殺人鬼を理解できてしまった私
「現在判明しているだけでも死者は千人を超えています!」
「現場は混乱状態が続いており、負傷者を含めると一万人ほどの被害者がいる模様です」
「近隣の病院は全てパンク状態です! ああ! また救急車が通りました!」
「警察の発表によりますと、犯人は機関銃を用いて犯行に及んだそうです」
「政府はテロの可能性も含め、必ず犯人を見つけ出すと宣言しました」
「テロの可能性は低いでしょうな。そもそも一週間経ってもどこの組織からも何の発表もありませんし」
「では、これはテロではなく殺人事件だと?」
「その可能性が高いですね」
「この事件、犯人はどのように実行したのでしょうか?」
「犯人は線路沿いのマンションの一室に機関銃を設置し、そこから朝の満員電車を機銃掃射したようです」
「そんなことが可能なんですか?」
「まあ、一般人では無理でしょう。
そもそも使われたのは前の大戦で旧軍が使用していた重機関銃です。
こんな物、どこから持って来たのやら」
「あそこは複数の路線が並走している電車マニアなら誰でも知っている聖地です。
しかも朝の通勤帯であれば、10分で複数本の電車が行き来します。
そこを機銃掃射したのですから、そりゃ大勢の犠牲者が出ますよ」
「犯人は電車に詳しいということですか?」
「そうとも言えませんよ。こんな情報は簡単に調べられますからね」
「何故、ここまで大勢の被害者が出てしまったのでしょうか?」
「そりゃあ当然でしょう。
電車なんて薄い金属板で作られていますからね。
あんな航空機も撃墜できる重機関銃で撃たれたら、簡単に貫通しますよ。
それに、そもそも乗客は自分たちが撃たれているという事実に撃たれるまで気が付きませんからね」
「それは何故?」
「あそこを通る車両は結構な高速で走り抜けますからね。
かなり車内もうるさいんですよ。
しかも満員電車で窓の外を見ることもできない。
そこを撃たれるわけですから、逃げたくても逃げられないんです」
「それが大量殺戮に繋がったと?」
「そうですね。
基本的に大半の銃乱射事件というのは、撃たれた被害者達も逃げます。
それを追うために、犯人は軽い自動小銃に弾丸も大した量を持てません。
しかし、大勢の、ある意味で拘束された人々が満載された電車を撃つのであれば話は別です。
ある意味で標的が向こうから来てくれるわけですから。
犯人としては重機関銃をしっかりと床に固定し、大量の弾薬を用意して時刻通りに現れる電車に向けて撃つだけです。
更に言えば、撃たれた人々はそのまま電車が運んでくれます。
まるでライン作業のように大量殺戮が出来るわけですよ」
「同様の事件を防ぐために、政府は全ての電車に装甲板を付けようとしているらしいですね」
「政府の気持ちも分かりますが、難しいでしょう。
重機関銃を完全に防ぐレベルの装甲板というのは高額ですし、重量もかなりのものです。
更に言えばガラス部分も防弾ガラスにする、もしくは完全に装甲で覆うというのは非現実的ですね」
「一部の車両に採用し、乗車に特別料金を支払うという案もあるようですが?」
「それでは乗れない人々の命はどうでもいいのか? となってしまいます。
それこそ不可能でしょう」
「今回の事件では撃たれた電車の運転手も死亡したため、駅に電車が突っ込み、駅で停車していた車両とホームで待っていた人々にも大勢の犠牲者が出ました。
これも犯人は計算していた可能性があります」
「今回の事件ですが、機関銃が設置されていたマンションの契約者から犯人を絞れるのでは?」
「残念ながら難しいでしょう。
そもそも機関銃が設置されていた部屋の本来の住人も殺されていました。
ひょっとしたら住人と繋がりのある人物かもしれませんが、こんな犯行に及ぶ犯人です。
その可能性は低いかと」
「警察発表です。現在、犯人に繋がる重要な情報を分析中であり、犯人逮捕は時間の問題とのことです」
「事件から1か月が経過しましたが、警察は犯人の目星をつけているのでしょうか?」
「なかなか難しいですね。
あのマンションに出入りする人物を調べたそうですが、そもそも普通のマンションですからね。
出入口以外にも入るルートはありますし、機関銃も分解すれば一人で持ち運べますから」
「死傷者3万人という前代未聞の殺戮事件が発生してから一年が経過しました。
政府は明日、事件発生時刻に合わせて全国で犠牲者に対する黙とうを実施するとのことです」
「遺族団体が警察に対して犯人に関する情報提示を求めているそうですね」
「これは私個人の見解ですが、そもそも警察も犯人を絞り込めていない可能性がありますね」
「と、いうと?」
「そもそも犯人は事件後に室内にガソリンを撒いて火をつけ、証拠の隠滅を行っています。更に言えば、ここまで警察が手を焼く犯人です。
火をつける前から証拠になりそうな物は全て存在していないのでしょう」
「10年前、私の目の前の現場で3万人もの死傷者を出す殺戮事件が発生しました。
未だに犯人は捕まらず、警察は犯人に繋がる情報を求め、専用の電話番号も公開しております。
番号は以下の通りです」
「何故、事件から20年も経つのに犯人は捕まらないのでしょうか?」
「こんな大事件を起こした犯人ですからね。
普通なら自己顕示欲で何かしら情報発信を行うでしょうが、それすらない。
恐らく、犯人は周囲の人々に対して何の価値も見出していない可能性があります」
私は動画サイトでニュース動画を見続けた。
そして、私の勉強机の上に置かれた小さい箱に視線を向ける。
箱の中には、手紙と、小さい記憶媒体と、鍵が入っていた。
それは、先日亡くなった祖父が私に遺した遺品だ
生前の祖父と私は、妙に気が合った。
私が小学生の頃、祖父の家で古い大きな柱時計がギリギリと音を立てたときのことだ。
父や母は「寿命だね」「修理に出そうか」と言っていたが、祖父は違った。
「これはどうして故障したのか。
直せるのか、それともバラバラにできるのか。
やってみれば分かることだ」
そう言って、祖父は私にドライバーを渡した。
二人で時計を壁から下ろし、裏蓋を開ける。
歯車が複雑に噛み合い、精密な機械仕掛けが顔を出す。
「お前なら、どこを外せば音が止まると思う?」
祖父は楽しそうに、けれど実験を観察する学者のような冷徹な目で私に問いかけた。
私が指差したバネを外すと、時計は「ガチッ」と嫌な音を立てて止まった。
祖父は「正解だ」と私の頭を撫でた。
「いいかい。物事には必ず『仕組み』がある。
壊すにしても、直すにしても、その仕組みさえ理解すれば、あとは手順通りに手を動かすだけだ。
大抵のことは、やり方さえ調べれば誰にでもできるんだ」
その日の午後に、私たちは時計を完全にバラバラにした。
最後には、一つの機能も持たない、ただの真鍮の破片とネジの山が机に残った。
祖父はそれを見て、満足げにこう言った。
「できたな。
仕組みを理解して、最後までやり切る。
これが一番楽しいんだ」
親族たちが「また変な事をしている」と眉をひそめる中で、私だけは祖父の達成感に共感した。
あの時の祖父と私にとって時計が時を刻む価値よりも「巨大な仕組みを自分の手で終わらせる」という経験の方が価値があったのだ。
随分と年齢に違いがあったが、私は祖父の話が好きだった。
他の親族からは、祖父の話は変に難しくてよく分からないと言われたが、私はすんなりと理解ができた。
祖父は生前、
「出来ると思ったことは大抵出来る。なら、生きている間にやったほうが人生楽しいだろう」
と言って、私と一緒に色々な事をした。
そして私も祖父に色々と自身の考えを喋ると、祖父はいつも嬉しそうに微笑みながら、
「お前だけだ。私を理解できるのは」
と優しく頭を撫でてくれた。
そんな祖父は死ぬ間際、病院のベットの上で、
「本当に素晴らしい人生だった。来世があるなら、もう一度、同じ人生を歩みたい」
と言い残し、この世を去った。
そして先日、祖父が生前に弁護士に託していた遺品が親族に配られる。
内容は大したものではなかった。
「あら、これ、家族旅行の時の写真よ」
「うわー! おじいちゃんにあげた肩叩き券! まだ持ってたのね!」
「この折り鶴って、確か私が小学生の時に誕生日プレゼントで渡した物よ。ずっと大切にしてくれてたのね」
等と親族祖父との思い出話に花を咲かせている。
そしてもちろん私にも遺品として手紙が渡された。
手紙には「お前との日々はとても楽しかった」という内容の文章が長々と書かれていたのだ。
それを読んだ母は、
「あなたはお爺ちゃんと一番仲が良かったものね」
と微笑む。
私も母に微笑み返したが、内心、複雑な気持ちだった。
手紙には一見すると普通の文章が並んでいるが、そこには私と祖父だけしか知らない暗号が散りばめられていた。
自室に戻った私は暗号を解読し、祖父の遺した本当の遺品を見つける。
そこには手紙と、記憶媒体と、鍵が収まっていた。
私は記憶媒体の中身を確認すべく、機械に繋ぐ。
すると、若い頃の祖父が何かをしている様子が写された。
マンションの一室で、古い機関銃を床に固定し、大量の弾丸を装填している祖父の背中。
そんな祖父の側には、頭から血を流した若い男性が転がっている。
そして祖父は椅子に座り機関銃を構えると、窓の外を走る電車に向けて銃弾を放った。
別に興奮する様子もなく、祖父は淡々と引き金を引いては電車に銃弾を叩きこむ。
そして全ての弾を撃ち尽くした祖父はカメラを回収してから部屋にガソリンを撒き、火を放つ。
燃え上がる部屋を最後に映し、再生は終了した。
私は震える手で、手紙を読む。
手紙には、祖父が事件の犯人であること、別に深い意味もなく、出来そうだから犯行に及んだこと、事件後、警察が来るかと思ったが来なかったこと、事件後は別に興奮もせず、恐怖もなく、一切の謝罪の気持ちもないこと、もし来世があるのなら、もう一度同じ事をしたいということ。
そんなことが、淡々と書かれていた。
「この機関銃の出所は、旧軍の隠し武器庫だ。
俺は戦時中、軍の補給担当だったから様々な場所に隠し武器庫を作っていた。
しかし戦争に負け、書類は破棄され、どこに武器庫があるのか政府すら分からない状況となった。
そして戦後、隠し武器庫に行ったら各種武器がそのまま残されていたから、今回の事件を思いついた。
俺は思いついたらどうしてもやりたくなってしまうのは知っての通りだ。
だからやった。
それだけだ」
そして手紙の最後に隠し武器庫の位置が描かれた地図があった。
「武器庫にはまだまだ大量の武器がある。
使いたくなったら、使うといい」
そんな言葉が最後に書かれていた。
私は震える手で地図を確認し、描かれていた隠し武器庫へ向かう。
地図が示したのは、山中にある錆びた鉄扉の小さな倉庫だった。
鍵を開けて重い扉を押し開けると、冷たく、カビと鉄の匂いが混じった空気が私の顔を打った。
まるで時間の止まった洞窟のようだ。
暗闇の奥から、湿気を帯びた埃っぽい匂いと、微かに油の匂いがした。
そこには祖父の言う通り、旧軍の武器が山積みになっていた。
薄暗い中に、無数の銃器が黒い影となって横たわっている。
油の染みた布に包まれたライフル、弾薬箱の山、そしてニュース動画で見慣れた重機関銃が、まるで死んだ巨獣の骨のように横たわっていた。
それらは全て、時が止まったかのように静まり返っていたが、私にはそれぞれの武器が持つ「仕組み」が、静かに息を潜めているように感じられた。
その武器の山を見て、私は直感する。
祖父が感じていたのは、全能感ですらなかったのだろう。
目の前にある「機能」を、ただ「実行」しただけ。
そのあまりの純粋さを理解できてしまう自分が、私は何よりも恐ろしかった。
大量の武器弾薬を見上げた私は、そっと倉庫を出る。
そして随分離れた場所まで移動し、鍵を川へ投げ捨てる。
鍵が川へ落ちた音は、映像で何度も聞いた機銃掃射の音よりずっと小さい音だった。
鍵が勢いよく流れる川底に沈んだ事を確認し、私は現場を離れた。
私は、祖父を理解できた。
仕組みを知れば、私にも「できてしまう」ことが分かった。
それでも。
私は、ただの人間として生きていくことに決めた。
だって私は、理解できてしまっただけだから。




