奴隷管理者クーザレ=ピアデ
ふふっとアルカリアは小さく笑う。
ゴシッゴシッ、ジャブジャブ、ゴシッゴシッ
「どうしたんです?思い出し笑いですかぁ?」
「ふたりとであったひのことおもいだしてた」
「おや懐かしいことを思い出しましたねぇ、もう1年くらい前ですかぁ?あの日は刺激的でしたねぇ」
「だな。まさかお嬢さんが俺らに教えを乞うとは思いもしなかったぜ」
「お、なんだ1年前の話か?」
「あの日は驚いただ」
「ほんとだよな。レドもクットスも死んじまったと思ったらお嬢さん連れて帰ってくるしな」
「あの日は…………驚いたな」
ゴシッゴシッ、ジャブジャブ、ゴシッゴシッ
洗濯の手をやめることはないが、話題の所為だろうか、いつもなら話に入ってこない者も会話に入ってくる。
「お前たち……黙って仕事しろ」
その様子を管理者が低い声で咎める。
「「「「「はい」」」」」
奴隷たちは一斉に黙して洗濯に集中する。
(1年前か……)
その様子を監視しながら、奴隷たちの管理者の1人、クーザレ=ピアデは1年前の日を思い出す。
その日、クーザレの心の内は荒れていた。
クーザレが少し目を離した隙に管理していた奴隷が2名消えていたからだ。
(モイブのやつ!なんてことしやがる!)
モイブとは彼と同じ奴隷管理者の一人でクーザレとは別の奴隷グループの管理を担当している。
彼はクーザレが担当している奴隷グループの実績が高いのを妬み、ことあるごとに嫌がらせをしてくる男だった。
消えた2名の行方を探せばモイブが関係していることはすぐに調べが付いた。
そして、モイブの口から最悪な状況を聞かされたのだ。
「お前の所の使えない奴隷を上級貴族のご子息様の玩具として使ってやったんだ、感謝してほしいくらいだね」
(あのクソ野郎!)
モイブが奴隷を渡した相手、上級貴族のご子息様は奴隷管理者の中では有名で、ゼロリアド王国第二王子であるアリオス殿下の取り巻きの1人だ。
そう、王の子の中でも最も残忍と言われているアリオス=ゼロリアドの取り巻きだ。
元々、この国の者は奴隷を人間と見なす者は少なく、アリオス=ゼロリアドの取り巻きがその少数派に入るわけもなかった。
助かる確率はゼロに等しい状況、クーザレは歯噛みするしかなかった。
クーザレは弱小貴族ピアデ男爵家の四男として生まれた。
痩せた小さな領地しか持たない弱小貴族、しかも男爵家の四男に家での立場も、よい縁談もあるわけがなく、幼い頃から必死に学びやっと勝ち取ったのが今の奴隷管理者の地位だ。
彼の有能さだけを見れば、もっと上の地位が妥当ではあるのだが、ゼロリアド王国は血筋を重んじ、その次に重んじるものが上の者の裁量であるため有能さだけでは上に上がれないのが現状なのだ。
しかし、クーザレに上昇志向はなく、王宮役人としてある程度の給金が約束されていれば問題がなかった。
その上、他の役人が敬遠する奴隷管理者の地位は、彼にとっては望んだ地位そのものだった。
クーザレは弱小とはいえ貴族であり、彼の家族はその意識が強かった。
それ故に四男の彼には何の期待もせず、彼への扱いは家族というより所有物のそれに近かったと言える。
そんな環境の中で、彼が最も親しくなったのは同い年の奴隷の少年だった。
そのため、クーザレには奴隷に対しての意識がこの国の常識とずれており、そのことも本人は自覚していた。
家を出る際に親しくなった奴隷を自分の従者として買い取ったと言えば、彼の意識がこの国の常識と相違していることがわかるというものだろう。
そんなクーザレが管理者をしている奴隷たちを道具のように扱うわけがない。
彼は、他の管理者が休憩を与えずに働かせている中、奴隷たちを人として扱い休憩を与え、体調なども管理して働かせていたのだ。
結果として、きちんとした体調管理により仕事のパフォーマンスは下がることがなく、またクーザレという管理者に恩義を感じた奴隷たちはより一層仕事に励み、良い結果が生まれるという流れが出来たのである。
しかし、この流れが他の奴隷管理者たちには理解できなかった。
結果、クーザレは何かして優秀な奴隷たちの管理を任されたと思い込んでおり、彼の奴隷たちの管理権をよこせと無茶を言っているのである。
しかし奴隷管理者は、奴隷に関わることから王宮の中では敬遠される職、つまり王宮内で底辺の地位と言っていい。
つまり、金もコネもないから者が就く職の代表のような職なのだ。
(それなのにまだ勘違いしてやがって!あのクソガキがうろついてるって知っていれば離れなかったのに!)
今回の件は、たまたま玩具を探して従者もつけずにうろついていた上級貴族のご子息様が迷った挙句に、奴隷たちの職場に足を向け、モイブに声をかけてしまったのが事の発端だ。
その場にクーザレがいなかったため、クーザレが管理している奴隷を引き渡しても咎めるものがいなかったのだ。
(くそモイブが!もしあいつらが殺されたなんてことになったら)
クーザレは入ってまだ3日しか経っていない奴隷2人を思って歯噛みした。
彼の他の管理している奴隷たちも彼らを思ってか、仕事中の顔が暗い。
そんなときだった。
「ここ?」
「そうなんですよぅ、僕たち此処で魔道具に魔力の充電をしていたら、急に連れていかれてしまったんですよね」
「時間的にまだここにいるはずだが」
「いなかったら?」
「その時はそれこそ僕らの住処に行かないといけませんねぇ」
(……は?)
バッ! ダダッ! ガチャッ!
クーザレが勢いよく振り向き、ドアに駆け寄ると勢いよく開けたその先に、先ほどまで生存は絶望的と考えていた奴隷たちがいた。
「…………」
クーザレがドアを開けた格好のまま、呆然と奴隷たちを見つめる。
そんなクーザレの様子に気づいているのかいないのか、奴隷2人が声をかけた。
「あ、クーザレ……じゃなかったクーザレ様、今戻りました」
「クーザレ様、戻りましたぁ」
「お前ら無事……だったのか」
クーザレは呆けたように声をかけた。
「ええ、アルカリア様のおかげでなんとかぁ」
「ああ、アルカリア様が助けてくれたんだ。な、アルカリア様」
「ん」
クーザレは自分の耳の不調を疑い、今気が付いた自分の目に映っている少女の姿に目の不調を疑ったが、残念ながら不調ではなかった。
「なぜ……こんなところに?」
「いや、これが長い話になるんですけどねぇ」
クットスとレドは今まで何があったのか、クーザレにクソ坊ちゃんから助けられたところから林での出来事まで全て、を説明した。
2人の説明を聞くにつれ、クーザレの顔は蒼褪めていく。
その様子を下から見ていたアルカリアは思わず声をかけた。
「だいじょうぶ?」
「は」
クーザレは心配そうに掛けられた声に驚き声のした方に目を向けた。
「だいじょうぶ?」
心配そうに自分を見上げるアルカリアの様子に思わず声を失うクーザレ。
無理もないだろう、彼は弱小貴族の四男。
たとえ、それが忌み嫌われている魔力なしであろうとも、彼にとってはそんなことは関係なく彼女は王族、この国で最も尊き血筋を持つ方なのだ。
緊張で声を出せなくなるのも道理といえた。
「申し訳……ありません、アルカリア様。ご無礼……致しました」
「え」
片膝をついて無礼を詫びるクーザレの姿にアルカリアが目を丸くし、どうしたらよいか分からず一歩後ずさった。
しかし、王女を目の前に内心取り乱しているクーザレは気づかない。
「私が管理しております奴隷たちを助けてくださいましたこと感謝申し上げます」
「う、うん」
「しかも、お手持ちの薬草までくださり……その上、あの迷いの林にまでお連れいただいたと」
「……う、うん」
「この者たちが今、生きて立っているのも……アルカリア様のおかげです。繰り返しですが、心より感謝申し上げます」
「…………う、うん」
アルカリアが只管頷くだけになっていることにクーザレは気づかない。
「誠……」
「あー、クーザレ様」
「……なんだ?レド」
「そこまでにした方がいいんじゃないか?困ってるみたいだぞアルカリア様」
「え」
クーザレが驚き顔を上げると目をキョドキョドとさせているアルカリアの姿が。
その姿に謝罪を口にしようとしたクーザレよりも前にアルカリアの口が開いた。
「あ、あの……おれい、もらうから、だいじょうぶ」
「……お礼ですか?」
「そう。ここのひとたちにいっぱいおしえてもらう」
「はぁ……なるほど。此処の者たち教えてもら……?」
クーザレは自分の耳が悪くなったのかと、思い聞き直した。
「申し訳ありません、アルカリア様」
「ん?」
「今ここの者に教えてもらうと」
「うん。ここのひとたち、いろいろなこといっぱいしっているんでしょう?」
「は……」
「さいしょはくっとすとれどだけにおしえてっていったんだけど、せっかくならここにいるひとみんなにおしえてもらえばいいって。みんなものしりだって、くっとすが」
「クットス!」
クーザレは立ち上がるとすぐにクットスの肩を掴み、部屋の片隅に連れて行く。
「お前……何考えているんだ!」
「いやぁ、だってお知りになりたいって仰いますしぃ」
「だからといって!」
「あの方、私たちにポーション渡そうとしたんですよぅ」
「は?ポーション?」
「そうですよぅ、自分は血を流すことが少ないからって。血は流さなくても火傷も、打撲も、骨を折ったことだあったでしょうにぃ。なのに私たちに使えっていうんですよぅ」
「それは……」
「恐ろしいほどのお人よし。早死にするタイプ」
「……」
「って思うでしょう?私も最初そう思ったんですけどねぇ」
「ん?」
「その後、あの方私がお礼をしたいって申し上げたらねぇ、薬学を教えろっていうんですよ」
「ああ、だが」
「しかもその後、薬学だけじゃなく知っていること、教えられること全部教えろっていうんですよぅ」
「……」
「しかも、その時の目がねぇ……すごかったんですよぅ」
「目?」
「はい、まるで黒い炎が目の中で燃え上がっているような、ギラギラとした目で!あれはさながら獲物に飛び掛かる数秒前の捕食者って感じですかねぇ」
「……」
クーザレは後ろを振り向き、レドと話しているアルカリアをちらりと見る。
「あのような小さな少女がか?」
「そうですよ。その上あの方奴隷たちの住処までご存じなんですよ?しかも最短距離も遠回りの道も全部頭に入ってるみたいでぇ」
「は?嘘だろ?」
「本当ですよぅ。あの方はね、ちゃーんとご存じなんですよ」
「なにを」
「知ることが自分の武器になることをですよ」
「……」
「あの方は5歳とは思えぬほど聡明です。恐らくそうならざる負えなかったのでしょう」
「ああ」
「あの方の年齢なら諦めてただの人形になることだってありえたでしょう。でもそうはならずにずっと戦っていらっしゃる」
「……」
「クーザレ、私もレドもねぇ、気に入ってしまったんですよぅ」
「……はぁ」
クーザレはため息を1つ吐くと、クットスの肩から手を放しアルカリアの元に向かう。
その途中、レドに目で睨みつけるもレドはそれに口の端を上げて答えるのみ。
(まあ、あんたも一緒ってことだよな)
クーザレはもう一度ため息を吐くと、膝をつきアルカリアに目線を合わせた。
「アルカリア様」
向けられた目が真剣なものであることを感じ取ったアルカリアもじっとその目を見つめ返す。
クーザレはその目に燃え上がる黒い炎を見た。
(なるほど、この目か)
クーザレ本人でさえ気づかずに、口端が上がり笑みを形作ったの。
それに気が付いたのはアルカリアと彼女の隣にいたルドだけだろう。
「先程は突然席を立ちましたことお許しください」
「う、うん」
「アルカリア様は此処の者たちの知識を全て得たい……そう思われているということでお間違いないですね?」
「うん!」
「此処にいる者たちは奴隷ですよ。奴隷に教えを乞うことになりますが」
「そんなのかんけいない。わたしはぜんぶおしえてほしい」
アルカリアの目の中の炎が更に燃え上がり、輝きが増す。
その美しさにクーザレは思わず息を呑む。
(これはあの2人が気に入るわけだな)
「承知致しました」
こうして、アルカアリアは奴隷たちに様々なことを教わることのできる環境を手に入れた。
(まあ、あの後、命を救われたレドとクットスはまだしも、他の奴隷たちは対価が必要だから奴隷の仕事を手伝うってアルカリア様が言い出した時はどうしようかと思ったが……)
(他の管理者たちは奴隷の数なんか数えんからバレんし、器用だから仕事は任せられてその分早く終わる)
(奴隷たちに交じることで、アリオス殿下や悪辣な使用人からアルカリア様を守る隠れ蓑にもなる。その一環としてアルカリア様を「お嬢さん」呼びするのすっかり慣れたようだし、俺も言葉遣い砕けちまったしな)
1年前の出来事をつらつらと思い出していたクーザレだが、奴隷たちの仕事が終わる様子を確認して声をかけた。
「お前たち、それが終わったら小休憩だ」
「「「「「はい」」」」」
「あ、お嬢さん、さっきの話してた中和剤について今教えてあげますよぅ」
「ありがとう」
「おい、仕事が終わったら俺との鍛錬だからな」
「え?」
「おい、レド。お前は昨日担当してただろ。今日は俺」
「は?何やるんだよ」
「いざというとき使える、泥棒の基本テクニックをだな」
「どろぼう?」
「「「「は?」」」」
(奴隷たちの清涼剤にもなってもらえるしで悪くはないんだよな)
クーザレは奴隷たちとアルカリアのやり取りを呆れたように笑って眺めた。
お読み頂きありがとうございました。




