第一話:学校の人気者、うさ耳生える
△注意
本作品は、女性主人公とヒロインによる「百合小説」です。
最初から最後まで百合・ガールズラブたっぷりな作品を目指してます。
人は心の内側にケモノを宿している。
思春期を迎える頃、それは時折心の内側から出てくることがある。
「何これ?耳と尻尾……?」
小学生の頃、朝起きると私の身体にオオカミの耳と尻尾が生えていた。
私、大上まお。
オオカミの「ケモノツキ」だ。
***
ケモノツキは遥か昔から世界中で確認されている。
昔は「悪魔や悪霊に取り憑かれた存在」として迫害されてきた。
けれど、科学が発展した昨今では、その説は否定されて、ケモノツキにも人権が与えられる世の中になった。
「次のニュースです。本日未明、都内のコンビニで店員が数人の男女に襲われ、全治三ヶ月の大怪我を負う事件がありました」
慌ただしい平日の朝のリビングにアナウンサーの声が響き渡る。
「犯行におよんだ男女はいずれもオオカミのケモノツキだったとのことです。最近こういった事件が多いですね」
「国はケモノツキに対して措置を取るべきですよ。このままでは彼らによる犯罪が増えるばかりです。特にオオカミのケモノツキは――」
お父さんがテレビの電源を切る。
「偏向報道もいいところだ。まお、気にすることはないよ」
「うん。お父さん、ありがとう」
お父さんは私の頭を優しく撫でてくれる。
優しい手つきに自然と尻尾が大きく揺れる。
「お父さん、学校行ってくるね」
「いってらっしゃい」
私はお父さんに見送られながら家を出る。
ケモノツキになってから六年。
身体の内にケモノを抱えながら、私は高校二年生になった。
***
「大上さん!お願い!」
昼間のグラウンド、カキンという甲高い音と共にクラスメイトの声が響く。
今日の体育の授業はソフトボール。
私のチームは守備の番。
天高く舞い上がったボールは、運悪く太陽に隠れて見えなくなる。
――大丈夫、多分これなら取れる。
ボールを目で追えなくても、オオカミのケモノツキである私には、ボールの空を切る音がしっかりと聞こえている。
私はそのままノールックでボールをキャッチ。
練習用の柔らかいゴムボールだから、グローブも必要なかった。
これで、バッターアウト。
「大上さん!こっち!こっち!」
私がボールをキャッチすると、すかさず塁の方でグローブを掲げて手を振るクラスメイトが一人。
太陽の下でキラキラ輝く金髪に、お人形みたいに可愛くて整ったモデル顔。
加えて、スタイルも抜群なその少女の名は、宇咲百花さん。
彼女が私を呼ぶ理由、それは敵チームの走者が彼女の守る塁に迫っていたからだ。
「う、宇咲さ――」
ボールを握りしめて、振り被る。
パンっ!
すると突然、私の手の中でボールが破裂した。
「あ、爪……」
――やっちゃった。
指先から伸びるオオカミの鉤爪。
それが柔らかいゴム製のボールに見事に食い込んでいた。
「今日の朝、手入れしたのに……」
手の中ですっかり萎んでしまったゴムボールを見つめ、溜め息をつく。
「大上さん、大丈夫!?」
宇咲さんが慌てた様子で私のところへ駆け寄ってくる。
「爪で穴開けちゃったんだね。怪我とかは、してない?」
宇咲さんは一歩踏み込んで私の顔を覗き込んでくる。
他の人よりも一歩近い距離感と私の瞳をまっすぐ見つめてくる視線。
私には、それがちょっと怖くて、思わず後退りながら目を逸らしてしまう。
「あ、えっと……大丈夫、です……」
「良かった。でも、どうしよっか?先生に言って、別のボールにしてもらう?」
「ご心配なく!保健室に爪切りがあるはずですから……」
「そう言えばそうだったね。先生にはももから伝えておくから、行っておいでよ」
宇咲さんは私にニコリと微笑んでくれた。
「……」
ありがとう、って言い慣れていない私はただ静かに首を縦に振った。
***
「どうしよう。保健室の先生がいない……」
保健室にやって来たものの、保健室の先生はちょうど留守だった。
扉の鍵は開いているから、ちょっとした用事で部屋を開けただけだろう。
――入っていいのかな?
ケモノツキの私がいきなりいたら驚かしてしまわないか、そんな不安が頭を過る。
「大上さん、どうしたの?」
「ひゃうっ!?」
突然、背後から声をかけられて素っ頓狂な声を出してしまう私。
驚いた拍子に、耳と尻尾がビクンと跳ねる。
「う、宇咲さん!?どうしてここに?」
「困ってそうだったから、様子を見に来たんだよ。それで、何かあったの?」
「えっと、保健室の先生がいなくて……」
「鍵は開いてるんだよね?じゃあ、いいじゃん。入っちゃおう」
宇咲さんは何の躊躇もなく保健室へと足を踏み入れる。
「いいんですかね?」
「いいんだよ。ほら、早く爪切って授業に戻ろう」
そう言って、宇咲さんは私に手招きをする。
私は恐る恐るといった感じで部屋の中へと入る。
保健室に入ると、薬品のツンとした匂いが鼻につく。
病院ほど濃い匂いがするわけじゃないから、嫌いではないけど、ずっとは嗅いでいたくはない匂いだ。
「爪切り、爪切り……おっ、これだね」
宇咲さんは慣れた様子で保健室の棚から爪切りを持ってくる。
もちろん人間用ではなく、犬猫用の爪切りだ。
「はい、どうぞ」
にこやかな表情を浮かべながら、爪切りを差し出してくる宇咲さん。
「えっと……」
私は手を伸ばすことをためらった。
もし、何かの拍子にあの細くて綺麗な真っ白い手を傷をつけてしまったら……。
そう思うだけで、指先が震える。
「あ、ごめんごめん」
不安な気持ちが顔に出ていたのだろうか。
宇咲さんはハッとした表情を浮かべると、「ここに置いておくね」と言って、爪切りを台の上に置く。
「……ごめんなさい」
「謝んないでよ。気が回らなかったのはももの方なんだから」
「……」
私たちの間に取り巻く空気が重苦しくなるのを感じる。
こんな時、昔の私ならどうしてたっけ。
「さあさあ、早く終わらせて授業に戻ろう」
「はい……」
私は爪切りを手に取って、手の爪を切り始める。
「あの、行かないんですか……?」
その場で腰を下ろして、爪を切る私の姿を食い入るように見つめる宇咲さん。
「え?使い終わった爪切りを戻さないといけないし」
――しまう場所は覚えたから、あとは私一人でできるんだけど……。
「もしかして、見られるの嫌だった?」
「そ、そんなことはないです!」
嘘だ。
本当はすごく嫌、というか落ち着かない。
正直、誰だってそうだと思う。
でも、それを口にする勇気はなかった。
私の悪い癖だ。
「よかった。じゃあ、もものことは気にせずに続き、やっちゃってよ」
「は、はあ……」
今更「一人にさせて」とは言えず、仕方なくこのまま爪切りを再開。
「……」
宇咲さんの眼差しは私の顔に行ったり、指先に行ったりと忙しない。
でも、そこに恐怖の感情はない。
宇咲さんが私を見る目は、他の人とはどこか違う。
「あの、宇咲さん」
「ん?何?」
「宇咲さんは私のこと……」
――怖くないんですか?
コンコン。
そう問いかけようとした瞬間、保健室に扉をノックする音が響いてくる。
私の耳と尻尾がまたビクンと飛び跳ねる。
「おーい、もも。いつまで授業サボってんの?」
扉から顔だけを覗かせてそう言うのは、褐色の肌が目を引く体操服姿の女子生徒。
私のクラスメイトで、宇咲さんの親友の望月恋さんだ。
「ももがいつまで経っても戻って来ないから、先生怒ってるぞ」
「うっそ!?マジで!?」
「マジの大マジ。戻って来ないなら欠席扱いにしてやるってさ」
「おおお、マジか……いくら厳しいっていても、大上さんの付き添いしてんだし、大目に見てよ」
「爪切りくらい、一人でできるだろ」
そうだよな、と言わんばかりに、望月さんは私に視線を飛ばしてくる。
「宇咲さん、私は大丈夫ですから。行ってください」
「……そう?分かった」
何故かちょっと不満そうな宇咲さん。
そのまま、宇咲さんと望月さんが保健室から去っていく。
結局、口にしかけた宇咲さんへの質問はそのままなかったことになってしまった。
***
「宇咲さん、また告られたらしいよ。今回は四組の――」
放課後、生徒がいなくなった教室で一人勉強していると、教室の外から女子生徒の声が聞こえてきた。
「ええ、また!?これで何人目?」
「私の数え間違いじゃなきゃ、去年と今年合わせて二十五人目」
「人気者はいいな~。私なんて、誰にも告られたことないのに」
「そりゃ、あんたと比べたらね」
「はあ!?ひっど!」
気分がいいのか、彼女たちは廊下中に響く大きな声でしゃべっている。
「で、付き合ったの?」
「いつも通りだよ。『好きな人がいるから、ごめんなさい』だってさ」
「うわ、出た!あの子の常套句」
その言葉は、私も知っていた。
宇咲さんは男子生徒から告白をされると、必ずそう言って告白を断るらしい。
「好きな人がいるってあれ、絶対嘘だよね?どうせ、部活に集中したいとかそう言う感じでしょ?」
「それ、私も思った。ここまでくると、相手を馬鹿にしてる感じまであるよね?」
「思わせぶりな態度を取っておいて、いざ告白したら『お前には興味ありませ~ん!』って?やばっ、クソ女じゃん!」
「それどこか、毎日違う男とヤりまくってるクソビッチだったりして?」
「ありそう!顔が良いあの子ならそれくらい余裕だろうしね」
本人がいないからって、言いたい放題な彼女たち。
聞きたくなくても耳に入ってくるから、こっちは気分が悪い。
その時、私の耳には小さな足音が聞こえてきた。
階段を上って、この階に向かってきている。
「あっ!?」
女子生徒の一人が声を上げて驚く。
すると、途端に彼女たちは静かになった。
先生に見つかったのだろうか。
宇咲さんへのあの悪口を聞けば、相手が誰であっても指導は入ることだろうと思った。
けれど、いつまで経っても先生が彼女たちを指導するような声は聞こえてこない。
「聞かれた?ヤバくない?」
「大丈夫じゃない?何も言ってこなかったし……」
代わりに、コソコソと囁き合う女子生徒たちの声だけが聞こえてくる。
――どうしたんだろう?
そう疑問に思った次の瞬間、教室の扉が開く。
扉の向こうに居たのは、テニスウェアに身を包んだ宇咲さんだった。
「あ、大上さん!何やってるの?」
宇咲さんは私の姿を見るなり、ニコニコしながら駆け寄ってくる。
「ええ!?もしかして、今日の宿題?今やってるの、すっごい!宿題は学校で終わらせて、家では復習とかして感じなの?」
「……宇咲さん、大丈夫ですか?」
私がそう問いかけると、まるで時間が止まったみたいに宇咲さんの動き続けていた唇が固まる。
いつもなら私の顔をまっすぐ見つめてくる宇咲さんの瞳が、かすかに揺れていた。
「……大丈夫だよ」
口角をグッと持ち上げる宇咲さん。
「心配かけちゃってごめんね。でも、大上さんは気にしなくていいよ。これくらい、慣れっ子だから」
そう言うと、宇咲さんはクルリと回って背中を向ける。
そしてそのまま、自分の机の中からいくつかの教科書とノートを取り出す。
「危ない、危ない。これ忘れたら今日の宿題できなくなるところだったよ。それじゃあ、ももは部活に戻るね。大上さん、また明日!」
宇咲さんはニコッと笑みを浮かべると、教室から駆け足で飛び出していく。
「……本当に大丈夫なのかな?」
教室を出る直前、最後に私に向けた彼女の笑顔はちょっとだけ苦しそうにも見えた。
でも、私と宇咲さんはただのクラスメイト。
望月さんみたいに宇咲さんの友達ってわけじゃない。
だから、本人が「大丈夫」というのだから、それを信じることしかできなかった。
けれど、きっと大丈夫じゃなかった。
その日を境に、宇咲さんは学校に来なくなった。
***
それから数日が経った。
登校時間終了間際、今日も宇咲さんの姿はない。
――宇咲さん、大丈夫かな?
担任の先生は「欠席理由は家の用事」と説明していた。
でも、それは嘘なんじゃないかと疑っている。
「あの時、私がもっと宇咲さんに寄り添えていれば……」
私の脳裏に貼り付けたような笑みを浮かべる宇咲さんの姿がチラつく。
あの日のことをぐるぐると考え続けていると、ホームルームを知らせる鐘が鳴った。
ガラリ。
教室に、スーツ姿で眼鏡をかけた女性が入ってくる。
私たちのクラスの担任、日野友先生だ。
先生が教室に来ると、部屋の空気がちょっとだけ引き締まる。
「ホームルームを始める前に、皆さんにお話があります」
教卓の前に立つと、先生は突然そう切り出した。
「お伝えしたいのは、宇咲さんについてです。まずは実際に目にしてもらった方が早いでしょう。宇咲さん、どうぞ」
「は~い」
教室の外から宇咲さんの声が聞こえた。
直後、教室にどよめきが広がる。
「嘘……」
教室に入ってきた宇咲さんは、私たちのよく知る宇咲さんではなかった。
頭頂部から天井に向かってまっすぐ伸びる長い耳、スカートの切れ目からピョンと飛び出すフサフサの毛で覆われた丸い尻尾が生えている。
「やっほ~、皆!心配かけてごめんね!この度、宇咲百花はウサギのケモノツキになりました!」
宇咲さんは教卓の前で可愛くポーズを決めると、私たちにニコリと笑ってみせた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ぜひ次回も読んでくださると嬉しいです。
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