初めての高級ホテル
到着時刻は大体6時ちょい前です。
ホントに着いちゃいました。
空から陽の作る赤の色が消えるか消えないかという日没ギリギリの、まさにジェシカさんの予定通りの時間で俺達はカスタード村に到着した。
モンスターには何故か一度も会わず、途中にあった3つの村全てを素通りした俺達は結局一度も休むことなく歩き続けた。
自分でもよくもまぁ歩き続けられたもんだと思う。
村につくなり緊張の糸が切れたように膝から崩れ落ちてしまった俺とは対照的に、ジェシカさんはピョンピョンと軽やかにスキップしながら入り口から程近い宿屋街に向かっていく。
なんでまだまだ余裕綽々なんですか、あの人。
取り出した水筒の水を飲み干し、なんとか荷物を降ろした俺は、塀に手をかけ立ち上がろうとするも、限界以上に酷使した脚はなかなかいうことをきかない。幾度か立ち上がろうとしては倒れてを繰り返しているとジェシカさんが戻ってきた。
「だいじょうぶ? アイン君。宿、チェックイン済ませたから部屋に荷物置いておいてね。えっとこっちがあたしので、これがアイン君とこの鍵だから。あたしはちょっち出掛けてくるから後よろしく。・・・いつまでもそこにいちゃだめだよ?」
からかい気味に笑いながらジェシカさんは俺に鍵を預けると、すでに日が暮れてしまったことを忘れてしまいそうなほど煌々と灯りを灯す町へと消えていった。
渡された鍵には501と502のナンバーとホテル カフェ・モカの名前が刻まれたキーホルダーがついている。
なんで五階・・・
五階まで上がれるかなと不安に感じながら、ようやく立ち上がった俺は荷物に手をかけ、宿屋街へと歩き出した。
このカスタードと言う村は二つの地方の間にあるマラカイト山脈を超える直前のブラウン地方側最後の宿場町だ。そのため宿の数も多く、ジェシカさんが消えていった方角にはブラウン地方でも4番目の規模という繁華街が広がりなおも賑わいを見せている。
実際は村というよりも街というべき規模の場所だろう。
キーホルダーの名前を頼りにホテル カフェ・モカの看板を探して歩く。
通りに並ぶ宿屋の中でも一際シックな佇まいの大きな宿の入口に、カフェ・モカの文字を見つけ中へと入る。
入ってすぐのエントランスホールは広々として外観同様に非常にシックで高級感にあふれ、右に受付カウンターと2階のテラスへの階段、左側には座り心地の良さそうなソファーの並ぶサロンと食堂へと続くであろう大きな扉が配置されている。
上を見上げると最上階の7階まで吹き抜け構造となっていて、天井には巨大なシャンデリアがぶら下がり、その端には少し無骨な四本の鉄骨が正方形を作るよう配置され、各階のテラスを貫通しホールまで伸びていた。その真ん中を鉄製のロープで吊り下げられた四本の鉄柱が作る正方形を埋めるような大きさの四角い箱が上下に移動している。
うわぁ、リヴァ村の宿とは大違いだ・・・
などとあの宿の主人に対して失礼なことを思いながら、踏み心地のよい絨毯の上を歩き、手近な従業員にカギを見せながら声をかける。
「すみません。この部屋に行きたいんですが」
「それでしたらあちらのエレベーターをご利用ください。お荷物はお持ちいたしましょう」
従業員は慣れた手つきで俺から荷物を受け取り、こちらへどうぞと言いながらエレベーターという名前の上下する箱に向かって俺を先導して歩いて行く。
どうやらこのエレベーターというものは人や荷物を上下に移動させるための機械のようだ。
俺と従業員が乗ると最初から中に乗っていた女性が操作をし、その箱は上昇をはじめあっという間に5階についてしまった。
足を上げるのも辛い今の俺には大変ありがたい機械だった。
「すごいものがあるんですね」
「当ホテルはこのカスタードの中で一番のホテルですので。お客様にご不便をおかけせぬよう、こうしてエレベーターを設置させていただいております。お乗りになられるのは初めてですか?」
ええ。初めてです。
っていうかそんな気はしてたけど一番高いホテルなのかここ。
そんなホテルにさっさとチェックインを決めちゃう辺り、ジェシカさんってやはりなかなかお金持ちなんじゃないだろうかとか、この部屋の代金も俺の給料から天引きされてんのかなぁとか、そもそも給料らしきものの話してねぇし貰ってねぇよなぁとか、そもそもあの人なんで俺をやとったんかなぁとか色々な考えが頭をよぎる。
エレベーターを降り、ジェシカさんの部屋と俺の部屋にそれぞれ荷物を降ろしてもらうと、ドアの前に立つ従業員は何かを期待するような目を俺に向けてきた。
・・・・・・
なけなしの金を渡し俺の財布が空になると、従業員は少々落胆の色を顔に滲ませつつもにこやかに「何かございましたらお気軽にベルを鳴らしお申し付けください」と丁寧にお辞儀をして去って行った。
・・・二度と呼ぶか!!! いや、呼べるか!
そうして体力どころか金までも尽きてしまった俺は部屋に備え付けれらた風呂に入りつつ(これもまたかなり豪華だった)洗濯を行い、寝間着用のだぼだぼのTシャツと緩めのズボンに着替えるとそろそろ夕食の時間だなぁ・・・とか考えつつベッドに大の字で横になった。
正直疲れ過ぎてかったるくってもう何もしたくない。高級ホテルの晩餐とやらを体験してみたい気もしないではないが、如何せん食欲がついてくるかは微妙なところだ。
疲れからくる微睡みに意識を飲み込まれそうになり、そのまま寝てしまおうかと瞼を落とす。
「……イン君。アイン君。そろそろご飯、食べにいこう!! あたしもういい加減お腹空いちゃったよー」
いつの間にか部屋に入ってきたジェシカさんは、俺の肩を掴み、体を左右に揺さぶっていた。
「あ、やっと起きた。」
目を開いた俺を見てジェシカさんは手を放す。
ベッドの横の水差しと共に置かれた時計を見るにどうやら1時間ほど眠ってしまっていたようだ。
返事を返し俺が寝ぼけ眼でそのまま部屋を出ようとすると、ジェシカさんに腕を掴まれ止められた。
急に止められた俺は起き抜けなこともあり少しイラつきを覚える。
「食事に行くんじゃないんですか?」
彼女の方を向きつつ言うとジェシカさんは
「アイン君。その服じゃぁダメだよ。アウトーだよ。あたし外で待ってるから、これに着替えといてね」
そういって袋を二つ突き付けてきた。
中を覗くとスーツと靴がそれぞれに入っていた。
改めて見てみれば、ジェシカさんもワインレッドのビロードのドレスに身を包んでいる。
ジェシカさんはどう? 似合うー? とか言いながらくるりとおどけて回ってみせた。
「とても、よく、似合うと思います」
「ありがとう。こういうところはドレスコードがあるからね! ちゃんとしないと食堂追い出されちゃうよ。とりあえずワイシャツとズボン着終わったら呼んでね。ネクタイはあたしが結んであげるから」
そう言い残すとデザートはなにかなぁ~とか言いながらさっさと部屋を出て戸を閉めた。
なるほど。こういうところでは服装も気を使わないといけないのか。
思い出してみればロビーにはこういう服を着た人しかいなかったし、俺はめちゃくちゃ浮いてたんだろうな。
そんな過去の自分を恥ずかしく思いながらもジェシカさんがどこからか持ってきたスーツにさっさと着がえて、部屋の外に声をかけると彼女は別の袋からネクタイ取り出し、それを手早く結び、髪もブラシで丁寧に整えてくれた。
「よし、あたしの見立ては悪くなかったな!似合う似合う!」
上機嫌で褒めてくれるジェシカさんに照れくさい気持ちを感じていると8時を告げる鐘が鳴った。
「あんまりのんびりしてるとおまんま食い上げだね。さ、行こう」
手早く準備を済ませ部屋のカギをかけ、エレベーターに乗り階下の食堂を目指す。
食事を終え部屋やサロンへと戻ろうとする人の流れに逆らい食堂へと向かう間、周囲の人々の視線は俺たちに、いや、正しく言えばジェシカさん1人に注がれていた。
ここまでの彼女の態度や行動の感じだとそれを周りにそれを感じさせることは少ない様子だったのだが、彼女は少々目つきはきついものの間違いなく美人さんなのだ。
上品かつ優雅にドレスを身にまとい歩いている今の姿などまさに貴族様のそれのようだ。
黙ってれば・・・ってやつである。
そんなジェシカさんと共にディナーを食べられることに少しの優越感と男性陣から向けられる敵意に寒気を感じつつ俺たちは人もまばらになり始めた食堂に入った。
今回から三回ほどは町でのんびり過ごす二人のお話の予定。
さてと僕も晩ご飯食べないと(*´ー`*)