第四話:好きが膨らむ私、変わりたくない私(2)
「見られてるね。それもすごく熱心に」
お昼休みの校庭。
私と宇咲さんと望月さんの三人で昼食をとっていると、望月さんがポツリと呟く。
望月さんの視線の先には、私にキラキラした瞳を向ける女子生徒たちの姿がある。
登校時間、私と目が合って嬉しそうにしていた一年生たちだ。
「私のせいでごめんなさい」
「大上さんのせいじゃないよ。それに、あの時よりマシだよ」
「た、確かに……」
ちょうど私と宇咲さんの交際が知られたあの日、あの日の視線は量も私に対する敵意もすごかった。
「あの時はヤバかったよね。色々と」
「宮原が大上さんに『別れろ』って抗議してきたり、ももが大上さんを怒らせたり、あとは……ももが階段から落ちたのもあったな」
「でも、悪いことだけじゃなかったよね。ほら、大上さんのいいところをちゃんと見てくれる人も出てきたわけだし」
宇咲さんはそう言いながら、後輩たちの方に視線を向ける。
「ねえ、大上さん。今キスしたら、あの子たちどういう反応するかな?」
「えっ!?こ、ここ……ここでですか!?」
私たちのいるテーブルベンチは教室の窓から見下ろせる場所にある。
つまり、ここでキスをすれば、後輩たちどころか学校中の生徒からその姿を見られてしまうわけで――。
「さ、流石にそれは……む、無理です!」
「……もも、嫉妬してるのか?」
「え?」
宇咲さんはポカンと口を半開きにさせ、一瞬だけ固まる。
「……あはは、そんなわけないじゃん。冗談だよ、冗談!」
ケラケラと笑う宇咲さん。
でも、それが誤魔化しの笑みだと私でもすぐに分かった。
「宇咲さん、やっぱり何か――」
「あの……っ!」
タイミング悪く声がかかる。
恐る恐るというようにこちらへ近付いてくる足音。
「あなたは……」
宮原さんだ。
「お、お姉様……に先輩方、少しお時間よろしいでしょうか?」
「月夜ちゃん、もうその呼び方やめてって言ったよね?」
「は、はい……ごめんなさい……百花、先輩……」
宮原さんは数日前にあった時とはまるで雰囲気が違っていた。
それに、宇咲さんも今まで見たことないくらい刺々しい。
「ももの奴、この前のことで宮原と絶交したんだ。宮原のしたことを考えれば怒るのも分かるけど……正直、ももらしくないと思う。あんなに怒ってるももは私も初めてで、どうしたらいいか分からない」
望月さんは少し心配そうにしながら、耳打ちで補足をしてくれた。
「それで、何の用?」
「それは……」
宮原さんはチラリと私を見やる。
「やはり直接、この前の私の非礼をお詫びしたくて……」
「謝ろうとするまでに、ずいぶんと時間がかかったね?」
「……っ」
宮原さんは唇をキュッと嚙み締める。
ジワリと涙が滲んで、あっという間に瞳から溢れてしまいそうになる。
「何で泣いてるの?自分は悪くないって言いたいの?」
「違いますわ……私は決してそんなつもりは……」
ついに宮原さんは泣き出してしまった。
そんな彼女を見て、宇咲さんは大きな溜息をつく。
「あのさ、月夜ちゃん――」
「もも!」
望月さんが目を鋭くさせながら、宇咲さんの言葉を遮る。
「お前がそんな態度だから、謝るに謝れないんじゃないのか?」
「私のせいだって言うの!?」
テーブルから身体を乗り出すようにして、望月さんを睨みつける宇咲さん。
望月さんはそれに負けじと睨み返す。
「ふ、二人とも……お、落ち着いてください!」
今にも手が出てしまいそうなビリビリとした空気を感じ、慌てて二人の間に割って入る。
「大上さん、一度落ち着きましょう!」
「……何で私のなの?」
「え?」
「何で恋の味方をするのって言ってるの!!」
宇咲さんは耳が痛くなるくらいの大声で怒鳴る。
次の瞬間、ハッとした様子で私たちの顔を見やる。
「……」
宇咲さんの顔がみるみる真っ青になっていく。
「あらあら、凶暴~。怖いわ~」
そこに突然、金髪ツインテールの太眉な女子生徒がこちらに近づいてくる。
彼女の背後には、彼女ととても顔立ちの似た黒髪の女子生徒の姿。
リボンの色は二人とも宮原さんと同じ青色である。
「自分の思い通りにならないと怒鳴り喚く姿は、子供そのものね」
「だ、誰ですか?」
「私の口は人間と喋るためにあるの。生憎だけど、人間モドキと喋る口は持っていないのね」
「魚ノ女さん!この方は私たち先輩ですわよ!」
「あらあら、自分のことは棚に上げて何を言っているの?あなたは、その敬うべき先輩に一体何をしたのだったかしら?」
「うっ……」
魚ノ女と呼ばれた一年生は嫌味のこもった笑みを浮かべながら、宮原さんを見下ろす。
宮原さんは何も言い返せず、ただ唇を噛む。
「でも、宮原さんの言うことも一理あるわ。だから、自己紹介くらいはしてあげる」
そう言うと、彼女は胸を張ってこう続ける。
「私は魚ノ女あゆ。私のお父様は魚ノ女フーズの社長をしてるの」
「魚ノ女フーズ……?」
「あら、知らないの。でしたら、明日うちの商品を持ってくるので味見してくださらない?ドッグフードだけど」
そんなどこまでも挑発的な魚ノ女さんの言葉にいち早く反応したのは宇咲さんだった。
「大上さんに謝って!」
素早く飛び出した宇咲さんは魚ノ女さんも制服の襟に掴みかかる。
息を荒くして、喉の奥から唸るような声を響かせながら、魚ノ女さんを至近距離で睨みつける。
「離してくれないかしら。獣臭くてたまらないわ」
「謝れって、言ってるじゃん!」
宇咲さんに怒鳴られても、魚ノ女さんは顔色を少したりとも変えない。
それどころか、さらに口角を上げてニヤニヤと笑みを浮かべる。
「あらあら、恋人のために必死、必死!でも、大丈夫?今の凶暴なあなたを見て、お相手さんはどう思うかしら?」
「……っ!?」
魚ノ女さんの一言でハッとする宇咲さん。
そして、恐る恐る私を見やる。
「大上さん。違う、違うの……」
宇咲さんの声はひどく震え、掠れていた。
うわ言のように何度も「違う」と呟きながら、私のもとへゆっくりと歩いてくる。
「お願い、もものことを嫌わないで……大上さんがいなくなったら、ももは……ももは……っ!」
両手で私の制服をこれでもかと強く握りしめる。
そして、不安に染まった瞳で私の顔を覗き込む。
「……っ!?」
きっと獣の本能だろう。
私は無意識の内に退いていた。
宇咲さんの瞳の奥に広がるもの、それは背筋がゾッとするような黒くて狂気じみた感情だった。
「どうして、逃げるの……?逃げないで、ももから逃げないで……」
「宇咲さん、誤解です。逃げるつもりはなくて……」
「もも、何でもするから!大上さんが嫌なところは全部直すから……お願い。ももを嫌わないで……ももの恋人でいて……」
「宇咲さんっ!」
大粒の涙を流しながら私に懇願する宇咲さん。
「……本当にももなのか?」
「お、お姉様……」
宇咲さんをよく知る二人でさえ、言葉を失った。
それだけ、今の宇咲さんは正常じゃなかった。
「宇咲さん、しっかりしてください!宇咲さんっ!」
宇咲さんに触れることを躊躇っている場合じゃなかった。
私は宇咲さんの名前を大声で呼びかけながら、宇咲さんの身体を激しく揺する。
すると、憑き物が消えたみたいに宇咲さんの瞳の奥から黒いものがふっと消えた。
「もも、今何して……」
そう呟いた直後、宇咲さんの顔に現れたのは絶望の色だった。
「大上さん、あれは違うの!だから、もものこと嫌いに――ダメ!また頭、おかしくなる……っ!」
突然、宇咲さんは頭を抱えて苦しみ出す。
次の瞬間、宇咲さんは私に背を向けて駆け出した。
「宇咲さんっ!」
「あはは!『頭がおかしくなっちゃう~』だって!あんな姿になった時点で、もうとっくに頭は普通じゃないでしょうに」
逃げ出す宇咲さんの背中を見ながら、魚ノ女さんはお腹を抱えてゲラゲラと笑う。
「あの様子だと、他の雌ウサギのように頭の中が卑猥なことしか考えられなくなるのも時間の問題かしらね?」
「こ、の……っ!」
もう我慢の限界だった。
――怒りに任せてこの手を振るいたい。あの嫌味ったらしい顔を恐怖で歪ませてやりたい。
そんな暴力的な考えがふつふつと湧き上がってくる。
『痛……っ!』
思考が赤く染まり切る直前、脳裏に女の子の悲鳴が響く。
私が失った親友の悲鳴だった。
もう六年も前のことなのに、教室に充満する鉄臭さやこびりついた血の生温かさが鮮明に蘇ってくる。
――思い出せてよかった。
私は深く息を吸い込む。
頭の中を埋め尽くそうとしていた怒りが、吐息と一緒にスーッと消えていく。
すると、魚ノ女さんが「チッ」と舌打ちをする。
「……人間モドキのくせに」
魚ノ女さんは私を睨みつける。
彼女の眉間には、跡が残ってしまいそうなほど深いしわができていた。
「まあ、せいぜいあの雌ウサギに襲われないよう気を付けることね」
そして、魚ノ女さんはすれ違いざまにそう言い残し、連れと共に去っていった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ぜひ次回も読んでくださると嬉しいです。
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作者の創作意欲もぐんぐん上がります。
本作品は不定期で更新しています。
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