王宮の奴隷たち
アルカリアは林から出ると物置とは別方向に向かい始める。
使用人や王子達と出会わないように気配を読み、気配を殺し、アルカリアが進んだ先には頭を布で覆った奴隷の集団がいた。
その中で一人、頭を布で覆うことなく王宮役人の恰好をした男がアルカリアへ向かって振り向く。
「……ああ、来たのか」
「ん」
「はぁ……じゃあ、いつものようにこちらで顔を隠してくれ」
「わかった」
役人は少し呆れたように息を吐くとアルカリアに2枚の布と1本の紐を渡し、さっさとその場を離れた。
アルカリアはそれを一瞥した後、紐で髪をさっと結うと、そのまま1枚目の布を頭から被る。
布からひと房も髪がこぼれてないこと確認すると、2枚目の布で口元を隠す。
ゼロリアド王宮の奴隷は皆、頭を布で隠す。
これは奴隷が王宮内で顔を見せるのは汚らわしいと考えられているからだ。
過去には布が外れて顔をさらした奴隷がその場で顔を焼かれ大火傷を負わされたこともある。
一通りの準備が終わるとアルカリアは同じように布で顔を隠す集団へと向かう。
「ああ、今日も来たのか」
集団の中の一人がアルカリアの方を振り返る。
「……お前さんはこれを頼むわ」
「わかった……です。きょうもよろしくおねがい……です」
「わかりました。今日もよろしくお願い致します……だな」
「わかりました。きょうもよろしくおねがいいた……ます?」
「違う……が今日はもうそれでいい」
(むずかしい……)
アルカリアはすこし物足りなそうに口を尖らせながら頷くと、声をかけてきた奴隷から自分が担当する洗濯物を受け取り、奴隷たちが集まり洗濯している大きな洗濯桶がいくつも並んでいる場へと向かった。
王宮での洗濯は洗濯女の仕事ではあるが、洗濯女が洗うには憚れるものなどがある。
例えば、騎士団の訓練着などは泥や血が酷く、他のものと一緒に洗うなどあり得ない。
そういったものを洗うのには奴隷が使われている。
ゴシッゴシッ、ジャブジャブ、ゴシッゴシッ
「おや、今日も来たんですねぇ」
「うん」
洗濯桶にいた一人の奴隷の横にしゃがむと小さな声がアルカリアに向けられ、アルカリアも小さな声でそれに答えた。
小さな声でのやり取りはそのまま続く。
ゴシッゴシッ、ジャブジャブ、ゴシッゴシッ
「見てください、今日の僕らの最初の仕事は王宮の絨毯ですよう」
「……じゅうたん?」
「そう、お嬢さんが持っている洗濯物も僕が持っている洗濯物もこの絨毯が終わったらだそうですよ」
アルカリアは洗濯桶に入っている大きな絨毯を見て目を大きく開いた。
この桶に絨毯が入ってることなど、見たことがなかった。
しかし、周りの様子を見ながら一緒に洗い始める。
ゴシッゴシッ、ジャブジャブ、ゴシッゴシッ
「本来ならこんな絨毯、僕らが触れていいものではないはずなんですけどねぇ」
「はぁ、どっかの魔術師様が危険な薬品を零しちまったんだとよ」
「きけん……あぶない?」
2人だった小さな声の会話が3人になっても、アルカリアは洗う手を止めることなく自分が洗っている絨毯を見下ろす。
ゴシッゴシッ、ジャブジャブ、ゴシッゴシッ
「そうですよ。洗うと危ないけど、処分するには惜しい絨毯だから僕らの命を懸けて洗う……というわけですねぇ」
「相変わらず俺らの命は軽いこって」
「……かるい」
「大丈夫です、桶の中に洗剤の他に僕特製の中和剤を入れたから危険はありませんよぅ」
「……ちゅうわざい?」
「気になります?それなら後で教えてあげますねぇ」
「うん、ありがとう」
「おい、お前たち、黙って洗え。誰かに聞かれたらことだぞ、気をつけろ」
「おや、すみませんねぇ」
「すまん」
「ごめんなさい」
奴隷たちは働いている間、基本的には仕事に関係ないことは話さないし、仕事に関しても必要最低限のことしか話さない。
顔と同じように汚らわしい声を聞かせることで処罰されることもあるからだ。
しかし、アルカリアが仕事に加わるときは少しだけそれが崩れる。
先ほど、アルカリアと話していた奴隷を注意した奴隷も注意はしたが、仕方ないなと呆れたような目を向けるだけで本当に怒っているわけではない。
アルカリアの奴隷たちとの関係は良好といえる。
アルカリアはどのようにして奴隷たちとこの関係を築きあげたのか。
それはまだアルカリアが5歳であり、第四側妃アラミが王宮から去ってしまってからそれほど日がない頃まで遡る。
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