エプロン上の姫君
「マーキュリー、滑走路上で待機してください」
ブレーキをかけて滑走路上に停止する。
それに合わせて後方のアントノフ225も停止した。
キャノピーを開き、上半身を乗り出して後ろを覗く。
アンノウンの姿をじっくりと観察してみる。
人類の航空機と見かけこそそっくりだが、整備の為に開くハッチやコーションマークが見あたらず、ランディングギアも灰色の一色単だ。
全体的には、機体に薄いモザイクをかけてぼかしたような見た目だ。
サイレンの音が近づいてくる。
たちまち憲兵隊のパトカーがホーネットとアンノウンを取り囲んだ。
それに続いて基地警備隊のトラックが並んで停車して、中から小銃を持った迷彩服の隊員がぞろぞろ降りてくる。
隊員の一人がこっちに走ってくる。
コックピットの下にその隊員がやってきた。
「南野三尉!私が護衛して避難します!コックピットから出て下さい!」
「分かりました!」
ベルトを外し、コックピットから飛び降りた。
彼はすぐに俺の肩を抱え、建物へと誘導し始める。
「安心してください、基地防空隊の対空機銃はアンノウンに向いてますから」
「ええ、でもなんなんだ一体・・・」
「分かりません・・・とにかく一度衛生隊に行きましょう。」
「体は大丈夫です、とにかく飛行隊長のところに行きます」
「しかし・・・」
「命令です!」
「・・・分かりました」
彼は飛行隊指揮所まで護衛についてきた。
俺自身、全く状況が呑み込めない。
指揮所に入ると隊長が指揮所の窓からアンノウンを見ていた。
「南野、大丈夫か?」
「ええ、しかし状況が分かりません。」
「それはここの全員がそうだ。未だにあいつは動きを見せない。」
「破壊しないのですか??」
「市ヶ谷からはアンノウンを捕獲せよとの指示がきた。今、岐阜から調査チームが向かっているところだ。」
アンノウンを捕獲!?
確かに、アンノウンが飛行場に着陸したという事例は今までに無い。
窓からアンノウンを見てみる。
巨大な機体が小さな人間たちに囲まれている。
アンノウンは人類にとって、未知の存在だ。
次の瞬間に地上で攻撃を仕掛けてきてもおかしくない。
ただ、今回のアンノウンは特殊だ。
俺に呼び掛けてきたような・・・
「・・・呼び掛けてきた」
「ん?」
「光の柱に突入する前、私に呼び掛けてきたような・・・すみません、気のせいです。」
「そうか」
それ以上隊長は何も言わなかった。
しばらくして、静まり返った基地にプロペラ機の爆音が響いた。
岐阜の飛行開発実験団のオスプレイがエプロンに着陸した。
どんな大型輸送機を持ってきても、あの彼らがアンノウンをどうするかはしらないが、巨体を岐阜まで運ぶのは分解でもしなければ無理だろう。
オスプレイから白い対NBC防護服を着た隊員が数名出てきた。
隊員はアンノウンに近づき、状態を観察し始める。
機内への入り口を探しているのだろうか。とてもそんなものあるとは思えないが。
なにやら機体に機械を付けて色々と調べているらしい。
すると指揮所のスピーカーがガサッと音を立てた。男の声が流れ始める。
「飛行開発実験団から各局、機体構成物質のサンプルを回収しました。機体の移動をしても大丈夫です。お時間をおかけしました。」
牽引車でアンノウンが引っ張られていく。
こんな巨大な機体を入れられる格納庫なんてこの基地には無いため、エプロンに止めて規制線が張られた。
飛行開発実験団の事情聴取も終わって夜になり、多摩地区はいつもの静寂につつまれた。
海堂は横須賀の旧自衛隊病院にしばらくは入院するそうだ。容態は俺の元にはなぜか知らされなかった。
もう一度アンノウンを近くで見てみたいと思ったが、憲兵隊と情報保全隊にストップをかけられた。
人類が初めて捕獲に成功したアンノウン。
マスコミはすぐに騒ぎ出し、もう《光の柱の不明機、解放軍調布基地に強行着陸》といったような文句で報道している。
近くで見るのは叶わないので、隊舎の屋上からアンノウンを眺める。
見れば見るほど、確かに俺達が戦っているのは現実に存在する相手で、決して幻なんかじゃない。そう実感できる。
空気が澄んでいるせいか、今日は光の柱が良く見える。
真っ黒の空に白くくっきり映える光。何度見ても、戦場とは思えないほど幻想的だ。
ぼんやりと光の柱を眺めていると、アラートハンガーから非常ベルが空間を切り裂くように鳴動した。
何だ?アンノウンか!?
アラートハンガーからスーパーホーネットが二機現れ、ランウェイに侵入する。
長く尾を引くようにアフターバーナーを点火し、星を散りばめたような地面を離れる。
そして、垂直上昇。
なぜだ?左旋回せずに垂直上昇?
直ちに高度を上げる必要があるということは、敵がすぐ近くにいる可能性が高い。
基地中にサイレンが鳴り響く。
そしてアナウンス。
〈現在待機中で飛行可能な迎撃飛行隊パイロットは、直ちにブリーフィングルームに集合!繰り返す・・・〉
ただ事ではないようだ。行かなくては!
そう思い振り返ると、いつからいたのだろう、目の前に若い女性が道を塞ぐように立っていた。
俺はその女性を見て頭が真っ白になった。
「・・・柳田!?」
彼女は何も言わない。
まるでこの場の時間が止まったような、沈黙に包まれる。
同時に聞き慣れないエンジン音が近いてくる。
かなりの低空侵入だ。
その音の持ち主は、瞬時に俺と柳田の頭上をかすめるように、数機、爆音と共に通過した。
暗くてもはっきりと分かった。
赤い星に赤い帯をあしらって、巨大な垂直尾翼と独特なコックピット周り、カナード翼を持つ機体。
制空権解放軍中国支部がここ最近配備したSu-34だ。
アンノウンは国籍表示は付けていない。間違いなく人間の乗った飛行機だ。
日本も同盟こそ組んでいるが、仲は決して良くはない。
この基地のアンノウンが目的か??
とにかく急がなくてはならないが、目の前の柳田を再び見ると、彼女は両手をひろげて進路を塞いだ。
そして彼女の口が動き、言葉を発した。
「アンタをもう、ひとりでなんか飛ばさせない。」