがしかの罪を犯したのだろうか? でも、そんなことはこの子がこんな生活をしなくてはいけない理由にはならないはずだと俺は思う。
「ティア。もう外に出ても大丈夫だよ。例え、ティアを傷つけようとする人が来たとしても、俺が守ってあげるから」
「本当?」
「あぁ、本当さ。それにお兄ちゃんの友達にはすっごい強い人もいるんだよ」
「あたし、ここから出てもいいの?」
「勿論。だから、俺と一緒に森から出よう」
「......うん」
ティアはそういうと顔を上げて子供らしい無邪気な顔でにっこりと笑った。
そこからティアの家までは5分ほどでたどり着けた。
鬱蒼とする木々の間に無理やり作ったような小屋が建っている。雨風を凌げればいいという考えで作られたのか、それとも作った人間にそう言った知識がなかったのか、切り倒した木をそのままなんとか積み重ねて作ったという風情の心もとない建物、それが彼女の家だった。
こんなところに子供が一人で住んでいるというのは世の中というのはあまりに酷ではないのか。それとも俺が知らないだけでこういう子どもはいっぱいいるのか。
「お待たせ、アイン」
ティアはその体に不釣り合いな程大きなリュックサックを背負って家から出てきた。こちらも古いものなのかひどくボロボロで、荷物が少ないせいで形を崩すほど凹んでいる。
「荷物はそれだけでいいのかい?」
「ティア、物はほとんど持ってないから」
そういうとティアは家の隣に盛られた土に「行ってくるね、爺。」とだけ言うと、自分の家をしばしの間見つめた。
そして振り返ると、俺を見上げて「行こう、アイン」と言うと、しっかりとした足取りで振り返ることなく、外の世界へと続く旅路の第一歩を踏み出した。
ティアは森の出口を知っていたらしく、それから先はすぐだった。すっかり夕焼け色になった太陽の光が木々の幹間から覗き始める。
この森から出るという初めての体験に興奮したのだろうか。それまで横を歩いていたティアは段々と歩調を早め、ついには駆けだした。
・・・だが、すぐに転んだ。
何かに躓いたのだろうか。勢いがついていたこともあり、派手なヘッドスライディングですっころぶティア。
「おいおい、ティア、だいじょう...」
言いかけた俺も駆けだす。ティアが躓いたなにか。それは虫嫌いが見たら泡を吹いて倒れそうな緑の巨大な芋虫、グリーンフォレストポイズンワームだった。
プルプルと震えだしたお化け芋虫からティアを守るため、立ち上がろうとしていたティアを覆いかぶせるように屈みこんで抱きしめる。それと同時に、首筋に激痛が走った。
「ぐっ・・・があっ」
毒を受けてしまったであろう鎧で覆われていない首筋に、まるで火で直接体を焼かれているような痛みが走り、俺は思わず声をあげる。気が付けば俺はその痛みから逃げるように、反射的に森の出口に向けて走り出していた。だが、決して痛みは引くこともなく、肌を焼くような感触は消えることなく付いてくる。
そして、一気に森を抜け、後ろの様子を確かめる。俺たちを追うものはなく、森は静かにただそこにあった。
それを見て安心した俺は、気が緩んだのか足をよろめかせて倒れてしまった。ティアを抱きかかえたまま草の上を転がる。景色が三転ほどした後、俺は仰向けで倒れこんだ。だが、毒を受けた首筋が草に触れた痛みですぐに体を転がす。痛みは止む様子もなく、むしろ強まっているような気さえもする。
「アイン!大丈夫!?」
俺の腕の中からティアの必死な声が聞こえてくる。どうやらティアは毒液を受けずに済んだらしい。
「俺は、大丈夫だよ?ティアは?けがは、しなかった」
ティアを安心させるよう、痛みをこらえてなるべく静かな声で彼女に返事を返す。
「ティアは大丈夫。アインが、守ってくれたから。ごめんなさい、アイン」
そういうとティアは俺の腕の中から抜け出し、リュックをおろし茶色い何かを取り出すと俺の頭の横に座り、それを俺の首筋にそっと当てた。
「ぐぅっっ」
「薬草。2時間くらいこれを当てておけば大丈夫」
俺の首筋に手を当てたまま、ティアは周りを見渡し、眼下に広がるビリジアの街の方に視線を向ける。
「ねぇアイン。本当にティア、あそこに行ってもいいのかな」
ずっと森で生活してきたであろう少女にとって街は、他の人間が大勢住む場所は、まさに異世界なんだろうか。それに対する不安の色が、その顔に広がり始めているように見えた。
「言っただろ?俺が守るって。こんな感じになってるだけど、さっきもちゃんと守れただろ?安心していいんだよ、ティア」
「そうだね、大丈夫だよね」
街の方を見つめ続けたまま、自分に言い聞かせるようにティアはつぶやいた。
「それでー。アイン君はこの子と戻ってきたわけだー?」
ドアの向こう、バスルームからシャワーの音と共にジェシカさんの声が響く。
段々と痛みの引き始めた首筋を薬草で押さえつつ、ソファに座った俺はそれに答えた。
「ほっとけないじゃないですかー。人として!」
今、ティアはジェシカさんと一緒にシャワーを浴びている。20分ほど前、戻ってきた俺たちを見たジェシカさんは怪訝そうな顔を作った後、「アイン君ついてきて」と言うなり、ティアの手を引いて自室のシャワー室へと入っていった。
「よぉしきれいになったぞ。今からじゃもう無理だからー明日にでもさー役所ーいこうかー」
ジェシカさんがそういうとシャワーの音が止まる。
俺が守るとかなんだとか言っといて気は引けるのだが、やはりこういう場合、役所に聞いてみるのが一番だろう。きっとティアにとって良い方法を教えてくれるに違いない。
「ねぇアイン、見て見て。きれいになったよ!」
気が付くと目の前にティアの顔があった。汚れていた髪はすっかり綺麗になり、まだ少し濡れていることもあってか艶々とランプの光を浴びて輝いている。
「ティア、髪長いんだからさ、そうやってるときれいにしたばかりの髪が床について・・・」
ティアの髪の先を見ようとした俺は大変なことに気が付く。目の前の少女はシャワーを浴びる前まで来ていたドレスを脱ぎ去り、今はそのみずみずしい肌が・・・って裸かよ!
「ティアちゃん!体もちゃんと拭けてないし、裸ででちゃ・・・」
見ればそれを追ってジェシカさんもバスタオル一枚の姿でドアから出てきていた。
「じぇ、じぇしかさん・・・?」
嫌な予感がする。
「っ!!」
瞬間、俺の視界を何かが覆い尽くす。同時に、首の痛みを忘れるほどの新たな痛みが俺の顔面を襲った。
あぁ、このパターン久しぶりだよな。
そう思いつつ、俺の意識は闇に落ちていった。