第四側妃の思惑
アルカリアが生きることを諦めなくても周りの環境が許さなければ生きられない。
彼女の年齢で環境に逆らってまで生き抜けることは不可能に近い。
では、なぜ彼女がこの悪辣な環境の中生き抜けているのか。
それは、彼女が母であるアラミ=アプダークに生きることを望まれたからに他ならない。
その日、アルカリアは2番目の異母兄からの火の魔術によって片腕を焼かれ、噴水にも逃げ切れずに涙を流しながら土の上を転げまわった日だった。
「いあああっ……あ、あづい!あづい!」
「あははははははっ!いいね!なんて、なんて無様な姿なんだろ!ははははは!」
「殿下、そろそろお時間です」
「はは…………ああ、もうそんな時間か。じゃあ、行こうか」
異母兄は転げまわった彼女を散々嘲笑った後は一瞥もせずに従者を共に去り、アルカリアはそれを確認すると、噴水まで走り腕を浸し、そのまま王宮のゴミ捨て場の1つに向かった。
「ある……かなぁ……」
アルカリアは息も絶え絶えの様子で、ゴミ場の中に潜り込み、片腕で懸命にある物を探していた。
しかし、そこに目当ての物はなく、アルカリアはため息をこぼす。
そこで、アルカリアの耳が複数の足音がこちらに向かっているのを聞き取り、アルカリアは急いでゴミ場の中深くに潜り込み息を潜めた。
「ねぇ、どうしてこんな遠くまで捨てに来ないといけないの?」
「仕方ないじゃない。そういう指示なんだから」
「だからって私たちが捨てに来る必要があるのかしら」
「私もそれは思うけれど、侍女頭直々の指示なんだから仕方ないでしょ」
侍女服を身にまとった2人の若い女性は嫌そうな顔をしながら、ゴミ捨て場に歩いてくる。
その手には木箱が収まっており、それをゴミ山の間から覗いていたアルカリアは目を輝かせた。
(あのはこ!)
彼女たちが手にしている木箱こそ、アルカリアが求めていたものだった。
彼女たちの会話は続く。
「でも、どうしてそんなものをここに捨てるのかしらね?」
「そういえば、私その中身知らないのよね。何が入っているの?」
「ええ?知らないで持ってたの、貴女。それは薬箱よ。ほら、奴隷が使う」
「え!あの粗悪品と消費期限切れの古いのばかりが入っているってやつ?これがそうなの?」
「そうよ」
「なんでそんなものを侍女頭が持ってるのかしら?」
「さあ?」
そんな会話を続けながらゴミ場に着くと、2人は顔を更に顰める。
「臭いが酷すぎてこれ以上近づけないわ」
「そうね、もうここに置けばいいんじゃない」
侍女2人は薬箱をゴミ場の前に置くと足早に去っていった。
アルカリアは彼女たちの足音を耳で追い、完全に聞こえなくなるのを確認してゴミ場から這い出て、捨て置かれた薬箱へと近づく。
「よかった……これでうごくようになる」
アルカリアはその場で薬箱を開けると、橙色の液体の入った瓶を取り出した。
その瓶の蓋を片腕と足を使って器用に開けたアルカリアは服の上着の裾を自分の口まで運ぶと、薬を異母兄に焼かれた腕へ少しずつかけ始める。
「ん――――――――っ」
薬をかけられた腕から火傷の跡が引いていくと同時に、その代償のようにアルカリアに激痛が走る。
もし、服の裾を噛んでいなければ、食いしばったことにより歯が欠けていたことだろう。
この国で奴隷というのは使い捨てのような立場である。
しかし、王宮で使われる奴隷は奴隷商や貴族などが王宮用に育てた奴隷のため、金と時間がかけられている。
故に彼らは使い捨てにならず、最低限の食事や薬などを与えられるのが許されている。
アルカリアが使用したのは、この奴隷たちの薬の1つ、火傷に振りかける液体薬だ。
最低限の効き目しかなく、その上で数的かければ大人の奴隷でさえ気絶するほどの激痛が走る。
これをアルカリアはひと瓶丸々振りかけた。
「ぐぅ――――っ!」
その間アルカリアは口の端から涎を流しながら、服の裾を噛みしめ、大きく目を見開いて涙を流した。
しかし、ひと瓶振りかけた効果はあり、火傷によって動かなくなっていた腕が跡は残っているものの動くようになった。
「……うん、うごく」
アルカリアは火傷跡が残る腕の動きを確認すると薬箱を片付けて抱え、物置まで走っていく。
ちらりと持っている薬箱を見ると小さく呟いた。
「……1本多い!」
その小さな呟きは誰の耳にも入ることなかった。
そんなアルカリアの様子をとある宮の部屋の中から魔道具を使って見ている者がいた。
第四側妃アラミの侍女頭ニカエラである。
彼女は満足そうに頷くと自身の主人に声をかけた。
「アラミ様、今日もアレは死ぬことなく生きております」
「そう」
赤い布に黄色の花が刺繍であしらわれた美しいソファに腰かけ、同じ黄色の花の刺繍が美しいクッションに体を預けて本を読んでいたアラミは、ニカエラの言葉に顔を上げた。
「アレは今日も苦しんでいた?」
「はい」
艶やかな黒髪を揺らしながら小首をかしげて尋ねるアラミの様子はとても1児の母とは思えないほどに若い。
現に彼女は20歳にもなって間もなく、肌も瑞々しく儚く幼げな顔立ちから実年齢に見られることは少ない。
「ふふっ、アレは生きていないといけないわ」
「はい」
「だけれど、アレは本来なら生まれていけない、生きていることすら烏滸がましい存在。そうでしょう?ニカエラ」
「仰る通りでございます」
「あの男と私の間に子が出来るなど……!」
「アラミ様!ご冷静に!部屋には私しかおりませんが、どこに耳があるかわかりません」
「私の夫たるは愛しいあの方のみ」
「アラミ様……!」
「愛しいあの方との間に生まれる子だけが私の子……!」
「……」
儚げな印象からは想像もできないほど苦々しく顔を歪めて吐かれる言葉はまるで呪詛のように禍々しく部屋に響いた。
「アレは私の子などではないわ。許されぬ存在、存在が罪」
「……」
「だからこそ、アレは私に償わなければならない。ねえ?ニカエラ」
「はい、アラミ様」
「だからこそ、アレはあの男を罰する存在として生き、あの男の魔の手から私を守り抜く存在として生きねばならない。そして、その間アレが一度でも幸せを感じることなどあってはならないの」
「仰る通りでございます」
「そうでしょう?だからね、ニカエラ、アレが死なぬよう、けれど決して幸せなど感じることがないように生かし続けてね」
「承知しております。アラミ様」
侍女頭の返事に返したアラミの微笑みは、まるで汚れたものなど何も知らないような無邪気な少女のようであった。
第四側妃アラミの生家、アプダーク家はグオロスから十代前の王のご落胤が闇属性の膨大な魔力によって数多の功績を築き、その血筋から伯爵に叙爵された家である。今でも魔力量と属性が脈々と受け継がれており、今もアプダーク家の直系は豊富な闇属性魔力を持つ者ばかり、アラミもその例外ではなかった。
故に国王グオロスに目を付けられた。
アラミ=アプダークは心を通わせた婚約者がおり、時が経てば幸せな花嫁となるはずだった。
しかし王命によりそれは叶わない未来となった。
アラミの婚約者への愛は深すぎた。
アラミは国王グオロスを恨まずにはいられなかった。
アラミは自分の腹の中で育ち生まれた娘を憎悪せずにはいられなかった。
アラミにとって娘は婚約者を裏切った証であり、自分を不幸にする罪深い存在、それだけであった。
アルカリアを産んだ日、アラミは生まれたばかりの娘に呪いをかけた。
呪いにより、アルカリアは魔力を封印され、儀式でも魔力なしと判定された。
神官も気づかないほどに秀逸な呪い、知っているものがいれば「さすがはアプダーク家の娘」と褒め称えたことだろう。
アラミは産んだ娘を呪うことで、国王グオロスを魔力なしを子に持つ王とした。
そして、王の顔に泥を塗ったことで、闇属性で魔力の多い子を産むという自身の価値も消し飛ばすことに成功した。
アラミはこれで二度と国王グオロスが自身に子どもを産ませようとしないだろうことに安堵し、事実、国王グオロスはアラミのもとに通うことはなくなった。
しかし、アラミの計画はまだ終わらない。
この計画の要はアルカリアだ。
アルカリアが生きていることが必要だった。
人は死んだ人間をふと思い出すことはあっても、常に覚えている者は少数ではないだろうか……だからこそアルカリアは死んではいけなかった。
もし、アルカリアが死んでしまえば、人々の話題にも上がらず、国王グオロスにとっても忌々しい記憶の欠片としてふと思い出すだけの存在へとなり下がってしまう。
しかし、生きていれば日々誰かがアルカリアの話をし、忘れられることはない。
「いやだわ、汚らしい。あれが王家の血を引くなんて」
王宮の使用人が話題にした。
「陛下の御世にアルカリア王女のような不吉な存在がいるなんてな」
「おお、なぜ神はアルカリア王女のような存在を生み出されたのか」
貴族や神官でさえも噂にその名前を出した。
「おい、聞いたか」
「なんだよ?」
「魔力なしの王女様がいるんだってよ」
「魔力なし?そんなのが生まれるなんて今の王様は呪われているんじゃねえのか?」
民間にもその名は流れた。
どこかでアルカリアは話題にされた。
だからこそ、第四側妃アラミはアルカリアを最低限生かした。
使用人に物置の周りで生えている雑草の知識を喋らせたり、傷や火傷に効く古い薬をアルカリアの前で捨てるよう指示をだした。
故にぎりぎりで生かし、時には彼女がもがき苦しむ様を侍女ニカエラから聞いては恍惚の笑みを浮かべた。
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