奴隷たちとの出会い③
男は暫く呆然としていたが、もうどうすることもできないと悟るとそのまま地面に座り込む。
そして、自分が運んだ男の方を見つてみたが目を覚ます様子もないため、周りを見回し驚愕した。
「なんだここ……魔力草だらけじゃないか」
男は近くに生えている魔力草を千切っては口に入れていく。
「助かった。魔力さえ戻れば自分で回復することもできそうだ」
男が近くに魔力草を千切っては食べ、千切っては食べをしていると運ばれた男が目覚めた。
「レド……?」
「あ!気が付いたかクットス!まだ起き上がるな、お前は傷だらけなんだぞ」
「私のことはいいんですよぅ。それよりもレド、怪我は?」
「あー、あの場で無傷は難しくてだな」
「……私が先に倒れたばかりに」
「何言ってんだ!お前が庇ってくれたから俺はこれで済んでるんだろ」
「……」
「大丈夫だ!薬草も貼ってあるしな」
「薬草?そういえば私にも……これはレド、君が?」
「いや、別の者が助けてくれてな」
「別の者?」
男……レドと呼ばれた男は、倒れていた男……クットスに今まで何があったのか説明した。
「じゃあ、その少女が私たちを助けて、薬草までくれて此処まで連れてきてくれたっていうんですかぁ?」
クットスは魔力草を口に入れながらレドに尋ねた。
「ああ、そうだ」
「こんなところでそんなことをしてくれる方がいるとはねぇ、しかも王宮の林にねぇ」
「なんだ?」
「ねぇ、レド、君その少女の見た目もう1回言ってみてくれませんか?」
「?ああいいぞ。黒髪黒目の少女?で、ボロボロの奴隷服を着て、背は俺の膝くらいじゃないか?」
「で、君はその子をどこの誰だと思っているんですぅ?」
「誰って……奴隷服着てたんだぞ?見るからにガリガリだったし、奴隷だろ?」
「……はあ」
「な、なんだよ」
レドはあからさまなため息を吐くクットスに、眉間にしわを寄せ口をへの字にして不満を伝える。
「あのねぇ、レド。子どもの、しかも黒髪の奴隷なんて少なくともこの王宮にはいないんですよ。それはね、アルカリア様ですよ」
「あ?」
「アルカリア=ゼロリアド様。君だって知っているでしょう?魔力なしで生まれたが故にいらぬ子とされた哀れな王女様ですよぅ」
「……は?あれが?」
「おそらくですけどねぇ、じゃないと此処で迷わないはずありませんよ」
「?」
「どうもねぇ、この林、王族だけが迷わないようになっているらしいんですよ」
「なんだと?どこ情報だそれ」
「内緒ですよ。しかし、君も引きが強いですねぇ」
「いや、しかし、あいつが王女?まったく見えなかったが」
「わたしもじぶんがおうじょだっておもえない」
「そうだろう、そうだろう、あんなみすぼらしいとな」
「うん、ほかのおうじょさまみたいにきらきらしてないし」
「そうだよな!」
「……レド、隣を見てください」
「あ?」
レドが隣を見るとアルカリアが膝を抱えて座っていた。
「……」
「……」
見つめ合うレドとアルカリア。
「うおおおお!?」
ゴンッ
驚きで後ずさりそのまま後ろの木に後頭部をぶつけるレドを見て、アルカリアは首を傾げた。
「おもったよりげんき?」
「あ?」
「あなたもげんきそう?」
「おや」
レドは痛む後頭部を抑えながらアルカリアに目を向け、クットスは作り笑いをアルカリアに向けた。
「しにそうじゃない、よかった」
アルカリアは微かに微笑む。
それを見てレドもクットスも目を見開く。
そんな2人の様子など気にする風もなく、アルカリアは持っていたものを2人に渡した。
「でも、これつかって」
それはポーションだった。
しかも、それは奴隷が使うことを唯一許されている最下級ポーション……ではなく、下級ポーションだった。
彼女がゴミ場で拾う薬箱の中で時々しか入っていない、増えている1本だ。
レドはそのポーションを彼女が渡す意味を分かっていなかったが、クットスにはわかっていた。
奴隷として王宮に来ることを決めてから情報収集を怠ったことはない。
だからこそ、わからなかった。
このポーションは間違いなく彼女の数少ない命綱の1つ……それをレドとクットスに渡そうとする意味が分からなかった。
「……おや、お気持ちは嬉しいですが、なぜこれを私たちに?これは貴女の数少ない命綱の1つではぁ?」
「……いのちづな?よく、わからないけど、これをきずにかければなおるとおもうからあげる」
「これはご自分が怪我をなされたときに、お使いになるべきものでしょうよぅ」
「?じぶんにかけたよ」
「いえ、だから、今日だけでなく」
「わたしはちをいっぱいださないから」
「ん?」
「わからないけど、みんなわたしがちをいっぱいださないようにいたいことするからぽーしょんはそんなにいらない、だからつかって」
「それは……」
(確かに彼女は殺さないように生かされている。けど、彼女の場合それは死ななければいくらでも痛めつけていいと同義でしょうに)
クットスは愕然とした。
5歳の虐げられた少女の自己犠牲すら伴ってしまう善性に。
レドは驚愕した。
最初はわからなかったが、クットスとアルカリアの会話を聞いていれば察しはつくというものだ。
だからこそ、会って間もない相手のために、それも奴隷の為に数少ないポーションをわざわざ取りに行って戻ってきたアルカリアの行動に驚愕した。
レドとクットスは同時に思った。
((これはダメだ))
(この子は誰かの為なら簡単に死んでしまいますよぅ)
(こいつは誰かの為ならとあっという間に騙されて食いものにされちまう)
「……なに?」
黒髪の幼く体の発達も未熟な少女が小首を傾げる。
((俺が/私が守らなくては))
……2人の奴隷たちから警戒の壁が消え、庇護欲が芽生えた瞬間だった。
「あ~、アルカリア様」
「…………」
アルカリアは目をパチパチと瞬きするばかりでクットスの声掛けには答えない。
「おや?アルカリア様?」
「……あ、それわたしのなまえ?」
「は」
「そうだった、わたしあるかりあだった。ふふっ、なまえよんでもらうのひさしぶり」
「「……」」
「ん?どうしたの?」
声をかけたクットスもそれを見ていたレドも、自分の名前を呼ばれたことに対して顔を嬉しそうに綻ばせたアルカリアに絶句し、アルカリアはそんな2人の様子に首を傾げた。
クットスはハッとした顔し、元々伝えようとした言葉を続けた。
「アルカリア様、やはりそのポーションはご自身でお使いください」
「え、だから」
「私たちは此処に生えている魔力草のおかげで自身を回復することができたから大丈夫なんですよぅ」
「……まりょくそう?」
「ええ、此処に生えているこの草、ズック草は通称を魔力草と言いいましてねぇ、食べると魔力を回復することが出来るんですよ」
「そんなくさがあるの?」
「おや、お疑いで?私はこれでも元は薬師の端くれでしてね。他のことはどうあれ、薬学について嘘はつかないんですよぅ」
「やくがく?」
「こういう薬草などを使ってお薬を作るための知識のことですよぅ」
クットスはそう言って、先がほんのり赤く色づいた小さな葉が3枚1組になっている草を千切ると口の中に入れてアルカリアに笑いかけ、アルカリアはそれをじっと見つめる。
「俺たちは少しだが回復の魔術が使えるからな、もらった薬草も効いてるし、後は魔力さえあればなんとかなるんだよ」
「そう……なの?」
「ええ、王宮で回復が使える奴隷は皆、傷を作ったら休憩や夜に仕事で使った魔力を回復して傷を治すんですよぅ」
「まあ、あのお貴族のクソ坊ちゃまは、魔力が切れた奴隷を狙って的にしやがったから、回復出来なかったんだがな」
胸の前で腕を組んだレドがふんっと鼻を鳴らす。
「そう……なんだ。じゃあ、ぽーしょんいらない?」
「ええ、どうぞ、それはアルカリア様が大事にお使いください」
「……ん」
アルカリアは少し不満そうにしながらもポーションを持ってきた薬箱へ戻した。
「ん?あんた、それ薬箱ごと持ってきたのか」
「ん。これないとぽーしょんわれちゃう」
「ああ、なるほど。王宮の薬箱は振動軽減の魔術が付与されているものですからねぇ」
「あ?そうなのか」
「……そうなんだ」
「は?あんた知らなかったのか?」
「ん。なんかいれたほうがわれにくいとおもってただけ」
「ほう?いや中々の観察力ですねぇ」
(……その結論にたどり着くまでにどれくらいポーションを落とされたりしたんでしょうねぇ)
クットスは褒められたことが嬉しかったのか口をむにむにさせているアルカリアを如何しても憐憫の目で見ずにはいられなかった。
「じゃあ、もうふたりともうごける?」
「「え?」」
「うごけるならここからでてしようにんしゅくしゃへいく。しゅくしゃのうらがわだよね?すんでいるところ」
「え、ええ」
「ああ」
「?」
アルカリアは2人が何に驚いているかわからず首を傾げたが、2人が驚いているのは当然でもあった。
王族も上級使用人ですら、奴隷がどこで寝泊まりしているか知らないのだ。
奴隷を同じ人間と考えていないため、知るという概念すら持ち合わせていない。
知っているのは奴隷を管理し直接命を下す立場の者たちだけ。
これは何も王宮だけのことではなく、この国の貴族の風習によるものだった。
つまり、奴隷の住処を知っているのは奴隷たち本人と奴隷の管理者たちだけであり、これは奴隷の住居を知っている者は極端に少ないことと同義だ。
それをアルカリアがさも当然のように知っている。
それに2人は驚いたのだった。
しかし、アルカリアにしてみれば知っているのは当然だった。
彼女は自分が常に誰かにとっての玩具であり、狙われる的であることを知っている。
故に常にどこに隠れられるか、逃げられるかを考えながら過ごしている。
アルカリアは宮殿の中には入れない。
アルカリアがいけるのは宮殿の外側のみ。
だから、アルカリアは宮殿の外側で自分がわからない場所は無いように心掛けている。
勿論、騎士がいて入れない場所なども多い。
しかしそれはつまり、入れない場所以外はすべて確認済みということだ。
本人に自覚はなく、周りも知りえない事実だが、王宮の中で、宮殿外を一番知り尽くしているのはアルカリアだ。
いつでも逃げられるように、逃げ切れるように、隠れられるように、彼女の日常は一瞬の隙で壊されるからこそ……彼女は常に万全を期すよう動く。
「まさか私たちの寝床をご存じとはねぇ」
「?」
「いえ、こちらの話ですよぅ。すみません」
「そう?じゃあ」
「あ、でも、お待ちください」
「ん?」
「いえ、遅くなりましたが、アルカリア様、感謝をお伝えさせていただきたいんです」
「かんしゃ?」
「ええ、私クットスとこちらにいるレドの命をお助けいただき、本当にありがとうございます」
「俺も……ありがとうございます」
「くっとす、れど、ありがとう……ふふふ、くっとす、れど、ありがとう」
2人の頭を下げる姿に驚いた様子のアルカリアだったが、名を知れたことと感謝が嬉しかったのだろう、何度も2人の名前と「ありがとう」をまるで鼻歌を歌っているように呟いた。
そんなアルカリアの様子に胸が撃ち抜かれたような感覚を覚えた、レドとクットス。
しかし、そんなアルカリアの様子に満足していては話は進まないとクットスは話を続けた。
「それでですねぇ、アルカリア様、感謝の印に何かお礼をさせていただきたいんですよぅ」
「おれい?ありがとうもらった」
「え、あ、いえ、言葉だけでなく何か他のこともさせていただきたいわけで」
「ほか?」
「ええ」
「んー?」
アルカリアは首を捻りながら周りを見渡す。
その目にズック草が目に入る。
アルカリアの脳裏に思い出された言葉。
『ええ、此処に生えているこの草、ズック草は通称を魔力草と言いいましてねぇ、食べると魔力を回復することが出来るんですよ』
『おや、お疑いで?私はこれでも元は薬師の端くれでしてね。他のことはどうあれ、薬学について嘘はつかないんですよぅ』
「じゃあ……おしえてほしい」
アルカリアは常に万全を期す。
だからこそ、学べる術も逃がさない。
「やくがく、ぜんぶおしえてほしい」
まるで瞳の中で黒い炎が燃え上がっているかのように、ギラギラと輝くそれにクットスも、レドも圧倒される。
アルカリアは知識が自分の糧になること、それが自分を生かす術になりえることがわかっている。
だから逃がさない。
「でも、やくがくだけじゃなくて、しってること、おしえてもらえること、ぜんぶ、ぜんぶおしえてほしい」
「ねぇ……おしえてくれる?」
笑うアルカリアは獰猛な捕食者そのものだった。
(これはなかなかどうして……)
(こいつとんでもないやつなんじゃ……)
クットスとレドも口を引きつらせながら頷いた。
これが、5歳のアルカリアと彼女の先生となる奴隷たちとの出会いだった。
お読み頂きありがとうございました。




