81.拒まれた少年
今回からノクスの過去編に入ります。全三話ほどの予定です。
生まれた時から、ノクスは「異質」だった。
アルナゼル王族には存在しない、黒髪と赤い瞳。
母方の家系にも、このように濃い色素を持つ者はいないという。
人々の間には、不貞を疑う声さえあった。
医師は「稀に遺伝とは無関係の色が出ることもある」と説明したが、それを素直に信じる者はいなかった。
だが、外見以上に異質だったのは、その“潜在能力”だった。
アルナゼル王国では五歳になると、魔術師団施設で魔力測定を行うのが通例である。
測定を受けたノクスの結果に、担当者たちは騒然とした。
潜在魔力量は、当時の魔術師団長に匹敵――いや、それを上回る可能性すらある。
加えて、すべての属性への適性。
攻撃だけでなく補助・支援・回復まで、使えない魔術がないと判断された。
過去に前例が無いほど、特出した能力である。
すでに基礎的な魔術を独学で扱っていたことから、相応の才能は予想されていた。
だがここまでとはーーと、その場の誰もが息を呑む。
「髪や瞳の色も、強すぎる魔力の影響ではないか」という声を出す者もいた。
しかしその情報は、瞬く間に封印されることとなる。
「国一の魔術師を超える者の存在は、魔術師団の権威を揺るがす」と、当時の師団長が訴えたのだ。
故に、真の測定結果は魔術師団の上層部のみで秘匿され、家族や本人には「適正は攻撃系、属性は四大元素である火、風、水、土」と伝えられた。
抑えられた情報とはいえ、四つもの属性を持っていることは希少とされている。
そのため“魔術師の素質がある”と見做され、専門の教育が始まった。
ノクスは、魔術の勉強は嫌いではなかった。
少し学べばどんどん上達する。
それに、うまく出来れば誰かに褒められるかもしれないーー
そう思っていた。
けれど。
誰も喜ばなかった。
どこかよそよそしい父。
いつも背を向け続ける母。
まるで、存在自体を否定されているみたいだった。
(なんでだよ……)
ふと、式典で見かけた王子たちの姿を思い出す。
きらびやかな衣装に、堂々とした態度。
特に、第一・第二王子の威圧的な雰囲気に比べ、第三王子であるアリウスの穏やかな立ち姿は、やけに印象に残った。
(ああいう子供だったら……良かったんだろうな)
王家に相応しい金色の髪。
安心感を与えるような明るい茶色の瞳。
人に好かれそうな、優しい笑顔。
自分には何一つ、ない。
胸の奥が、不意に痛んだ。
そんな思いを抱きながらも、ノクスは鍛錬を続けた。
いつか、自分も認められるかもしれないと信じて。
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更なる変化が訪れたのは、八歳の頃だった。
鍛錬の休憩中、ぼんやりしていたノクスの瞳を見て、教師が息を呑んだ。
瞳が、緑色に輝いていた。
緑の瞳……それは“共鳴波”を出している証。
共鳴波を「感じる」だけなら資質のある者ならば可能だが、自ら「発する」ことができるのは、響術に目覚めた者だけだ。
すぐ彼の両親へ連絡を入れた。
王弟も光の響術を扱えるため、遺伝で発現した可能性は十分にある。
後日、ノクスは両親とともに国王のもとへ呼び出された。
響術の発現を確認するため、一部の上位貴族の前で“使ってみろ”とだけ言われる。
(使ってみろって、言われても……)
困惑しながらも、なぜか“やり方”はわかっていた。
目覚めた時から、ずっと傍にあった“波”。
どうすれば変化させられるのか、感覚でわかる。
ノクスは静かに集中し、自分の中にある共鳴波を呼び出し、重ねていく。
部屋の空気が変わる。
ひんやりとした冷気が足元から這い上がり、衣服の内側まで忍び込む。
鼓動の音だけがやけに大きく響き、呼吸が浅くなる。
周囲が徐々に暗く、沈んでいく。
そして光が吸い込まれるように、影が濃く広がっていった。
「……止めろ!」
鋭い声が飛んだ。
ノクスが集中を解くと、部屋にいる者たちの表情が一斉に強張った。
「今のは……闇の響術……?」
誰かがそう呟いた。
そんなものは、誰も聞いたことがない。
記録にもない。前例もない。
しかしーー確かに、今この場で“何か”が起きたのは事実だった。
王弟は何も言わなかった。言えなかった。
けれど、それ以降、ノクスに対する周囲の視線は明らかに変わった。
恐れ。拒絶。遠ざけるような沈黙。
それまではまだ“王弟の息子”としての建前が保たれていた。
だが今や、異形の存在として扱われていることを、ノクスは幼いながらに理解していた。
(……何なんだよ。俺が……何か悪いことしたのかよ)
母の目は、ますます冷たくなる。
父も黙ったままだ。
長い廊下を歩くたび、靴音だけが乾いた響きを返す。
誰も声を掛けず、視線すら向けない。
まるで、自分がそこに存在しないかのように。
寂しさも、悲しさもーー少しずつ色を失っていった。
(……もう、どうでもいいや)
それを境に、ノクスは魔術の鍛錬に顔を出さなくなった。
夜の街に出歩くことが増えた。
暗くても、“波形”を辿れば迷わない。
闇の中にいる方が、落ち着いた。
自然と、黒い服ばかりを着るようになった。
関わる相手も徐々に変わっていった。
あまりいい人種とは言えない者たちーーだが、少なくとも彼らは、ノクスを怖がらなかった。
それが心地よくて、余計に城の人間との距離が離れていく。
言葉遣いは荒れた。
態度も刺々しくなった。
でも誰も、それを咎めなかった。
誰も、近づこうとしなかった。
ーーそして、九歳になったある日。
「第三王子の従者になるよう、王弟殿下からのご命令です」
そう伝えたのは、父ではなく、執事だった。
ノクスは、黙ってそれを聞く。
(……どうせ拒否権なんてねぇんだろ)
すべてがどうでもよく、反抗する気すら起きず、ただ黙って頷く。
それが、彼の「従者」としての始まりだった。
この過去編は、現在の時系列で王弟が語っている出来事を軸に、描写を補足したものです。
そのため、王弟が知らない事実や、ノクス視点での出来事・心情なども含まれています。




