第四話:好きが膨らむ私、変わりたくない私(4)
宇咲さんの匂いを辿り始めてしばらく。
匂いは学校から十キロ以上も離れた閑静な住宅街に続いていた。
たどり着いたのは、築数十年は経っていそうな寂れた団地だった。
――学校からかなり離れてるけど、宇咲さんはどうしてこんなところに?
宇咲さんがここに来た理由を考えていると、ふと元の色が分からないくらい錆びついた郵便受けが目に入る。
入居者はあまりいないのだろう。
名前の札がかかっている郵便受けは全体の三分の一もなかった。
「ん?宇咲……?」
郵便受けにかかった名札の一つに「宇咲」という文字があった。
「そっか。ここが宇咲さんのお家なんだ……」
学校からここまで徒歩だったのは、財布を持っていなかったからだろう。
――八○八号室。ここが宇咲さんの……。
さらに匂いを追っていくと、手書きで「宇咲」と書かれた表札がかかった部屋の前にたどり着く。
「えっと、インターホンは……これですかね?」
きっと建物が古いからだろう。
玄関先にはカメラの付いた箱ではなく、代わりに音符マークのボタンが一つだけ。
見慣れないそのボタンを恐る恐る押してみる。
すると、扉の向こうでピンポンと音が鳴り、私はホッと胸を撫でおろす。
「……誰?」
扉の向こうから、宇咲さんの声が聞こえてくる。
でも、その声には気力が感じられない。
「宇咲さん、私です。大上です」
「大上さん?嘘……何で、ここに……?」
「先生から学校を飛び出していったって聞いて。宇咲さんのことが心配で、探しに来たんです」
「……」
「宇咲さん……?」
返事は帰ってこない。
代わりに、玄関扉の鍵穴からガチャリと音が鳴る。
しかし、その後どれだけ待っても、扉は一向に開く気配を見せない。
――入れってことなのかな?
「お、お邪魔します」
私は恐る恐る扉を開けた。
――ここが宇咲さんのお家。
扉の先にあったのは、六畳の和室が一つと水回りだけの小さな部屋。
昭和臭さの漂う内装。
家電は数世代前の旧型ばかりで、家具も必要最低限なものしかない。
――この部屋、なんだか……。
「……ねえ、大上さん。もものこと好き?」
影が差し込む部屋の隅から、宇咲さんが問いかけてくる。
「お父さんのいなくて、お母さんから捨てられて一人ぼっち。そんなもものこと……まだ好きでいてくれる?」
「一人ぼっち?なら、ケモノツキになってすぐ教室で話していたご両親の話は?」
「嘘だよ。全部ももの作り話。ずっと前から、ももは一人……」
宇咲さんは不気味な足取りでゆらゆらと歩み寄ってくる。
その瞳には校庭の時よりはずっと深くて濃い真っ黒い感情が渦巻いていた。
「大上さん。もものこと好き?好きだよね?好きでしょ?……好きって言ってよ!」
宇咲さんは部屋中に響く甲高い声を上げる。
すると次の瞬間、宇咲さんは突然私に飛びかかってくる。
「うっ!?」
私は背中から床に叩きつけられる。
宇咲さんはすぐさま私の上に覆い被さった。
「待ってください。まだ私は何も言って――」
私の唇を宇咲さんの唇が塞ぐ。
あまりに乱暴で、自分勝手で、私は呼吸さえさせてもらえない。
――待って、制服を襟なんか掴んで一体何を……まさか、そのまま……!?
気付いた時には遅かった。
ビリ、ビリビリ……!
力任せに引き裂かれ、音を立てる制服。
制服は胸元から大きく開くように裂かれ、隠れていた下着姿の上半身が否応なく剥き出しにされる。
「宇咲さん、止めてください!お願いですから、落ち着いて!」
「大丈夫……初めてだけど、きっと上手くできるから……」
宇咲さんの手がゆっくりと私の腹から胸に這い上がってくる。
――抵抗したいけど、手が出せない……!
もし何かの間違いで私の爪が宇咲さんを引き裂いてしまったら、最悪の場合、宇咲さんの命にかかわる。
「大上さんの役に立てるって証明するから……」
――いや、抵抗なんてしなくていいのかな?
私はふと思う。
――だって、今からすることはきっと恋人同士なら普通のことなんだから。
今の宇咲さんは様子がおかしい。
でも、求めているものはすごく単純だ。
――宇咲さんは愛情が欲しいだけなんだ。なら、私は……。
私は宇咲さんにすべてを委ねることにした。
宇咲さんの心の穴が埋まって、いつもの宇咲さんに戻ってくれるのなら、それでいいと思った。
「――っ」
宇咲さんは私の胸を下着の上から鷲掴む。
力加減は滅茶苦茶で、扱い方も乱暴だ。
キスの仕方も今までと違って、自分勝手。
――これがセックス?これのどこが気持ちいいの?
まるで物みたいに扱われている気分だった。
「……気持ち悪い」
「え?」
宇咲さんが動きを止める。
真っ黒い感情に染まった瞳が動揺を隠せずにいる。
「大上さん、ごめんね。初めてでまだ慣れてなくて……」
「違います。そういう意味じゃないんです」
「でも、大丈夫だよ。次はきっと気持ちいいから……」
震えた声でそう言いながら、宇咲さんは指先を下着の中に滑り込ませようとする。
途端、ゾッとするような感覚が私の全身を駆け巡った。
「い、嫌っ!」
「――っ!?」
私はこぶしを握り締めて、宇咲さんの横っ腹に思いっきり叩きつけた。
宇咲さんの身体は床に転がって、声にならない悲鳴と共に悶え苦しむ。
「何で?どうして?やっぱり、ももじゃダメなの?お母さんみたいにはできないの……?」
「宇咲さん」
「このままじゃ捨てられちゃう……一人ぼっちには戻りたくないよ……」
「百花さんっ!」
私は腹の底から叫ぶ。
すると、宇崎さんと目が真っ黒いものがふっと消える。
「……やっと目を合わせてくれましたね」
「大上さん、ごめん。この身体になってから、だんだん自分が抑えられなくなってきて……本当はこんなことするつもりはなかったの……」
「分かってます。だから、もう謝らないでください」
まるで子供のように泣きじゃくる宇咲さんをそっと抱き寄せる。
いつもなら抱きしめ返してくる宇咲さんだが、今はそうしてはくれない。
「……大上さん、別れよう。ももなんかと付き合うなんて、間違いだったんだよ」
「私は間違いだなんて思いません。だから、別れません」
「ももの秘密を知って、どうしてそんなことが言えるの?」
「では、私が宇咲さんと同じ過去を背負っていたら、宇咲さんは私を捨てますか?」
「しない!だって、私が好きになったのは大上さんの優しいところだもん!過去なんて関係ない!」
宇咲さんはそう即答する。
「私だって同じですよ。宇咲さんがいなかったら、私はきっと今も教室の隅で一人ぼっちだったと思います」
以前、宇咲さんは私を王子様だと言った。
でも、宇咲さんだって私の王子様なのだ。
「……本当にももなんかでいいの?また大上さんのことを傷付けちゃうかもしれないよ?」
「そうなってしまったら、さっきみたいに私が力尽くで止めますから」
「ありがと……ありがと……」
せっかく収まりかけた涙がまた溢れ出す。
けれど、その表情はさっきとは真逆で、とても幸せそうだった。
そんな宇咲さんの姿を見てると胸の奥がキュッとなって、思わず宇咲さんを抱きしめる腕に力が入る。
「「……」」
ふと視線が出会い、そのまま見つめ合う。
そして、気付けば私たちは唇を重ね合っていた。
さっきまでとは違う優しいキス。
心が溶け合って一つになっていくような、そんな気持ちのいい感覚が頭の中を満たしていく。
その気持ちよさは、やがて熱へと変わる。
炉の中に燃料が次々と投げ込まれていくかのように、全身がどんどん熱くなっていく。
熱くなって、熱くなって……。
最後には、私たちの理性をドロドロに溶かしてしまった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ぜひ次回も読んでくださると嬉しいです。
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作者の創作意欲もぐんぐん上がります。
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