奴隷たちとの出会い①
その日、アルカリアは薬草園へ向かっていた。
薬草園の周りに生えている雑草の多くは食べられるものだ。
厨房裏の残飯が必ずしも食べられるものとは限らないアルカリアにとってはこの雑草は大切な生命線の1つだ。
いつものように気配を消し、気配を読みながら向かっていると、幾人かの声が聞こえた。
その声の中に異母兄の取り巻きのものがあったため、避けて通ることを考えていたアルカリアだが、1つの呻き声が混じっていたことにより、足を止めた。
(……?)
耳を澄ませたアルカリアは音の中に風を切る音と小さな爆発音が加わり、呻き声が叫び声に変わった。
アルカリアの脳裏に数日前の記憶が過ぎる。
「あはははっ、ほら、魔力なし!逃げないとまた転ぶぞ!」
ブワッ、ズシャッ
「い、いたい」
(つち、くちのなかはいった)
風の魔術の練習だと笑ってアルカリアの背に風の塊をぶつけては転がして楽しんでいた異母兄の取り巻き。
しかし、まだ魔術制御力が拙かったのだろう。
ブワッ、ヒュンヒュン
渦巻く風の塊から鎌鼬のような鋭い風が造り出されていき、爆発。
ボンッ
鎌鼬のように鋭い風が無数に飛び出していく。
ヒュンヒュンッヒュンッヒュンヒュンヒュンッ
無数に飛ばされた風はアルカリアの体の至る所を切りつけた。
シャシャッシャッ
その中でもひと際鋭い風がアルカリアの脇腹を抉る。
ズシャッ
「いっ!いっ……た」
ポタッ、ポタッ
「……あ……あ」
脇腹の傷は深く、服の一部は血で染まり、アルカリアの足元には小さな血だまりができる。
取り巻きは暴発に驚いたのか、暴発したことを恥じたのか、アルカリアから流れる血に驚いたのか、脇腹を押さえるアルカリアを嘲笑うこともせずに走ってその場を去った。
アルカリアはじっとその場で佇んでいたが、取り巻きの後ろ姿見えなくなったことを確信すると動き出した。
「もの……おき」
ハァ、ハァ、ハァ
ゆっくり歩きたいと思いながら、脇腹から流れる血がそれを許さないことを本能的に察していたアルカリアは急ぎ足で物置に向かう。
幸いにも傷を負った場所が物置の近くだったため、物置に入るとすぐに薬箱からポーションを取り出し、えも言えぬ味に苦しみながら半分飲む。
(んーーーーーーー!)
半分は脇腹の傷口に掌を使って直接塗り付けた。
「いーーーーーーーー!」
塗った瞬間の激痛に耐えたおかげか、傷口は小さく残ったものの痛みが残るようなことはなかった。
アルカリアは耳が捉えた風を切る音と爆発音は、以前自分を傷つけたあの取り巻きの風の魔術だ。
(あれをまたひとにやってるの?)
アルカリアは音が聞こえる方に走り出す。
アルカリアには優しくされた記憶はほとんどない。
しかし、ほとんどないはゼロとイコールではない。
例えば、薬草園の周りの食べられる雑草はアルカリアが抜いてから数日後にはまたそこに植えてある。
例えば、物置の近くに生えている雑草が薬草に変わっていることがある。
例えば、厨房裏の残飯の側に千切られたカビの生えていないパンが幾つも落ちている。
例えば、異母兄が近くにいることを独り言で呟いていた人がいる。
例えば、ゴミ場から拾う薬箱の薬が時々1本多く入っている。
とても小さな優しさは、その時だけの気まぐれかもしれないし偶然かもしれない。
しかしそれがどうしたというのだろう。
アルカリアには気まぐれでも、偶然でも関係ない。
アルカリアがそれに幸せを感じたことが重要だ。
幸せに触れた瞬間、誰かが自分を見てくれていると感じることができたこと重要なのだ。
幸せは周り全てから忌避されている彼女にとって奇跡だ。
周りの者たちにすれば、嘲笑われる程に小さな……小さな奇跡だ。
しかし、その小さな奇跡が彼女の心を大きく支え、成長させる。
彼女はその奇跡を忘れない。
だから、彼女には奇跡を起こすことを厭わない。
アルカリアは音がする方に駆け出した。
駆け出してからそこまで時間はかからずに目的の場所に着いたアルカリアは自分の目に映った光景へ息を吞んだ。
大きな声で嘲笑う異母兄の取り巻きの少年、そして体中の切り傷から血が流れ倒れている男とその男を守るように立ちながら同じように幾つもの切り傷から血を流している男。
少年と男の間には風の魔術によるものと思われる渦を巻いた風がヒュンヒュンと音を鳴らして吹いている。
男は血を流し続けているせいか、フラフラと今にも倒れそうだが必死にそれを耐えているようだった。
「ははははっ、ほら、まだ倒れるなよ!お前が倒れちゃうとそっちのやつをまた切っちゃうぞ!」
ヒュンッ
「ぐふっ」
「ははっ、血なんか吐いて汚いなぁ」
風の魔術が立っている男の脇腹を抉り、男の口から血が吐き出される。
それを見て笑う異母兄の取り巻きの少年。
男は耐えきれなくなったのだろう、脇腹を抑えて前かがみに膝をつく。
「あ~あ、もうお終いかなぁ?」
少年がニヤニヤと嗤いながら男を見る。
男は息を荒げながら顔を上げて、少年をただ睨みつけた。
それが少年の癇に障ったのだろう、少年は不愉快そうに方眉を上げた。
「なに、その目?奴隷ごときが僕にそんな目を向けていいわけ?」
男は少年の言葉を気にした風もなく睨み続ける。
それが少年の怒りに触れた。
「あっそ、ならいいよ、殺してあげるよ」
少年は再度、風の魔術を男に向けた。
男はそれに臆することなく少年を睨み続けた。
男は自分の死も、後ろにいる男の死も覚悟したのだろう。
しかし、彼の前に現れた影によって、彼の覚悟は徒労に終わる。
バッ
「……は?!」
シュバッ
「いっ……!ぐぅ……!」
「な、なんで……」
「!?」
アルカリアが男の前に立ち風の魔術を受けたからだ。
少年も突然現れた影に驚いて風の魔術のコントロールが狂ったのだろう。
乱れた風はアルカリアの肩を深く切って消えた。
「な、なんで、お前が!」
突然現れたアルカリアの存在に、少年は声が引きつり、膝をついている男はアルカリアの背中を呆然と見つめている。
そんな周りの様子など気にせずにアルカリアは少年を見据えると、ニヤリと笑いかけた。
「……いいの?」
「え?」
「ありおすさまがいないところでわたしがこんなにちをながしていいの?」
「……あ!」
アルカリアはどんなに痛めつけても許される存在だ。
しかし、1つだけ許されないことがある。
致命傷だけは許されない。
アルカリアはどんなに疎まれていようとも王族であり、簡単には国王も処刑できない。
国王すら処刑することが出来ない者を他の者が処刑することなど許されるわけがない。
故に彼女に致命傷を与えることは誰にも許されていない。
アルカリアは自分が生かさなければいけない存在であることを知っているわけではない。
しかし、何度も虐げられていれば自ずとわかることもある。
(なんでかはわからないけど、おうぞくじゃないひとはわたしがいっぱいちをながすのいやがる)
使用人など王族ではない者から殴る蹴るの行為を受けたことはある。
鞭で叩かれて肌がきれたこともある。
笑って魔術で足を切られたこともある。
しかし、そんな風に虐げてくる人たちは、アルカリアが大量の血を流すようなことになると焦るのだ。
(わたしがあたまからちをながしたらおどろいてにげたりすることもある)
彼女はわかっていた。
自分が傷つくことは誰も厭わないが、自分が大量に血を流すのは嫌がられる。
(ありおすさまとかはきにしないみたいだけど……)
王子、王女は基本的に従者と一緒におり、アルカリアが死にそうになる手前を従者が見極め声をかけているため、本人たちは気にする必要がないだけである。
そして、一緒にいる取り巻きも声をかけられるため、アルカリアに致命傷を与えないで済んでいる。
(でも、いまありおすさまはいない……だから)
ポタ……ポタポタ……ポタ……ポタ……ポタポタ
アルカリアの肩から流れた血が地面に落ちる。
アルカリアは自分の肩から落ちた血をじっと見た後、顔を上げて少年に笑いかける。
「ねぇ」
少年はアルカリアの笑みを蒼ざめた顔で見る。
「いいの?」
アルカリアは地面の血だまりを指差す。
少年は一歩後ずさる。
「ち、いっぱいだよ?」
「ひぃ……わ、わぁ――!」
そして、少年は逃げ出した。
実のところ、この少年はアルカリアが死んではいけないことを知らなかった。
では、2度もなぜ逃げ出したのか。
1度目は初めて経験した風の魔術の暴走により想定以上の傷をアルカリアに負わせたことでパニックを起こしたからだ。
では2度目は?
王族を傷つけたから?……否、彼にアルカリアが王族という意識は限りなく低い。
大量の血を見たから?……否、それなら奴隷を傷つけることなどしない。
答えは単純……怖かったからだ。
そう少年は恐怖によって逃げ出した。
大量の血を流し、それでも倒れることなくその血を指差しながらその傷を負わせた自分へと笑みを向ける、自分より幼い子どものその姿に畏怖を感じたのだ。
この日より彼は王宮へ上がることを嫌がるようになる。
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