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The Order Of Priority

作者:

「Valentine's Day Lost Love」の続編です。

前作を読んでいなくても、お楽しみいただけると思いますが、先に前作を読んでいただけるとよりわかりやすいと思います。

「仕事と私、どっちが大事なの!?」

画面の向こうでヒステリックに叫ぶ女性。

馬鹿馬鹿しい。

仕事と私、勉強と私、部活と私。

そんなもの比べられるわけがないのに。

こんな質問をする人は、自分が本当に言っていることをわかっていない。

あなた自身と私、どっちが大事なの、と訊いているのだ。

それを言っている時点で既に、あなたを大切にしていないのは自分なのに。

エンディングが流れ始めて、次回予告へと移る。

時計を見上げると、あと三分で十一時だった。

寝るには少し早くて、何かを始めるには遅い時間。

明日の時間割合わせなきゃ。

鞄から教科書やらノートやらを取り出す。

あ、この本、返却期限いつだっけ。

えぇと、先々週の火曜日に図書館に行って、それから学年末テストだったから……そろそろ返さないと。

明日は図書館に寄って帰ろう。


帰りの電車に乗って席に着き単語帳を開く。

possession、所有物、competition、競争、rate、割合。

なんだか、あまり好きでない言葉たちだ。

返却口に本を持って行くと、広田さんが居た。

アルバイトの大学生。

黒縁眼鏡の似合う細身の男性で、私のバレンタインのブラウニーを結果として食べた人。

「あ、結城さん、ちょっと待っててください」

「え、はい……」

広田さんは事務室に入ってしまった。

閉館の音楽が流れだす。

片手に紙袋を持って事務室から出てくると、カウンター越しにそれを私に手渡す。

「バレンタインのお礼」

「そんな、気を遣わなくても……」

「広田さーん、先あがりますねー」

事務室の奥から女性の声が通ってくる。

「はーい」

広田さんは事務室に向かって返事をすると、再び私のほうに向きなおった。

「それじゃあ僕、絵本コーナー片付けないといけないので」

「はい。あの、ありがとうございます」

私は図書館を出て、歩き始める。

そうか、今日はホワイトデーだったな。

ここで開けるのも、家で開けるのも、なんだかしっくりこない。

立ち止まって、五秒後、私は図書館に引き返した。

「結城さん?」

「あ、広田さん。お疲れ様です」

「いえいえ、どうしたの?」

「いえ、特にどうしたというわけではないんですが」

私が歩き始め、ワンテンポ遅れて広田さんが歩き始めた。

暫くの沈黙。

「広田さん、好きな人とかいますか?」

「えぇ、いますよ」

「いるんですか!?」

てっきり、いいえと返ってくるものだと思っていた。

あまりそういうのは得意ではなくて、なんて言葉も添えて。

「意外でしたか?」

「あっ、ごめんなさい……」

「構わないですよ」

「その人に自分を最優先にしてほしいって思うものなんですか?」

「うーん、優先っていうのとは違う気がしますね」

「私、優先順位ってあてにならないと思うんです。電車とかでもPriority seatsって書いてあっても若者が占領してたりするし。すごく曖昧で気持ち悪いっていうか……」

「Reserved seatならどうですか?」

「指定席……私はそっちのほうがいいです」

「僕もです」

「優先順位なんか関係なくて、いつも私の居場所がその人の心の中にあったらいいなって思います」

「それは、素敵なことですね」

隣を見れば、広田さんが優しく笑っていた。

ここが、私の指定席ならいいのに。

一瞬考えて、あわてて打ち消した。

広田さんはさっき好きな人がいると明言したばかりじゃないか。

同じ大学の人だろうか、さっきの職場の人だろうか、美人なんだろうか、ホワイトデーは渡したんだろうか。

そんなこと、私が気にするようなことじゃない。

気にするようなことじゃないのに、気になる。

「結城さんは……」

広田さんが言いかけたところで、駅についてしまった。

「結城さんは逆方面でしたよね?」

広田さんが質問を変えたのがわかった。

「今日は観覧車見て帰りたいので」

二駅先の観覧車。

広田さんがバレンタインデーに連れて行ってくれた場所だ。

電車の中で広田さんは結局続きを言わないまま二駅はあっという間についてしまった。

私に続いて広田さんも電車を降りた。

なんでだろう?

「僕、ここが最寄駅なんです」

私に不審がられていると思ったのか、あわてたように言う。

一か月ぶりにみる観覧車は一回り大きくなっている気がした。

今日はバレンタインほど混んでいない。

そう思って、ぼんやり眺めていた。

はずだった。

気付くと私はそのまま観覧車に向かって駆け出していた。

たいした距離でもないのに、呼吸が乱れて、もう三月だというのに白い息が上がった。

開いたドアの向こうに、私の指定席があるというような気がして乗り込む。

シートに座って、目を瞑る。

目を開けた時、閉まりかけたドアに体当たりする勢いで広田さんが乗ってきた。

私の隣に座ると、大きく息を吐いた。

広田さんは口元をほころばせるとゆっくり息を吸う。

「結城さんは、誰かの中に指定席がほしいですか?」

「いいえ」

誰か、じゃない。

広田さんは私を見ている。

「ここが、私の指定席ならいいのに」

「それじゃあ、僕の指定席はここで」

「えっ?」

「あぁ、でも観覧車は僕のものじゃないか」

「じゃあ、優先座席にしませんか?」

「おっ、いいですね。僕たちが優先順位第一位です。僕たちがいないときには他の人が座ってもいいですが」

愉快そうに広田さんは笑う。

私もなんだか楽しくなって笑った。

少なくともこの観覧車の中では広田さんの隣は私の席だ。

「これ、あけてもいいですか?」

もらった紙袋を軽く掲げて訊く。

「どうぞ」

照れくさそうに広田さんは笑ながら窓を見た。

深い茶色の紙袋からは、綺麗な石のようなチョコレートが円形に12個並んだ箱が出てきた。

「わぁ」

観覧車みたいだ。

「ありがとうございます」

ふたを開けて一粒取り出す。

口の中で溶けた甘味は舌をさらりと撫ぜる。

外に見える景色は一か月前よりも少し明るい。

私の気持ちも、そうだろうか。

私にとって広田さんは優先順位なんかつけられない存在だろう。

観覧車から見る景色は、広田さんとが一番いいんじゃない。

きっと、広田さんとじゃなきゃダメなんだ。

このチョコレートをもらうのも、広田さんからだからこんなに嬉しい。

建物が、駅がだんだんと大きくなる。

私と広田さんを最優先に受け入れてくれる席を立つ。

私が広田さんの隣に居られる席を立つ。

いつか、そんな場所が増えればいい。

私が広田さんの隣に居る、そんな場所が。

最後までお付き合いくださりありがとうございました。

よろしければコメントなどお待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 相変わらずお上手です^_^ いつも見るたびにうわ〜これぐらいかきたいなぁ!って気持ちになります笑 これからも楽しみにしてます( ̄▽ ̄)
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