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マラカイト山脈に描く軌跡

 成り行きで大所帯になってしまった俺達、ジェシカさん御一行(仮)。

 その構成はまず先頭でスーツケースを背負った不機嫌そうにハイペースで歩くジェシカさん。それに続いて俺とガト。

 その少し後ろに荷物を運ぶ4人。彼らは二列になって歩いている。後から分かったことだが全員が獣人(けものびと)で臨時で雇ったわけではなく、元からのガトの仲間ということだ。

 一応最初に石の有効範囲の説明をしたので全員がジェシカさんの半径7m圏内に入るよう気を付けて歩いている。

 


 日が登り、俺達は松明を消すため一度立ち止まった。

 朝焼けの光が射す方に目を向けると、かなり登って来たことを示すように眼下には既に建物の区別がつき辛いほどに小さくなったカスタード村があり、遠くの山を見れば、その向こうから太陽が発する光が目に飛び込んでくる。


 少し疲れが出てはいるものの実に清々しい。

 山登りの醍醐味ってのはこういうものだよなぁと感じながら松明をしまうと、ジェシカさんが「行くよ。」と短く一声かけてきて再び俺達は歩き始める。


「山登りはええもんですなぁ、アインはん」

 手ぶらとは言え、俺よりも小柄なくせにまだまだ余裕のありそうに肩甲骨くらいまである銀髪をなびかせ歩きながら言うガト。

「荷物がなければそうだね」

 出発してからジェシカさんは事務的なこと以外は一切口にせず、黙々と歩いていた。そのため、俺とガトは自然と話をすることになったわけだが、話してみればガトは俺と同い年だということが分かり、年が同じこともあって会話も弾んでほんのわずかな間に俺たちはずいぶんと仲良くなった。


「荷物なら後ろのやつに持って貰えばええよ。それくらいなら持てるやろうし」

「有り難いけど、ジェシカさんに怒られるからさ。気持ちだけ受け取っとくよ」

「途中でバテんでくださいね。それにしてもあん人怖い人ですなぁ。美人さんなのにあんな怖い顔してたらもったないで、ほんま」

「ほんとはいい人なんだけどね。ごめん」

 ガトと打ち解け始めた俺は彼に対する不信感も和らいできているのだが、ジェシカさんは依然として警戒心を緩めていない様子だ。


 旅慣れしている彼女からすればこの程度で油断はしないということなのだろうか。

 俺もうまく距離感を保つようにしないといけないのかもしれない。


「まぁ、確かにわてら、獣人に対する差別意識はまだまだ強いですよって。仕方ないんかもしれませんがなぁ」

「獣人は人にあらず? あんなの魔王討伐前のお話だろう?」

 獣人はモンスターが現れる以前から存在していて、かつてはモンスターと言えば獣人を指す言葉だったらしいと聞いたことがある。

「でもやっぱりまだまだ多いんですよ、差別。ま、わては慣れっこですし、エルフ達に比べらマシですから、気にしませんがね」

 そういうとガトは本当に何も気にしていないと言った様子でけらけらと笑った。

 エルフ達に比べれば、か。



 カスタード村を出ておよそ12時間が経ち、俺達は今日の目的地である山村前の最後の山小屋にいる。ジェシカさんがトイレを使うため一時休憩中だ。

 簡素でボロい作りの小屋にはトイレと地上のよりも値段の高い食堂、そして雑魚寝で宿泊するための部屋とそれと同等の大きさのテーブルもない絨毯張りの休憩室くらいしかない。

 俺は荷物をおろしてごろんと休憩室に転がる。

 ここまでで休んだのは朝7時と昼の12時の二度のご飯休憩(20分ずつ)のみ。それ以外の時間はノンストップだった。


 モンスターとの戦闘は今回もなく、俺達は舗装もなくなった国道をただただ進み続けた。環境の変化がない分は楽ではあるが、やはり勾配があり舗装のない道は脚にくる。

 一昨日のことでこうなるであろうことが分かっていたし、今日は休みがある分、俺はある程度の余裕を残せていたが、


「はぁ、はぁ。ジェシカはんは、ほんま、なんな、んです……?」

 俺の横に息も絶え絶えで死にそうなガトが、グレーと黒のマーブルのしっぽも耳もぐったりとさせ力尽きたようにうつ伏せで倒れ込む。他の四人もガトほど露骨にではないが、さすがに顔に疲れの色が滲み壁に寄りかかっていた。


 獣人は基本的に普通の人間より身体能力に優れるそうだが、他の四人より明らかに疲れている様子を見るにガトは体力がない方らしい。それでもこのペースについてくるんだから一般から見れば十分かもしれないが。


「さっきも言ったけど、僕、運動とかほんとあかんのです。あのジェシカっておねぇちゃん、普通の人間でしょ? ありえませんて」


 それについては同意するしかないかもしれない。

 ここまでのところ、山道で、しかもスーツケースを背負っているにも関わらず、やはり彼女は息切れ一つしないで先頭を歩いている。


 俺たちがそんなことを言いつつ、横たわっていると、トイレを終えたジェシカさんは

「ほら、アイン君、行くよ!」

 と声をかけて外へと出て行った。

 10分と休めていないが仕方ない。

 俺はショッキングピンクのザックとずだ袋を持ち立ち上がる。隣ではガトが

「諦めたら、そこで、おしまい、やん?」

 とぼそぼそと自分に言い聞かせるようにふらふらと立ち上がった。

 なにもそこまでしてついてこなくっても……とも思うが、ここでジェシカさんの半径7mから出れば急激な環境変化に彼らも耐えられないだろうし。おそらく体調を崩して3日以内の到着は絶望的になるはずだ。

 実際、この山小屋で働く人は俺たちが来てから何となく調子が悪そうに見えるし。あまり他の人がいるところに長居するのはまずい気がする。

「ここからは山村まで下りだから頑張ろう、ガト」

「アインはん。下りの方が脚にはきついんですよ?」 



 その日は、谷間にある山村に予定よりも若干の遅れはあったがなんとか到着した。

 俺とジェシカさんは簡素で値が少し張るとは言え、風呂も食事もつく宿に泊まり、ガト達は「経費節約や」などと言いつつ村を出てすぐのところに簡素なキャンプを作っていた。(村人は誰も気にしていない様子だったが良いのだろうか)

 

 そして、今朝は夜明けと共に出発した。再び山道を登り降りし、今は山と山、というよりも幅20mほどはある崖と崖の間の真ん中を抜ける道を歩いている。ここを抜けてもう一つ山を越えればついにグリーン地方だ。

 景色の変化も特にないので俺は昨日のことを思い出しつつ歩いた。


―――あたしはね、アイン君。詳しくは言わないけど、獣人の悪いやつをいっぱい見てきた。ガトって彼みたいに善人面したやつも沢山いた。勿論まともないい人もいる。でも、あたしが外で出会うのは大抵悪い獣人だった。だからアイン君も……仲良くするなとは言わない。けど、その、あんまり心許しちゃダメだよ。



 昨日寝る前に二段ベッドの上に寝ていたジェシカさんから言われたことだ。

 彼女は初めて話した時の時のように固めの口調でこういうと、すぐに静かに寝息をたてて寝てしまった。何があったかは知らないがあそこまで獣人を嫌うということは余程のことがあったんだろう。


 だけど、ガトが悪いやつなんてどうしても俺には思えな……


ガラガララララララッッ!!!!!


 そのとき、かなり上方から凄まじい音と共に、岩の塊がガト達の上にその巨大さを誇示するかのような大きな影を地に落としつつ降ってきた。

 崖が崩落した!?

 ガトもその仲間も逃げようとはしているようだが、疲れきった体は言うことを聞かない様子だ。

 皆一様にただただ上を見上げ、口を開けてそれぞれに何事かを言っているが、轟音でそれを聞き取ることは出来ない。

 影はドンドン大きくなりついには俺の上にもかかりそうになる。

 これは、やばい。

「ジェシカさん!!」

 俺は目の前の状況に絶望しつつも、その影から逃れるため前を行くジェシカさんに声をかけつつ走りだす。

 とにかく、逃げないと!!!


「だあぁぁあ!!!もォォォオオグルゥァァアアァァアっ!!!!!」

 轟音に支配されているはずの空間にジェシカさんの言葉になってない声、いや怒声が響く。


 振り替えって見ればジェシカさんは狂ったように剣を上に向け、振り回していた。

 同時にすさまじい強風があちこちに吹き荒れる。

 


 なんか知らないけど完全にキレていらっしゃるっ!?


 ほんのわずかな時間だが振り回していた腕を振り終えたジェシカさんはガックリと腕と頭を下ろし、俺の見た中で初めて息を切らす。

 直後、足元に広がっていたはずの影は散り散りになり、次いで人間大にまでバラバラにされた岩がズンっズンっと俺達を避けるように次々と落ちてきた。


 ジェシカさんはどうやら例の技で岩を切り裂いたらしい。

 依然として岩の雨は降りやまず、その落下音と落下音の間にジェシカさんの荒い呼吸の音が混じる。

 頭を垂らしたまま乱れた息を深呼吸一回で整えたジェシカさんは顔をあげるなり、

「さぁ、急ごう。暗くなったら面倒だから」

 そう言いながら剣を横に振って空を切り、鞘に納めた。

 俺の上を目に見えない空気の塊が飛ぶ。だが、それは周りの空気を掻き分け、強い風を吹かせることでその存在を主張していた。

その行く先には、ガトの脳天を直撃しそうなところに落ちてきていた岩があった。空気の塊は岩を吹き飛ばし、その後方の崖にぶつかり衝突音と共に崖をへこませた。。

 確かにこの技は、空気の塊が飛んでるようだ。その様子を見ていた俺は、ガトの無事を確認するため自然と彼に目線を向ける。怪我をせずに済んだ様子の彼は憧れのヒーローを見つめる少年のような瞳で俺の後ろに立つ命の恩人を見ていた。


「あねさん、姉さん! 荷物、お持ちしましょか? 喉は乾いてませんか?? 何でも言うてください! 何でもやらせてもらいますよって」

「じゃあさ、黙ってて」

「はい。かしこまりましたぁ!」

 今まで疲れでガタガタの状態だったのが嘘のように、ピンと立てた尻尾を振り、まるで犬みたいにジェシカさんの周りをグルグルと回りながら歩くガトと、それをうざそうな目で見つつ歩くジェシカさん。


 ガト、お前、猫系獣人だとか言ってなかったか? 


 あれからガトはずっとこの調子でジェシカさんの周りを回りつつ歩いている。


 もう山越えはほとんど終わっている。道も黄緑の煉瓦で舗装され、傾斜もなだらかになってきはじめたとは言え、どこにそんな体力を隠していたのか。

 周りを動き回っているガトのせいか、それとも技の疲れのせいかジェシカさんはあれから歩くペースが落ちた。俺たちは今、列というより玉になるような形で、森の間をグネグネと通る道を歩いている。

 そして、大きく曲がった道を抜けると、森の出口とその先に、俺とジェシカさんの旅の終わる場所、ビリジアタウンが眼下にその姿を現した。

 






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