空に響く約束の歌
――なんでもない日常は、ある日突然、終わりを告げる。
俺と優斗は、小学校からの幼なじみだった。隣同士の家で、毎日のように遊び、同じ高校に進み、夢を語り合った。
優斗の夢は「プロの映像クリエイターになること」。俺の夢は「小説家になること」。
方向性は違ったけれど、互いに背中を預けて前に進む仲間だった。
――あの日までは。
夏の終わり、優斗は突然この世を去った。
交通事故だった。帰り道、赤信号を無視した車に跳ねられたらしい。
俺が病院に駆けつけたとき、もう彼は冷たくなっていた。
あまりにも、唐突すぎる別れ。
実感なんて、湧くはずもなかった。
翌日からの世界は、音が消えたように静かで、色彩を失ったように見えた。
家に帰っても、隣から優斗の笑い声が聞こえない。
教室に行っても、隣の席は空っぽ。
まるで、優斗だけが最初から存在しなかったみたいに。
そんな世界を、どうやって歩けばいいんだ。
◇
優斗の葬儀の日。
俺は呆然と棺の前に立っていた。
眠るような顔。まるで「ドッキリでした」なんて言って起き上がりそうで。
でも、冷たい現実がそれを許してはくれなかった。
優斗の母親から、一つのUSBを渡された。
「これ、優斗が最後まで編集していた映像みたいなの。……あなたに託して欲しいって、遺書に書かれていたの」
遺書、という言葉に胸が締め付けられる。
でも震える手でUSBを受け取り、家に帰ってパソコンを起動した。
そこには、未完成の動画が入っていた。
優斗が生きてきた日々を切り取った映像。俺たちが遊んでいるシーン、文化祭で笑っているシーン、受験に向けて夜遅くまで語り合っているシーン。
その最後に、見覚えのある文字が映し出された。
――「もし俺がいなくなったら、この映像を仕上げてくれ。ラストには、必ず『See you again』を流してほしい」
胸が張り裂けそうになった。
泣きたくないのに、画面が滲んで何も見えなくなる。
優斗は、最期まで映像を作りたかったんだ。自分の夢を、俺に託してまで。
◇
それからの日々、俺は泣きながら編集ソフトを立ち上げ、優斗の残したデータを引き継いでいった。
彼の作風を必死に真似し、映像に魂を込める。
時には机に突っ伏して眠り、時には夜明けを迎えながらキーボードを叩いた。
優斗と過ごした記憶を掘り起こし、一つひとつ映像として繋げていく作業は、同時に俺の心を癒す時間でもあった。
「お前はまだ、ここにいる」
そう思える瞬間が、確かにあった。
やがて完成した映像は、文化祭の上映イベントで公開されることになった。
優斗の夢を知っていた仲間たちが、ぜひ皆に見せようと背中を押してくれたのだ。
◇
上映当日。
真っ暗な講堂に、スクリーンが浮かび上がる。
流れるのは、優斗が撮り溜めてきた何気ない日常。
誰かが笑い、誰かが泣き、誰かが夢を語る。
平凡で、でもかけがえのない瞬間たち。
観客席からすすり泣きが聞こえる。
俺も同じだった。
笑顔の優斗が画面の中で手を振るたび、心臓が締め付けられる。
そして映像のラスト。
真っ白な文字がスクリーンいっぱいに広がった。
――「また会おう。See you again」
その瞬間、会場のスピーカーから、あの曲が流れ始めた。
ピアノの旋律、やがて力強い歌声が重なり、響き渡る。
目を閉じると、隣で優斗が笑っている気がした。
「どうだよ、最高だろ?」
あいつの声が聞こえた気がした。
俺は涙をこらえきれず、ただスクリーンを見上げていた。
別れは唐突で、もう二度と会えないと思っていた。
でも――違う。
この映像の中で。
あの曲の中で。
優斗は、ずっと生き続けている。
「また会えるよな」
呟いた声は、静かな講堂に吸い込まれていった。
◇
上映が終わったあと、会場は大きな拍手に包まれた。
みんな泣いていて、それでも笑っていた。
「優斗は夢を叶えたんだ」――そう感じられる瞬間だった。
俺は空を見上げた。
そこに優斗の姿はなかった。
でも、不思議と寂しくはなかった。
だって、俺たちは約束したんだ。
また会おう、と。
――See you again.