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ストレート.ノーチェイサー

 人影もまばらになりつつある食堂は周りが見辛くならない程度に明かりが加減され、落ち着いた雰囲気が演出されていた。

 手近な片付けの終わったテーブルを見つけ、俺達は席に着く。

 その際(こう言うときはレディーの椅子を引いて座らせてから自分も座るものよ)と小声で注意をされ、言われたとおりに席を引き、まずジェシカさんに座ってもらい、そして自分もその前の席に座った。


 そういえば初等学校の頃にとなりの女子が貴族が賭けをして庶民の女性を立派なレディーに仕立て上げる話ってのの良さについて熱く語っていたっけなぁなんてことを思い出し、つい笑ってしまいそうになる。


 もっとも、俺達の場合は逆なんだけど。

 立派なジェントルマンになった俺という妙な想像をしつつ前の席に目をやるとすでにジェシカさんは居なくっていた。

 どうやらもう料理を取りに行っているらしい。

 俺も早く取りに行かないと。



 ビュッフェスタイルのこの食堂はフロアの中央付近の大きなテーブル二つに色々な地方のメインとなる料理が幾つも大皿に盛られ、壁際のテーブルにはデザートとサラダ、そしてパンやライスが並んでいた。

そこに並ぶ料理はどれもとても美味しそうでつい目移りしてしまう。


 たくさんあるけどちょっとずつつまんでいけば何とか全て食べられそうかもな。


 作戦を決めた俺が一皿目を作り上げ、オニオンスープと一緒に持って席へ戻ろうとすると、なにやら俺達のテーブルに周りの視線が注がれているのに気がつく。またみんなジェシカさんに見とれているのかと戻って見てみれば、既に食事を始めていたジェシカさんの前には大食い大会並の量の料理が並んでいた。


 この状況にジェシカさんの普段の性格を合わせれば、上品な格好で雑で荒々しい食事の仕方をするってのが定石なのだが、俺の予想を裏切り彼女はナイフとフォークをきれいに使い、物音をたてず上品に食事をしていた。


 流石は見た目貴族(仮称)である。

 ……と言いたいところだが、やはりというかなんというか一つ、異常な点が見受けられた。


 とにかく食事をする速度が尋常じゃないのだ。


 ひっきりなしに手を動かし、大きく口を開けない程度に料理を口に運び、(恐らく)完璧なテーブルマナーで皿の料理を次々と消していく。


 その明らかに異様な光景を周囲の客と同じく呆然と見つめながらスープをすする俺に、ジェシカさんは手を止め口の中のものをきちんと飲み込み、静かに声をかける。


「スープ、音たてて飲まない」

 彼女はそう短く注意をすると、水を一口飲みまた食事に戻った。


 リヴァ村の宿ではかなり適当に食事してたのにな、この人。


 結局、テーブルマナーを注意されることはあるものの殆ど会話もなく、俺達は食事に集中することになった。食事が美味しくってつい夢中になってしまったってのもあるけれど。




 食事を終え、俺達はサロン奥のバーカウンターに移動した。


「マスター、あたし、ブランデーストレートで。そういえばアイン君っていくつなの?」

「15ですけど。」

「三つ下・・・じゃあお酒一年生だね! 飲めるよね? マスター、彼にもおんなじのを。」

 俺の意思とは関係なしに二人の前にブランデーグラスが二つ用意される。

 年上だとは思っていたけど3つしか違わなかったのか、などと考えていると

「かんぱーい!」

 ジェシカさんはその声と共にグラスをぶつけるとクイっとグラスを上げ、即座にそれを空にした。

 飲み方もやはり、早い。

「ふー。美味しい。あれー? 杯を乾かすーと書いて乾杯だよーアインどのぉ?」

 空になったグラスを軽く横に振りながら俺をあおるジェシカさん。


 うわっ、めんどくさい、この人。


 仕方なく俺もグラスを空ける。

「やるじゃんやるじゃん!! マスター同じの二つね!!」

 乗ってきちゃったのかかなりご機嫌なジェシカさんである。

 まさかこのペースでブランデー一気を続けさせられるのでは……と不安に思ったが、4杯目に至りそのノリに飽きたのかジェシカさんは酒の味と雰囲気を楽しむように静かに大人しく飲み始めた。


 3杯もブランデーを飲み干したお酒一年生の俺は、水を二杯ほどおかわりし、いつのまにか目の前に出されていたお通しのナッツを口にいくつか放り込んだ。……これもやっぱり美味しい。ついついパクパクと口に放り込む。


 そんなことをしてると二人の間に沈黙が流れてしまった。何か話さないとなぁとゆったりとしたピアノ伴奏を聞きながら考えていた俺は、話題に詰まったこともあり、つい勢いで給料のことを聞いてしまった。

 なんでこのタイミングでこんなこと聞いてしまったのか、と思ったが、ここで聞かねばずっと聞けないだろう。言ってしまったものも仕方ないし、それにチップのせいで俺の財布は空っぽだ。


 固唾を飲んで返事を待つ俺にジェシカさんはグラスのなかで回るブランデーを見つめながら口を開いた。


「ん~、言ったかもしれないけど給料は1日当たり1万だね」

「一日でいちまん!?」

 呑み込みかけていたブランデーを吹き出しそうになり思わず噎せる。

 リヴァ村の宿が朝晩二食付で丁度1000と少しくらいだったことを考えると、3日も働けばうまくやりくりすれば一か月位は生活出来るであろう額じゃないか。

「言ってなかったか。でも、そんなに驚くことじゃないよ? 社会保障的なものは一切ないし、仮に死んじゃっても遺族年金もでない。まぁ、本来は戦闘の出来ない調査員が護衛を雇ったり、大量の調査資材があるときに運搬を任せる人を雇ったりするための一か月の臨時雇用の制度だからね。危険手当込って風に考えてもらえれば納得いくんじゃない?」


・・・ん? 臨時雇用?? 一か月????


「って、え!? 臨時雇用なんですか!?」

「そうだよ? 一月越えると国からは給与でないし・・・あれ?言わなかった??」

「全然聞いてませんよ!!」

「え、やだ、嘘っ・・・ごめん」


 本当に忘れていたといった様子でジェシカさんは膝に手を置いて深々と頭を下げた。

 俺も申し訳なくなってしまってフォローに入る。

「まぁ、あの時はジェシカさん寝起きだったし、一日別々で動いてたしでほら、しょうがないですよ。それに、ジェシカさんがあの時俺を雇うってことで宿代払ってくれたから俺は助かったわけですし・・・その、大丈夫ですよ。」

「・・・そういってもらえると助かります。」

「あ! もしかして今回のグリーン地方に行くってのも金のない俺のためだったりするんですか?」

 だとしたらその優しさをすごく嬉しく感じるけど、同時に非常に申し訳ないことだ。

「それは警察からの情報で密猟者達を雇った奴が分かって行くことになったっていうあたしの仕事の都合もあるから、それだけじゃないよ、安心して。あたしも荷物持ってくれる人とかも欲しかったし、一人じゃこういうところはなかなか泊まれないからねー。あ、ここの宿代はあたしが出すから、そっちも安心してね。」

 なぜだか少しがっかりしてしまうが、なるほど。だからビリジアなわけか。確かにあそこはグリーン地方の中では金持ちが多い場所だ。


「いくら豪華とはいえ1人じゃ泊まれないってことはないでしょう? さっきの食堂でも一人でディナー食べてる男の人は何人かいましたよ?」

「それが問題なのよ」


 ジェシカさんがそう言ったとき、チャラチャラした、いかにも遊んでますといった雰囲気のイケメンがこちらへと近づいてきた。

「彼女ぉ。そんなだせぇのとじゃなくってさぁ、一緒に俺とのもーよ」

 そういうとずかずかとジェシカさんの隣へと座る。


 これは、典型的なナンパ!?

 ってかこいつ俺のこと無視かよ。


 未だそちらを向こうともしないジェシカさんの肩の向こうにいるそいつと目が合う。

 そのチャラチャラしたイケメンは俺のことまじまじと見ると軽く鼻で笑った。


 こいつ、ちょっと顔がいいからって・・・


 俺が文句の一つでも言ってやろうかと立ち上がりかけると、ジェシカさんは俺の腕をグッと引き寄せそいつの方を向くなりにこやかに

わたくし、今『婚約者』のこの彼と二人の将来についてお話しておりますの。申し訳ありませんが、お相手出来ませんわ。」

 と、絶対的な拒否のニュアンスを込めつつ男に言った。


 それを聞いた男は呆れたように「こんなガキンチョのどこがいいんだか。」と捨て台詞を吐きつつ去って行く。

 ガキンチョで悪かったな。


「アイン君はガキンチョなんかじゃないのにね~」

「1人で泊まれないってそういうことですか」

「こういうところで1人でいると多いのよ。勘違いしちゃってるおバカさんが」

「でも、公務員証でも見せれば早いんじゃないんですか? モンスターの相手してる女だなんて知ったら勝手に引いてくやつも多いでしょうに」

「なんか引っかかるとこあるけど・・・まぁいいか。じゃ、やってみせようか?」

 タイミングよく今度は落ち着いた爽やかな雰囲気の金髪の男がこちらに近づいてきていた。

「こんばんは。隣、いいかな? マスター、僕にも彼女と同じものを」

 そう言いながらこいつも返事も聞かずに俺のことを無視して席に着く。

 間髪入れずに

わたくし、こういう仕事をしてるものですの」

 そう言って彼女はそいつの方を向き公務員証を見せる。

 すると男は

「素晴らしい!! 絶滅危惧種の保護なんて! なんて心の優しいお方なんだ。私も実は人間の都合で死んでいく生き物たちについては心を痛めているんですよ!」

 そこから、やつは自分もそういったことに興味があるだとか、こうして出会えたのもきっと運命に違いないだとか、歯の浮くようなセリフを並べてきたが、先ほどと同じ方法をとるとがっくりして去っていた。

今度は悪態をつかなかった分こいつの方がましかな。


「ね。ダメでしょ?」

「ダメでしたね。」

「今年新設されたばかりの課だからね。仕事内容なんか知られてないのよ。字面だけ見て、大体のやつは動物好きの学者の女なんだなぁみたいな感覚で受け止めてくるのよね」


 ここの雰囲気に合わせてか淑女らしい振る舞いと言葉遣いの今のジェシカさんしか知らない人が見れば確かに、密猟者相手に荒事があったりするような仕事をしてるとは夢にも思わないだろう。


 その後明日の予定や、給与についての話を終え、そのあとは取り留めもない話で盛り上がった。


 1時の鐘が鳴り、もう何杯目になるか分からないほどブランデーを飲んだジェシカさんはかなり出来上がってしまっていた。


「そろそろ部屋に戻りましょうよ、ジェシカさん」

「ん~やだー。もう少しだけぇ」

「明日のこともありますし、そろそろ寝ないと」

「だって、たのしーんだもん!もっとお話ししようよーロブぅ~」

「ロブって誰ですか。アインですよ、あ・い・ん」

「分かってるってもう~あ~~マスタぁ、もうぃっぱい」

「ほら、もう店も終いみたいですから、行きましょう、ね」

「じゃあ~ロブ。だっこ。抱っこしてぇ」

「出来るわけないでしょう。そんなこと」

「なによー今日はけち臭い。くさい、くさいー」

 ぐずるジェシカさんを何とかなだめバーを出て、ジェシカさんを部屋のベッドに寝かせ、自室に帰りスーツのままでベッドにバタンとうつぶせで倒れこむ。

 俺もジェシカさんほどではないがつい結構飲んでしまった。


 バーからの部屋に戻る間もジェシカさんは俺のことをロブと言い続けていた。

 一体、そのロブという男は誰なんだろう。

 彼女の恋人? それとも元カレ? 友達? もしくは兄弟?

 あんな風にジェシカさんにたくさん甘えられたであろうロブという見たこともない男性を羨ましく思いながら、俺は本日二度目の微睡みに落ちていった。



難産だった。今回は難産だったぞー!(フリーザ風)

(´Д`)

改めてお話書くことの難しさを実感しました。

前の話で済ませたけばよかったなぁみたいな要素もちらほら。

次の話はあんまりかからないはずです。

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