大好きなひと
アイツが、南野が学校に来なくなってから一週間がたった。
彼だけではない。他の男子生徒数名もあの日の身体検査を境に学校に登校していない。
私はこの一週間、一人で剣道場で呆然としている。
普段、私は真面目に稽古したことなどない。
ただ、ここに居ればアイツがひょこっと現れる気がしてならないのだ。
女子生徒の間では、ついに徴兵が始まったのではとか噂がたっている。
アイツもそうなのかな?
どうも帰り道、フェンスの向こうの戦闘機を見ると心に何かが引っ掛かる。
振り返るとアイツには迷惑ばっか掛けてたような気がする。
真面目に稽古しない私を煩わしく思っただろう。
でもアイツ、南野は私の時間潰しに付き合ってくれた。
私は見た目も可愛い訳じゃないし、むしろ怖がられる事が多い。
クラスの女子なんか始めっから絡んでこないし、クラスでは寂しかった。
私だって、普通に女の子の輪に入りたかった。でも話掛ければみんな冷たい反応。
せめて部活はしないと、と思ったから、それだけの理由で何も考えず剣道部に入った。
南野とはそこで親しくなった。
こんな可愛いくもない、ぶっきらぼうで、真面目に練習もしない私でもちゃんと接してくれる。
クラスでも、南野と話すことが多かった。
彼と出会って、私にも変化があった。
気がつけば南野の事を考え、鏡の前で前髪を弄ったり、表情を確かめたりしていた。
そんな自分に気づいたとき、とてもドキドキした。
アイツのこと好きなんだって気づいた。
それ以来、ずっと南野のことしか考えてられない。
頭の中じゃ、もう付き合ってた。
学校帰りに制服でデート。
何食べに行こう?映画がいい?それともカラオケ?それとも・・・
一人で妄想、バタバタを繰り返すだけ。
でも南野の前に立つと、ぶっきらぼうになってしまう自分が大嫌い。
帰り道別れたあと、あれ印象悪かったかな?とか考えて落ち込むのが日課だった。
そんな日々が数ヶ月続いたある日、彼は突然居なくなってしまった。
それから一週間、付き合ってる訳でもないのに、会いたくて会いたくて仕方ない。頭がおかしくなっちゃいそう。
徴兵なんかされてない。きっと風邪でも引いて寝てるだけに違いない。明日には学校に来て、私の前に座って、授業中に背中を眺めて下らない妄想して、授業が終われば背中をつついて部室に行って、中身のない話をして、夜には一緒に帰ってっていうのがまた始まるに違いない。
道場の扉が開いた。
「南野っ!?」
私は顔を上げた。
そこにはショートヘアの上級生の女子生徒一人が立っていた。
「大丈夫?」
彼女はこっちに歩み寄りながら問いかけてきた。
その時私は自分の状況を認識した。
剣道場の真ん中で、膝を抱えながら泣いていた。
彼女は私の隣にしゃがみこむ。
「どうしたの??」
「アイツが・・・南野がっ・・・ぅ」
泣いていたせいか、鼻がつまって上手く喋れない。
「貴方の彼氏もなの?」
「がれしっ??違う違う!!そんなんじゃない!」
すごく恥ずかしいけど、嬉しいようなよく分からない気持ちが勢いよく込み上げてきた。
「そうなの?その人が帰ってこないの?貴方のお友達が」
「うん・・・」
「徴兵されたんだね・・・」
「えっ・・・?」
この人今なんて?
徴兵されたんだね?
え?
南野が?
「ちょう・・・?」
徴兵と言いかけたその時、もう我慢できなかった。
子供みたいに、大泣きしてしまった。
彼女は私をそっと抱きしめてくれた。
彼女は優しく話始める。
「一応秘密らしいんだけど、もううちらの学年じゃみんな知ってるよ。私のカレもね、二年前に徴兵されて、今は戦闘機に乗ってるの。もう兵隊が足りないんだって。」
「いやっ!私南野にまだ好きって言ってないの!そんなの・・・」
「帰ってくるといいわね、南野くん。大好きなんだね。」
もうだめ、何も考えられない。
彼女の胸の中で、私は泣き続けた。
目の回りを真っ赤にしたままの私は、いつも南野と一緒に歩いた基地のフェンス横の道に一人でいた。
フェンスの前に立ち、駐機する戦闘機に目を凝らす。
南野が戦闘機のどれかから降りてくるかもしれない。じっと一機一機の操縦席を観察する。
泣き疲れていた私はそのままフェンスに頭の重さを預けたまま寝てしまったらしく、気がつけばもう腕時計の日付はもう変わっていた。
一人で再び歩き出す。
あの時、走って先に行かなければ良かった。
南野の顔、しっかり目に焼き付けとけば良かった。
涙がこみ上げてくる。
(でも、泣いちゃだめ)
自分にそう言い聞かせる。
アイツの帰りを待とう。
帰ってくるまで、涙はとっておこう。
大きく息を吸って、
「大好きなんだよおおおお!!帰って来いよおおおお!!!」
フェンスの向こうに向かって、喉が千切れる位叫んでやる。
叫び終わってすぐに、我ながら痛いことしてるなと思って、笑いがこみ上げる。
笑い過ぎて、お腹つってしまいそうになった。