森の中の中年
シャワーと朝食を終え、再び鎧を着こんだ俺は予定通りにまず狩場の情報を収集をするため、一人でギルドへと向かうことにした。
ギルドは一般の戦士や魔法使いたちに狩猟や護衛、モンスターや悪人の討伐、希少アイテムの採集等の仕事を斡旋するための民営組織だ。
近年ではモンスターの減少や警察組織の成熟などにより仕事が減ってきている上、依頼主が仲介料を嫌ってギルドを通さない依頼も多く、またそもそもフリーの戦士や魔法使いの数自体が減ってきたということもあり、廃止になる支部も多いらしい。社会での存在感は薄れつつあるが、今でもギルドに行けば一応は仕事が見つかると言われるくらいに戦士や魔法使いに頼りにされている組織である。
ここのギルド支部は二階建ての丸太小屋のような風貌の建物だった。商業専用エリアの建物は石造りのもので統一されているため、そのせいで他の建物に比べれば小さいながらも木造の建物は目立っていて、遠くからでも非常に分かりやすい。俺は広場を横切りつつその建物へとまっすぐ向かう。
両開きの硝子扉を開け、中に入る。各種業務を行うフロアは8m四方の程の客用の部分に横2列、縦4列でベンチが並べられている。奥に受付カウンターが3つとその後ろには職員の机が並べられている。
中にいるほとんどの人は入口から左手の壁際に集まっており、そこには壁一面にコルクボードが敷き詰められて、針で留められた依頼の書かれた紙がところ狭しと並んでいる。
「こんな依頼出来る奴いんのかよ」
「今日はこの薬草集めの依頼をこなしつつ、モンスター狩りでもしようかね」
「おい、そこのお前! その依頼は俺が先に受領しようと思ってたんだぞ!?」
「うるさいわね、早い者勝ちでしょ?」
みんなそれぞれにいろいろ言いながら依頼を探している。
まぁ、俺はギルドの会員ではないし、今日はそれが目的ではない。
俺はその反対側の壁に貼られた大きな地図と、その横の情報板を交互に見て、出現するモンスター達の情報を確認し、メモを取ろうとする。
絵心のない俺が地図を描くのに苦戦していると、
「よろしければこちらのマップをお使いください」
胸に案内係とかかれたプレートを付けた中年の女性が壁に貼られているものと同じ地図の描かれた紙を渡してくれた。裏を見れば各エリアに出るモンスターの情報も書かれている。
「すみません。俺、ギルド会員じゃないんですけれども」
「こちらのマップはサービスでお配りしてますので、会員でない方でも大丈夫ですよ。私たちの仕事は国民の皆さんの職と旅の安全を守る手助けをすることですから」
にこやかにそう言う案内係の女性。
「そうなんですか、なるほど。ところでこの辺の絶滅危惧モンスターって知ってます?なんかそういうのを狩っちゃいけないとかいう制度が出来たとかって聞いて確認したくて来たんですけど」
「はい。最近確認にいらっしゃる方、多いんですよ。そちらのマップの裏をご覧いただければ今月初め時点でのこの近辺での狩猟が禁止されているモンスターの一覧がございます」
「なるほど」
裏面には各エリアごとに出現するモンスターの特徴と、ギルドが独自に指定している様子の危険度という星がモンスターごとに並んでいる。そして5匹ほどのモンスターの説明部分が太枠で囲われていて注意を促していた。
「現状、規制対象モンスターはまだまだ増えることが予想されていますので、今後もこまめに情報の確認をされることをお勧めしておきます。場合によっては立ち入り禁止になる場所もありますから。それと、ギルドのない村でしたら、警察か役場に行っていただければ情報は手に入りますよ」
「大変よくわかりました。ありがとうございます」
そう伝えてもう一枚マップをいただいて帰ろうとすると、
「よろしければこちらもお持ちください。ギルドに加入していただくとお仕事の斡旋もさせていただけますので」
彼女はそう言ってギルド入会申込書在中と書かれた封筒を渡してきた。封筒の下部分には『今なら入会の方に光魔法石をもれなくプレゼント! さらに、お友達ご紹介でお一人につき現金1000ディムをプレゼント!!』などと書かれている。
「えっと、考えておきます」
俺は地図二枚と封筒を貰い、ギルドを出た。
ジェシカさんと別れたら次はギルドに入会してもいいかもしれないなぁ。などと考えながら、ついつい買ってしまった搾り立てのオレンジジュースの入った使い捨てのコップを片手に広場の隅に設置された腰掛に腰を下ろし、地図を広げた。
このグリーン地方の絶滅危惧種は全部で7種。
その内、ここから近いところに生息しているのは僅か3種。そのうち2種類、マジカルゴブリンとロックゴーレムは街から少し離れた、かつて鉱山として栄えたヴェルデ峡谷に。もう一種類のグリーンフォレストポイズンワームは、ここに来るときに通った森にいるということだ。
「追加されそうってやつもヴェルデ峡谷か。ってこいつは......」
今後追加が予想されるというのはグリーン地方特有のモンスター、モノアイタイタン。こいつは俺でも知っている。
その名の通り一つ目の巨人なのだが、その目の角膜はレンズとして、手に持つ棍棒は材木として、肉もまたかなり美味なようで食材としてどれも高値で取引されている。剥製にして屋敷に飾る、なんて悪趣味な金持ちもいるんだとか。
取引価格が非常に高く、理由は生息数が少ないことだそうだが、何よりもその値を吊り上げているのはその強さにある。元々のタイタンという種族自体が強いモンスターの部類になるのだが、モノアイタイタンはそれに輪をかけて強い。その強さは国中の選び抜かれた精鋭が集まるという王族守護隊1小隊ですら倒せるかどうかと言ったレベルらしい。
「とりあえず一人でさっと見回ることの出来そうなのは森の方かな・・・」
どちらのスポットも完全狩猟禁止には指定されていない様子だが、ヴェルデ峡谷は採掘されていた魔法石が枯渇し廃坑になって以来、モンスターの巣窟となっている場所だし、何より広い。時間がかかりそうだ。
「ま、俺の方は保険みたいなもんだってジェシカさんも言ってたし。修行だと思って頑張ることにしよう」
一人で広大な範囲を見回って犯人を見つけるってのはジェシカさんも当然期待はしていないようだった。
見回り自体は現地警察に見回り強化依頼をジェシカさんが出しに行っているので、俺の仕事は見回りもそうだがあくまでも各スポットの下見と、そこで出会った現地のハンター達からの情報収集だ。
俺はコップに残っていたオレンジジュースを飲み干すと、コップをゴミ箱に捨て街の外へと向けて歩き出した。
昨日ガト達と通ってきたマラカイト山脈の尾根の一部にある森。そこを今日は道から外れて一人で歩く。
昨日は何故かモンスターに会わなかったものの、ここには強いものはいないがモンスターがそこそこの数生息していると地図には書いてあった。
辺りを警戒しながら進んでいると草むらから黄色い物体が俺をめがけ飛んできた。相手はゼリーだったので飛びかかってきたそいつに対し俺はあえて刃の部分を使わず、剣の樋の部分で殴りつけて追っ払う。ピーッ!というような悲鳴のような鳴き声を上げて、ゼリーは去っていく。
そういえばモンスターと戦うのも久しぶりだな。俺でもこいつらくらいの雑魚モンスターの相手なら苦労しないのにな。
そんなことを考えつつ、出逢った人に話を聞きつつ、森を歩き十数匹目かのモンスターを撃ち飛ばしたとき、いきなり横から声をかけられた。
「少年。殺さずとは珍しい」
「ごぅあぁ??」
俺は突然のことに思わずバランスを崩し、尻餅をつく。いつから横にいたんだろう。全く気付かなかった。
「が、見たところ思想に腕が追いついてないようだ。下手なことしないで普通に戦った方が身のためだ。いざ強い相手が出たとき、死ぬぞ。私の知人の奴にも似たようなことをするのがいるが、あれは強い」
初対面なのに、随分と失礼な人だ。格好も変だし。
俺に対して声をかけてきた熊みたいにでかい小さな丸い眼鏡をかけた大男は薄茶色のツータックのズボンに、筋肉の形が浮き出るほどピッタリした黒いシャツ、その上にはドロドロに汚れた白衣。そして背中全体を覆い尽くすほど大きな金属で出来ているであろう黄色い箱を背負っていた。なんだかチグハグな服装である。あと、臭い。
「あなたこそそんなふざけた格好で、武器もなしにこんなところにいていいんですか?」
つい棘のある言い方をしてしまった。
「ホントは早く家に帰りたい。だが、この仕事を終えないと帰れない」
中年くらいの年齢に見えるその男は俺の言い方に対し全然意にも解してないと言った様子だ。
「それに、武器は無くはない」
そういうと彼は拳を出してきた。
・・・
「いや、だから。ほれ」
もう片方も突き出す。今度は勢いがついていたためか空を切る音がする。
「素手。ですか?」
「人間が生まれつき持った武器だ。一番信頼に足る」
そういうと踵を返して去っていこうとする。
「とにかく実力にあった戦い方をすることだ。ただ、緑のでかい芋虫は殺すな。あまり殺すと、狩猟してると勘違いされて捕まるぞ」
男はそう言い残すと再び森の奥へと消えていった。
実力にあった戦い方、か……俺ってそんなに弱いのかなぁ