二つ名の里
名を呼ばれた子は、山に消える。
古くから、この山深い里には忌まわしい言い伝えがあった。
山の神は、清らかな魂を貪る。出来の良い子ほど、七歳までに命を奪われるという。
村人たちはそれを畏れ、子が生まれるや否や、穢れた響きの偽名を与えた。山の神が決して欲しがらぬ、汚らわしい呼び名を。
真の名は、村にただ一人、山の声を聞く老婆が授けるものとされ、生まれたばかりの赤子を抱き、
風のざわめきや木々のささやきに耳を澄ませ、神の意志を拾い上げる。子は生涯、二つの名を持つ。表の穢名と、秘められた真名。
八歳になるまで、真名を口にすることは固く禁じられていた。その年、老婆が死んだ。
醜女と名付けられた少女は、ただ一つの名しか持たなかった。父・琥珀は、密かに真の名を決めた。
本来、真名は七歳を過ぎるまで婆以外は誰も知らぬものだった。婆が死んだ今、それを隠し通す者も、授ける者もいない。
琥珀は妻にさえも口外しなかった。己の心の奥底、決して開かぬ箱に封じ込めた。
醜女は健やかに育った。二歳、三歳、四歳。村の子供たちの中で最も笑顔が明るく、足取りが軽やかだった。
山の神が欲しがるような、透き通るほど美しい子だった。五歳の夏の夜、琥珀は夢を見た。
深い森の奥、山の神の御座の前で、娘を抱き上げている。神の黒い影が、ゆっくりと手を伸ばしてくる。恐怖に駆られ、琥珀は叫んだ。
娘の真の名を、叫んでしまった。その声は寝言となって、夜の静寂に溶け出した。
醜女は目を覚ました。父の唇からこぼれ落ちた、甘く、優しく、かつて聞いたことのない美しい響きを、確かに聞いた。
幼い胸に、その名は深く、焼きつくように刻み込まれた。次の朝、醜女は山へ行った。誰も連れず、まるで招かれるように。
村人たちは夕暮れになっても帰らぬ少女を探し、山道で小さな草履を片方だけ見つけた。それ以上、何も残されていなかった。
琥珀は狂ったように山へ登った。神の領域に足を踏み入れ、娘の名を呼び続け、己の命を賭して神に挑んだ。
山は激しく荒れ、岩が崩れ、木々が裂けたという。
翌朝、男の遺体は谷底に横たわっていた。首は不自然に折れ、目だけが、まるでまだ何かを見続けているように見開かれていた。
それ以来、この里で七歳までの子が山の神に命を奪われることは、ぴたりと止んだ。
しかし、代償は終わらなかった。時折、夜更けに山から冷たい風が吹き下りる。
村の端の家々で、幼い子供たちが寝言のように、誰とも知れぬ美しい名を呟くのだという。
その名を聞いた者は、翌朝、決まって高熱を出し、三日以内に息絶える。
山の神は、決して忘れていない。風がその名を運ぶかぎり、貪るべき魂は、いつまでも里を彷徨う。
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