第一王女ミリアリア②
アルカリアが気配を消してその場に着くと、多くの奴隷たちが倒れ、モイブは涙や冷や汗などを流して必死にアリオスに弁明している状況だった。
アルカリアはまだ誰も死んでいない状況であることに、ほっと息を吐き、すぐに近くに身を潜め様子を伺う。
「このような者たちを殿下のお目に触れさせてしまい申し訳ございません!この者たちが私の命を聞かずにこの場に立ち入ってしまったのです!」
「貴様殿下に直接話しかけるなど!」
「ヒィッ!」
「いいよ。折角だし聞いてやる」
「しかし……」
「なに?僕に意見するの?」
「い、いえ!とんでもございません」
必死になりすぎて、直接アリオスに話しかけるという愚行を犯したモイブを許す発言をするアリオスにお付きの騎士が苦言を呈そうとしたが、アリオスの氷のような冷たい目と声を前に意見を翻した。
その様子にアリオスは満足そうに頷くと、モイブに話しかけた。
「それで?こいつら勝手に此処に入っちゃったの?」
「は、はい!わ、私は別の場所を指示していたにも関わらず勝手をする奴らで!これだから奴隷は困ります!」
「ふーん、大変だったんだね」
「は、はい!」
(くそっ!まさかこんなことになるなんて!)
実のところ、この区域がモイブたちの担当でないことは事実だ。
しかし、奴隷たちが管理者の意に沿わない行動など取るわけがない。
ましてや、奴隷を物のように扱い、命令に背けばすぐに折檻を行うような男の下にいる奴隷たちである。
では、モイブはなぜこの区域にいたのか。
ここが上級貴族たちの目につきやすい場所であり、クーザレの担当区域だからだ。
モイブは先にここの電灯作業を行い、クーザレには無駄足を踏ませた後、モイブの担当区域をやらせる。
その上で、此処での作業にわざと不手際を残し、それをクーザレの不手際として上司に密告する予定だったのだ。
つまり、モイブたちがいなければアリオスの餌食になっていたのはクーザレであり、アルカリアも奴隷たちとの秘事が露見していたことだろう。
クーザレにとっては思わぬ幸運であり、モイブにとっては思わぬ不運というよりは因果応報であった。
アルカリアは身を潜めながら、モイブとアリオスの会話を複雑そうに聞いていた。
アルカリアがクーザレたちの所にきて1年になる。
1年もあれば、モイブのクーザレへの言動だって予測を立てられるようになる。
しかも、アルカリアはこの区域の担当がクーザレであることを知っている。
(くーざれがたんとうしているからいやがらせにきて、ぐうぜんありおすさまにみつかった……のかな)
結果、大正解の推測を立てていた。
(あれ?あっちから……)
アルカリアはその推測から意識を目の前の状況と周りの環境に移し、あることに気が付いた。
一方アリオスはモイブが話している内容などどうでもよかった。
何故なら、彼は奴隷がいることを知っていて此処に来たのである。
クーザレの推測通りに、彼は憂さ晴らしに来ていたのだ。
この男が何を言おうとも、この男の未来は変わらない。
アリオスの玩具として蹂躙されるだけなのだ。
しかし、目の前のこの男は言葉を続ければ助かると思っている。
変わらぬ未来のために無駄に言葉を連ねる惨めな男の姿が心の底から愉快で仕方なかった。
(でも、そろそろ飽きてきたな。こいつ同じ話しかしないし)
ニコニコと笑っていた表情が一瞬で詰まらそうなものに変わり、それを真正面からみたモイブの喉は嫌な音を立てた。
「お前の話はつまらないなぁ」
「え……あ……」
「それにしてもお前、まさか本当に許されると思っていたの?」
「え?」
「まあ、この王宮の役人とはいえ、所詮は奴隷を管理するしか能がないような奴だもんね」
「……」
「あのさ、どうでもいいんだよ。」
「え」
「お前が指示を出したかどうかなんて関係ないんだよ。この国で最も尊き血筋たる、このゼロリアド王国第二王子アリオスの前に汚らしい奴隷を晒した。これはね、死をもって償うべき罪なんだよ。身分が低い奴はこんなこともわからないなんて哀れだよね」
「……そ、そんな」
「何?この僕の言うことが間違っているとでもいう気?」
「い、いえ」
「だよね。でも、ふ、ふふふ、それにしてもお前滑稽だったよね!自分は助かると勘違いしちゃって馬鹿みたいに喋って!」
「……」
「よく喋るから面白い話でもするのかと思ったらつまんない話ばっかり」
「……」
「ふふふ、お前生きている価値ないよ。よかったね、そんな無価値のお前をこの僕が殺してあげるんだ!光栄だろう?感謝しなよ」
アリオスが話せば話すほど、モイブの顔から血の気が引いていくのが、アルカリアの所からも見ることが出来た。
アルカリアはその姿を目に収めながら、次の自分の行動を決めかねていた。
(どうしよう……あのひとたちはだれなんだろう?)
自分ひとりの問題ならいくら相手がモイブでもアルカリアは飛び出していったかもしれない。
しかし、今飛び出せばクーザレたちに危機が及ぶ可能性をアルカリアは理解していた。
アルカリアは動けなかった。
「さぁ!そろそろ、お前も、そこの奴隷たちも処刑といこう!」
「ヒィ!」
「「「「「……」」」」」
アリオスの一言に喉を引きつらせるモイブとすでに諦めて倒れたまま瞼すら開かない奴隷たち。
アリオスの従者は騎士も何も言わずに楽しそうに口の端を上げている。
これ以上見ていられず飛び出そうと思ったその瞬間。
「何をしているのかしらアリオス」
女性らしい清らかさの中に厳かで芯を感じさせる声がアルカリアの耳を打った。
身を潜ませたまま、その声の持ち主を見ようと声のした方へ目を向けたアルカリアは言葉を失った。
まるで空に浮かぶ月の光をそのまま集めたような美しい銀色の髪に、夜から朝にかけての空の色をそのまま映したかのような藍色の瞳、透き通るように白い肌に薄紅色の薄い唇。
瞳の色に合わせたような藍色の薔薇の刺繍が美しいドレスを身に纏い、薄紅色の美しい扇子を手にした美しい少女の上品で毅然とした佇まいにアルカリアは声を失った。
その美しい少女は後ろに自身の侍女や騎士を従えながらアリオスのもとへと歩き出す。
カツ……カツ……カツ……カツ
一定のリズムを刻んだヒールの音がアリオスへと近づいていく。
「これはこれは……どうしてこちらにいらっしゃるんです?ミリアリア姉上」
アリオスは口元を引くつかせながら、姉であり、正妃が生んだ唯一の子ども、ゼロリアド王国第一王女ミリアリアに言葉をかけた。
アリオスの言葉を聞いた瞬間、アルカリアは一瞬息が止まった。
(あのひとがみりありあさま!あのう゛ぁいおりんのひと!)
目の前に現れた憧れの人の登場にアルカリアはひっそりと喜んだ。
そんなアルカリアの状況など誰も知るわけがなく、会話は進む。
「どうして……ねぇ。不思議なことを聞くのねアリオス。では聞くけれど、貴方はどうしてここにいるのかしら?貴方今、地理学の時間じゃなくて?」
「いえ、教師が急に休みを取りまして」
「あら、不思議ね。私、書庫で教師の方をお見掛けしましたのよ。なんでも、急にお休みを言い渡されたからとか」
「!」
アリオスとアルカリアの間には冷たい空気が流れ、目で人が殺せるならお互いを殺しあっているだろうと思えるほどの睨み合いが続く。
「まあ、貴方が地理学をおろそかにしようとそんなことはよろしいのだけれど」
「…………」
「ねえ、アリオス。貴方、今何をしようとしていたの?」
「…………」
「アリオス」
氷のように冷たい声がミリアリアの口から発せられ、目からも相手への侮蔑しか感じない。
アリオスは睨みあっていた目をそらすと肩を揺らして笑う。
「いやね、此処にいる者たちの不敬だったから懲らしめていたんですよ」
「懲らしめて?」
「そうですよ?奴隷ごときが王族たるこの僕の前に姿を見せるなんて不敬以外の何物でもないじゃないですか」
「……」
「これはこの奴隷たちの管理者らしくて。管理不行き届きですし」
「そうね、奴隷が王族の前に姿を現すのは不敬だわ」
「でしょう!」
成り行きを見守っていたモイブと奴隷たちだったが、やはり殺されるのかと体を震わせ、潜んでみていたアルカリアはただじっと成り行きを見続ける。
ミリアリアは持っている扇子を広げ自身の口元を隠し告げた。
「此処が彼らの仕事場でなければね」
一瞬でその場の空気が更に冷たいものへと変化する。
「……は?」
「あなた考えもしなかったの?いつもは使われていないこの区域になぜ奴隷たちがいるのか。どうせ、どこかで奴隷たちの姿でも見つけて甚振るために追いかけてきたのでしょう。本当に仕方のない子ですこと」
「なに……?」
「お前もお前の周りも愚か者ばかりで、いっそ哀れというものね」
「な!?」
「此処はね明日急遽来られる方のために整えている最中なの」
「はっ、そんな話聞いてない。嘘が下手ですね、姉上」
「嘘だと思いたければそうすればいいわ。でも……」
「でも?なんです?」
「私の言ったことが本当だった場合、お咎めをうけるのは貴方」
「なんで僕が!?」
「そんなことも分からならないのかしら?当然でしょう。貴方は故意にこの区域での作業を邪魔したのよ、場を整えようとなされた陛下への妨害行為に他ならないでしょう」
「な……な……」
アリオスは思いもよらなかったのか、大きく目を開き固まっている。
彼の周りの人間も知らなかった事実に動揺を隠せてはいなかった。
取り乱すアリオス陣営を冷ややかに見つめるミリアリア陣営。
この場の支配者が決まった。
「それで?アリオス、先ほど処刑なんて言葉が聞こえたのだけれど、私の聞き間違いかしら」
「そ、それは……」
「もう一度言うけれど、彼らの此処での作業は、陛下が望まれた作業といって過言ではないわ」
「…………」
「その作業中にその奴隷たちを処刑して、作業が遅れれば……陛下のお怒りは必須というものね」
「それで、アリオス?私聞き間違いをしてしまったのかしら?」
「…………」
「アリオス?」
「ええ、聞き間違いですよ、姉上。僕は処刑なんて言っていません」
「ああ、よかった!そうよね、アリオス。私の聞き間違いよね」
「ええ、そうですよ、聞き間違いです」
「そうよね。私ったら聞き間違うなんて……ごめんなさいね?アリオス」
「いいえ、姉上」
謝っているのはミリアリアの方だ。
しかし、その場にいた者は皆わかっている。
満足そうに扇子を仰ぐミリアリアと悔しそうに肩を震わせるアリオス。
この場の勝者は一目瞭然だった。
「で、では姉上。僕はこれで」
「あら、もう行くの?」
「ええ」
「そう。ああ、もしこの後暇なら書庫にいって地理学を学んでは?まだ教師の方もいらっしゃるんじゃないかしら?」
「そ、そうですね……」
怒りに肩を震わせ、今にも目で射殺せんばかりにミリアリアを睨みつけたアリオスは踵を返して場を去っていった。
場の空気に呑まれてじっと様子を伺うだけだった奴隷たちは自分たちの命がかろうじて繋がったことを理解し、静かに喜んだ。
モイブはあわよくば、召抱えてもらえないかという下心を抱えて、ミリアリアに感謝の意を伝えようとしたが、傍に仕えていた騎士に睨まれ口をつぐんだ。
ミリアリアはそんなモイブと奴隷たちにチラリと目を向けるが、すぐに踵を返す。
しかし、奴隷たちは小さい声を聞き取っていた。
「励みなさい」
奴隷たちはミリアリアの姿が見えなくなるまで頭を下げた。
だが、モイブは騎士に睨まれていることに意識がいき、ミリアリアの言葉に気づくことはなかった。
その後、モイブはアリオスが戻ってくるかもしれない恐怖に耐えられず、この場での作業を取りやめ、元々決められていた区域に奴隷を引き連れ戻っていった。
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