【幕間】嘘も真も、全部武器にして
ヴィゼリアを発つ直前の、例の「情報屋」との会話です。
「お前の嘘は、時々……あったかいんだよな」
薄暗い店の片隅で、煙草の煙越しにそう言われた。
「……何だよそれ」
「要はな、“生ぬるい”ってことだよ」
昔、俺を詐欺師にした情報屋の男が言った言葉だった。
「信じるなんて馬鹿のやることだ。相手がどんなに信じてくれても、お前は情を持つな。仕事で失敗するのはそういうやつだ。
信じたい、なんて気持ちがあるなら、続かねぇぞ」
詐欺を始めたばかりの俺は、相手が寄せてきた信頼に少し躊躇うことがあった。
これから裏切って、傷つけるのだと思うと、僅かに胸が傷んだ。
だから少しでも痛みを減らし、苦しませないように。
予定と違う嘘をつくことがあった。
しかしそれは危険で、中途半端な嘘は自分の首を絞めかねない。
情報屋が手を回して危険を避けてくれていたらしく、危険な目には一度も遭わなかったが。
後になって助けられていたと知った時は、正直、悔しかった。
「ここを離れたら、俺はもう手を貸してやれねぇ。自分で生きていくためにも、ぬるいことはすんな」
その言葉には、確かな重みがあった。
俺は少しだけ黙って視線を落とし、短く答える。
「……わかった」
それからは、徹底的に情を持たないようになった。
表向きの感情や表情は、すべて仮面。
本当の顔なんて、誰にも見せない。
これからもずっと同じだとーーそう、思ってた。
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ヴィゼリアの街外れ、最低限の照明だけが灯る店の中で、ベルナルドは目当ての人間を見つける。
短く無造作に切られた髪と、厳つい傷のある顔。
幼い頃から馴染みのある、数少ない相手だった。
「今回は助かったよ、ありがとう」
笑っているベルナルドに対して、相手ーー情報屋の男は、顔を顰めてため息をつく。
「急すぎんだよ馬鹿。この情報集めんのに、どれだけ大変だったと思ってんだ」
「だから、報酬はちゃんと出しただろ?
もう俺は、話を聞くお金を払えなかった子供じゃないからね」
そう答えるベルナルドに、情報屋は額を押さえながら、また深く息を吐いた。
「ああ。さすが世界的詐欺師様だなって思ったよ。あんな金額をポンと出しちまうんだから。ーーだが、やべぇことに首突っ込みすぎだ」
今回のアルナゼル王国調査で、きな臭いどころの騒ぎじゃない情報が次々出てきた。
途中で手を引いた方がいいのではないかと思うほどだった。
それでも最後まで調査を続けたのは、情報屋が最も嫌う「情」などではない。
彼に大きな貸しを作っておくことは、今後の得になるからだ。
少なくとも、そう考えていた。
「まあ、俺も流石にやばいなぁって思ったよ?でもね、関わらざるを得ないっていうか」
「は?何だそれ」
「惚れた弱み、ってやつ」
ふざけているのか本気なのか、その一瞬で判断できず、情報屋の眉がぴくりと動いた。
思考が追いつかず、口を開けたまま固まる。
対してベルナルドは、そんな情報屋の反応など気にせず続けた。
「好きな子が関わっちゃってたら、放っとけないじゃん?」
「待て待て待て、何だって?お前らしくなさすぎる単語が出てきて、脳がバグってるんだが??」
焦ったように静止しながら、情報屋は呼吸を整えた。
そして恐る恐る、口を開く。
「……好きな子、だと?」
(次を求める女はめんどくさくて嫌い、とか言ってたお前が?)
唖然とする情報屋に、ベルナルドは言う。
「自分でも意外だよ?でも、ほんっと可愛いんだよねぇ。離れるとか、もう無理」
うっとりとした様子で惚気る彼に情報屋は頭を抱えつつ、下を向いて一旦思考を整理した。
そして顔を上げ、先程より鋭い眼差しでベルナルドを見据える。
「……情は危険だ、相手がターゲットじゃなくてもな。心に情があるだけで、迷いが生まれる。また、あの生ぬるさに戻るつもりか?」
今度こそ、死ぬぞ。
そんな意図を含んだ言葉に、ベルナルドは肩をすくめた。
「ご心配なく。甘っちょろいことはもうしないって。
むしろ、俺にしかできないやり方であの子を守るためにーー」
紫の瞳が、鋭くも静かに光を帯びる。
「この声も、この手も、この嘘も。全部武器にしてみせるよ」
低く響く声音には、軽口の欠片もない。
まっすぐな眼差しが告げていた。これは情に揺れる曖昧さではない、と。
完全にーー覚悟を決めている。
(ああ、これはやばい方向に火が付いてるな……)
そう感じた情報屋は、それ以上は触れないことにした。
「ま、甘い仕事しねぇならそれでいい。お前に死なれたら、ツテが減っちまうからな」
「心配しなくても大丈夫。俺はしぶといからさ」
「じゃあ、そろそろ行くね」と言って、ベルナルドは立ち上がる。
それがただ店を出るだけではなく、この国を発つということなのだと、理解した。
(ーー死ぬなよ)
言葉には出さず、その背中を見送りながら、情報屋は心の中で呟く。
この背中が、次にいつ戻るかはわからない。
けれど、あいつはもう誰かのために歩き始めていた。
……二度と、引き返す気などない目をしながら。




