82.光を護る目《ノクス視点》
ノクスの考えや思いをよりはっきりと伝えるため、今回は一人称でお届けします。
久々に姿を見たアリウス第三王子の印象は、正直「変なやつ」だった。
黒髪に赤い瞳をした俺を見ても、眉ひとつ動かさねぇ。
むしろ嬉しそうに駆け寄ってきて、迷わず手を差し出してきた。
「久しぶり! 今日からよろしく」ーーそう言って、笑って。
何考えてんだ、こいつは。
差し出された手が、怖かった。
信じられなかった。
まるで毒でも塗ってあるみてぇで、反射的に拒絶したくなった。
(……俺に触れたいなんて、正気じゃねぇ)
だから、吐き捨てるように言った。
「何だそれ。……王子ってのは、従者に媚びでも売んのか?」
空気が、ぴしりと凍ったのがわかった。
そりゃそうだ。
従者が王子にこんな口きくなんて、ありえねぇ。
礼儀も忠誠心も感じない態度。処分されても文句言えねぇだろうな。
だけどアリウスは、まったく気にした様子もなく、ぽかんと首を傾げた。
「でも、君は僕の従兄弟だよね?」
……は?
何言ってんだ、俺の聞き間違いか?
"従兄弟”ーーまるで、家族みたいな呼び方。
心臓が少しだけズキッとした。
親からだって、一度もそんなふうに扱われたことなんかなかったってのに。
意味が、わかんねぇ。
思考が追いつかなくて、考えるより先に悪態が口から出ちまう。
「王子と王弟のガキじゃ、立場が違ぇんだよ。どんな教育受けてんだ」
だがどれだけ棘を向けても、アリウスの態度には壁がない。
きらきらとした瞳で、まっすぐに俺を見ている。
俺の方が勝手に距離を置き、境界線を引いている気がした。
代わりにキレてきたのは、後ろにいた“もう一人の従者”。
「どんな教育、はこちらのセリフだ」
綺麗な目を細めて睨んでくるその顔は、無駄に整ってやがる。
……女と見間違うほどだ。
一瞬、思考が飛びかける。
「立場を強調する割には、随分と礼を欠いているな。不敬にもほどがあるぞ」
淡々とした物言いに、ハッとしながらも、すぐ言い返した。
「テメェが噂の“めんどくせぇ従者”か。……たしかに、クソ真面目そうだな」
こういう怪訝そうな目を向けられる方が、よっぽどしっくりくる。
アリウスみてぇな澄みきった目は、どうにも落ち着かねぇ。
そうーーこいつのことは聞いたことがあった。
“真面目すぎて、第一王子からも第二王子からもうざがられて、結局第三王子付きになった”っていう話。
……どうりで。全身から“扱いにくさ”が滲んでんな。
アリウスとは正反対。
だからこそ、妙に釣り合ってる気もして、余計に癪に障った。
氷の底に沈められたみてぇに、場全体が静まり返る。
その中でアリウスの声だけが、妙に浮いていた。
「母上……」
情けない声音。
気づけば口の端が歪んでいた。笑ったわけじゃない。単に、嘲っただけ。
それに気づいたのか、真面目従者ーーシュゼルがさらに強く睨んできた。
言いたいことがあるなら言えばいい。そう思いながら、目線を無視した。
代わりに、第二王妃の声が静かに響く。
「無駄な衝突だけは控えてちょうだい」
無言で頷いた。
雰囲気に飲まれたわけじゃない。
……別に、どうでもよかったから。
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従者になってから数日。
俺が魔術師だと話したら、アリウスは目を輝かせて「見たい」と言ってきた。
「火、出せる?氷は?風は??」
瞳をキラキラさせるこいつは、お世辞でも何でもなく純粋に感動してる。
正直、ワケがわからなかった。
こんな初歩的な魔術、俺は四歳の頃には扱えた。
それに……どんなに上級魔術を覚えたところで、誰も褒めてなんかくれなかったってのに。
今更、この程度で喜ばれると思わなかった。
バカバカしく思ってるはずなのに、要求を逐一聞いてやってる俺は何なんだ?
ーー褒められたい、喜ばれたい、なんて。
そんな感情、とっくに捨てただろ。
「アリウスは、魔術は覚えてねぇのか?」
「え?うん、僕は適正がないみたいだから。それより他のことを勉強した方がいいって言われた」
「……ふーん……」
適性がない、だと?
誰だ、そんな事を言ったやつは。
だが何となく、アリウス本人には聞きづらかった。
だから従者の勤めが終わったあと、シュゼルに声を掛ける。
「……アリウスは、魔術適性がねぇって言われてんのか?」
俺の問いに、シュゼルは表情を変えずに答えた。
「五歳の時に受ける適性検査で言われたそうだ」
適性検査……あの、魔術師団でやったやつか。
正直、今思えば少し妙だ。
測定結果は、その場でわかるわけじゃねぇ。
一度魔術師団側で結果をまとめてから、本人とその家族に告げられる。
だから、情報操作くらいできんじゃねぇか……と。
何でそんな事を考えたかといえば、俺の測定結果に納得いかなかったからだ。
俺の適正は攻撃系、属性は四大元素である火、風、水、土と伝えられた。
それだけでも珍しいと言われたが、俺は違和感が拭えなかった。
なぜならその時点で、簡単な回復魔術を扱えたからだ。
木に登りたくて試しに身体強化を使ってみた時も、すぐに成功した。
だがその疑念をぶつける相手はいなかった。どうせ俺の話なんて、誰も聞かない。
面倒だから使えることも隠した。
アリウスに適正がないなんて言ったのも、何か都合が悪くて隠してんじゃねぇかと思っちまう。
「それがどうかしたのか?」
急に俺が質問してきたことが不思議だったんだろうな。
聞き返してきたシュゼルに、俺は答える。
「アリウスの魔力は、眩しいくらい透き通ってる。あんな魔力、見たことねぇ。量も、質も、桁違いだ。それなのに適正なしってのは、納得できねぇと思ってな」
「……”見た”、こと?」
シュゼルのつぶやきに、ハッとした。
気づいた時にはもう遅い。
「……お前、魔力が見えるのか……?」
驚いた顔をしながら呟くシュゼルを見て、思う。
やっぱりそうか……と。
魔力が見えるのは、多分普通じゃねぇ。
誰にでも見えてると昔は思ってたが、魔力の色について話をする奴は誰一人いなかった。
量も、適性も、魔道具がないと測れない。
つまり、他の奴らには見えてねぇんだ。
また異質扱いされるのが面倒で、隠してたのに。
うっかり言っちまった。
「……ああ、そうだよ。人間でも、動物でも、魔物でも。“生き物”が纏う魔力は、全部見える」
否定的な反応を見たくなくて、わざと目を逸らしながら言い捨てる。
だから、続いたシュゼルの言葉は予想外だった。
「それは興味深いな」
感心したようなその声に、反射的に視線を戻す。
シュゼルは考えるように指を顎に当て、俺と目を合わせると聞いた。
「例えば、人が使った魔力なら痕跡でもわかるのか?それとも本人の周囲にしか見えないのだろうか」
「は?……まあ、痕跡でも見えるぞ。ある程度時間が経ったら消えちまうがな」
人の周りに見える魔力よりは、薄いとも伝える。
「その痕跡から、誰が使ったか特定は可能か?」
「そりゃ、同じ色と質の魔力が残るからな。だが特徴のない色だと、断定できねぇ場合もある」
アリウスみてぇにやたらきれいな魔力や、珍しい色なら見間違えねぇ可能性も高いが、普通はあまり大きな差はねぇ。
比較すれば違いはわかるが、一度きりの痕跡じゃ照らし合わせが難しいこともある。
納得したように頷くシュゼルを見て、首を傾げた。
こいつ、何でこんなこと聞いてきやがるんだ?
それに気味悪がる様子もねぇんだが。
そんな俺の様子に気づいたのか、シュゼルは口を開いた。
「王族は命を狙われることも多い。お前が魔力を見抜けることで、アリウスの危険を減らせる可能性があるだろう」
魔力的な罠を仕掛けられたりすればその位置がわかり、うまくすれば犯人もわかる。
魔力を見れば、変装した相手でも見破れる。
こんなに頼もしいことはない、と語るシュゼルに、俺は言葉が出なかった。
気味悪がるどころか、歓迎するようなその態度に。
そして、やっと絞り出した言葉は。
「……やっぱ、テメェも変なやつだな」
「お前に言われたくはないのだが」
つい鼻で笑うように言ったら、即座に言い返された。
だろうなーー俺もそう思う。
「俺のこと嫌ってんのに、信用できんのか?」
「嫌っているわけではない。アリウスに対する態度が目に付くだけだ。……しかし彼が気に入っている以上、私に口出しする権利がないのもわかっている」
マジかよ。あれで嫌われてなかったのか。
「前はアリウスを護るのは自分ひとりで十分、みたいな顔してたじゃねぇか」
「無論、私だけでも護ってみせる。……だが、一番大切なのは彼に危険が及ばないことだ。守護する者が多いに越したことはない」
本当にクソ真面目だな。
そして相当なアリウス馬鹿だ。
……でも、嫌いじゃねぇ。
「まあ、俺も従者だからな。あいつに迫る危険は排除してやる」
俺が言うと、シュゼルが少しだけ笑ったように見えた。
アリウスや第二王妃の前以外で笑ったのを見たのは、たぶん初めてだ。
期待されてんじゃねぇかと、勘違いしそうになる。
もう傷つくのはゴメンだってのに。
なのに、アリウスに褒められたことも、シュゼルの反応も。
……本当は、ちょっとだけ、嬉しかった。
けど、それを口にする気はさらさらなかった。




